夏の音にのせて
佐想のどか
夏の音にのせて
「真人って、なんだかラムネが似合うよね」
「なんだそれ、どういう意味だよ」
ヒグラシの声が響く夕暮れの中、真人は怪訝そうにガラス製の容器を持ち上げ、夕日にかざして眺めている。夏祭りの会場から少ししか離れてないというのに、明かりや雑踏はもっと遠くのもののように感じられた。真人の青を基調とした浴衣とラムネ瓶、風に靡く髪が、茹だるような暑さから私を解放してくれる魔法のようにも思える。
「開けるか」
ラムネ瓶の観察はもういいのか、飲み口の包装を剥がし玉押しを手に取る。
「あ、真人。ビー玉押すのやらせて!」
私は勢いよく真人に迫った。なんといっても、あの炭酸が抜ける音、ビー玉が落ちる音、そして手に残るその感触が大好きなのだ。
「そういえば美南、昔からこれ得意だったよな」
真人と一緒に夏祭りに来たのは小学校三年以来か。小学校高学年や中学生の間は冷やかされたりしたせいで疎遠になっていた。家が近くの幼なじみだからって、付き合ってると思い込まれるのは厄介な限りだ。別々の高校に進学したこともあり周りも落ち着き、また一緒に来られたことを嬉しく思う。
くしゃりと笑いながら、素直にラムネ瓶と玉押しを手渡してくれた。ラムネ瓶が冷たいせいか、触れた真人の手がやけに熱く感じられ、変に意識してしまう。
「よぅし……」
気づかないふりをしてラムネ瓶と向き合い、少しでも音が鮮明に聞こえるように髪を耳にかける。しっかり固定して、狙いを定めて、せーのっ――
「好きだ」
「へっ……?」
玉押しを押し込んだ瞬間、聞こえてきたのは炭酸が抜ける音でもなく、ビー玉が落ちる音でもない。すきだ、の三音。大好きなラムネの音を拾い上げることもなく、ずっと響いている。
素っ頓狂な声をあげ真人の方に振り向くと、一瞬、まるで恋人に向けてそうするような、優しい表情に見つめられた。しかし、そんなのは私が見た幻だと言わんばかりに、すぐ表情を崩し、声をあげて笑いだす。
からかっただけなのか、本気なのか。顔全体に熱が集まり、思考まで溶かされていく。冷たいラムネを頭からかぶったら少しは正気に戻れるだろうか、なんてもう既に正気ではない。
「えっと、ま、真人……?」
「ははっ、面白い顔」
なんだ、からかっただけか。動揺しきった自分が恥ずかしくなり、かわりに真人の頭にラムネをぶちまけてやりたくなる。
はぁ、面白かった、とひとしきり笑いこけたあと、真人は静かに顔を背けた。そこで、真人の髪から覗く耳が赤く染まっていることに気付く。先ほどの私の顔よりも熱そうなその色に惹かれ、ぐいっと引っ張ってやった。
「いてててて、何すんだ!」
「……顔真っ赤じゃん」
「なっ、それはっ」
「からかっただけなんじゃないの?」
「暑さのせいにしてくれないかな……」
赤い顔を隠そうと片手で顔を覆っているが、もはや意味をなしていない。
真人のいいわけ、というか私が期待してしまったその先の言葉を待ってやっても良かった。しかし、堪え性がないのが私の性格だ。良い仕返しまで思いついてしまった。
飲み口ギリギリまで満たされているラムネをぐいっとひとくち飲む。喉で弾ける炭酸にせかされるような気がした。
真人の首にラムネ瓶をぴとりとくっつけながら、耳元に口を寄せる。
「わたしも」
同時に、情けない真人の叫び声が響く。急に動かすことになった首を労りながら、私を睨んできた。
「お前、今何か言っただろ」
「えー? 別に何も言ってませんけどー?」
ケラケラと笑いながらひとくち分減ったラムネ瓶を返してやる。悔しそうにそれを受け取り、わかんねぇ、何か聞こえたはずなんだけど、本当に何も言っていないのか、などと呟き続けている。
「じゃあいいよ、型抜きか射的で真人が勝ったら教えてあげる。その代わり、私が勝ったらさっきラムネを開けるときに真人が言ったこと、ちゃんと、はっきり、目を見て言ってもらうからね」
一瞬驚いた表情を見せた真人。私の提案に動揺したのか。それとも小学生の頃の私の連勝記録を思い出したか。
「……いいぜ、ノってやる。絶対だからな!」
私から返されたラムネをぐいっと飲み、再び夏祭りの会場へ足を進める。
勝負がどうなろうと、二人の関係はほんの少しだけ変わるのだろう。今まで通りなら安心だけれど、変化もきっと悪くないはずだ。
先を行く背を追いながら、残りのただの幼なじみでいられる時間を思いっきり楽しんでやることを決意した。
夏の音にのせて 佐想のどか @saso_nodoka
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