死鬼
華佗は、張飛の脈をはかって容態が落ち着いたことを確認した後、己の罪を語り始めた。
今から七年ほど前――。
長安の都では、魔王のごとき董卓が天下の権を握り、専横を極めていた。漢朝の老臣である司徒王允は彼の暴政を憎み、董卓暗殺の機会をうかがっていた。
(董卓と養子の呂布は、そろって好色だ。美女連環の計を仕掛ければ、両雄が殺し合うはず)
王允はそう思いついたが、屋敷にめぼしい美女がいない。また、主人である王允のために命を投げ出そうという自己犠牲の心を持った者も少なかった。
唯一、
「御恩ある王允様のためなら、
と、日頃から言っていた。漢王室の未来を憂えて顔色が優れぬ主のことを、召し使いの女なりに心配しているらしい。
この娘は、幼い頃に両親を亡くし、叔父夫婦に養育されていたが、黄巾の乱でその叔父夫婦も死んでしまい、天涯孤独の身となった。奴隷として市場で売られていたところを王允が買い取り、歌舞を仕込んで屋敷に住まわせていた。紅昌は、拾ってくれた王允に深い恩義を感じ、彼の助けになりたいと願っていたのだ。
「この娘なら、
しかし、紅昌はとびきりの美女というわけではない。大人しそうな雰囲気と優しげな眼差しは彼女の美点と言えるが、十人並みの容貌だった。これでは、董卓と呂布の劣情を煽ることはできまい。
それに、紅昌が泣き虫で臆病な性格であることも気になるところだ。この娘の肝っ玉では、たとえ惚れさせても、二人の男を手玉に取ることなど無理である。王允の企てを実現するためには、紅昌を妖艶で肝の太い美女に仕立て上げる必要があった。
「外道の術を紅昌に施すことになるが……天下の安寧のためだ。多少の犠牲はやむを得ぬ」
王允は自らにそう言い聞かせると、名医華佗を屋敷に招き寄せ、「当家の召し使いに、ある手術を施して欲しい。これは、神医と呼ばれる貴殿にしかできぬことじゃ」と頼んだ。
「お任せあれ。患者に儂が作った
「病を癒せと言うのではない。女の首と肝を別の人間の物と取り換えてもらいたいのだ」
王允は鋭い
華佗は、その箱の中をのぞくと、「うげっ」と声を上げた。
「美女の生首と……異様に太くて丈夫そうな肝。司徒殿、これはいったい」
「この首は、
「どちらも数百年も昔の人間の首と肝ではありませんか。それなのに、全く腐っていない。西施の美しい顔など、つい先刻まで生きていたような……」
「古来より
「は、はあ……」
「この玉製の箱におさめられた美女の首と豪傑の肝は、かつて曹操に与えた七星剣の数十倍の値はする当家の宝じゃ。紅昌の平凡な顔と小さな肝をこの宝二つと取り換えれば、彼女は天下一美しい女刺客となる。天下の極悪人、董卓を地獄に葬る刺客にな」
王允は暗い笑みを浮かべ、正気の沙汰とは思えぬことを語った。董卓憎しのあまり心が歪み、漢朝の老臣は人の道から外れようとしているのである。華佗は、なりませぬ、と頭を振った。
「
「黙まれ。たかが医者のくせに司徒王允に逆らう気か。大人しく手術せねば、殺すぞ」
王允は
(こんなところで死ぬわけにはいかぬ。……
脅された華佗は、やむを得ず、神医の術をもって紅昌に首と肝の移植手術を施した。
施術後、紅昌は十日以上眠り続けていたが、やがて目を覚まして妖艶な眼差しで王允に微笑みかけた。
王允は喜び、「おお、なんと美しい。今日からそなたは我が養女、貂蝉じゃ。儂のために、憎き董卓を滅ぼす手伝いをしてくれ」と彼女に語りかけた。
「殺しましょう。董卓には王の気がある。王の気を持つ英雄は、私と荊軻殿が全て殺します」
それが、生まれ変わった紅昌……いや、美女貂蝉の第一声であった。
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