第10話 貴族に必要な教養


 ハンナ先生が来ない日はいつも闘技場に来ている。

 カルシュタイン侯爵に認められた私はエラードさんや他の騎士たちと一緒に稽古をしている。

 今の私はこの時間が一番楽しい。


「今日はアリス様に相手をしてもらいたい者がいるのです」

「うん、分かっ…… いえ、分かりました」


 エラードさんはニコッと優しそうに笑う。


「アリス様、この場にハンナ様はいません。そして、この場にいる私たちはアリス様がどんな言葉を使っても丁寧な言葉にしか消えません。どうかいつものアリス様でいて下さい」

「じゃあ、エラードさんの言葉に甘える。ありがとう」


 エラードさんの後をついていくと、茶髪の若い騎士がいた。周りの騎士の中で一番若そう。


「カロン、挨拶をしろ。アリステリア様だ」


 カロンと呼ばれた騎士は私に挨拶をする。


「カロン・ヴァーゲニアハルドと申します」


 エラードさんが私に言う。


「アリス様、このカロンに稽古をつけてもらいたいのです」

「うん、良いよ」


 私は誰とでも良いから早く稽古をしたい気分だった。

 ハンナ先生との時間が続いて、ムシャクシャしている。


 すると、カロンさんが私を見て不満げな顔をする。


「エラード様、お待ち下さい」

「なんだ?」

「私がアリステリア様と立ち会うのですか?」

「不満か?」

「いえ。ですが、アリステリア様は女性です」


 女の私と稽古をしたくないとカロンさんは言っているように聞こえて、嫌な気持ちになった。

 でも、今まで私がちゃんと知らなかっただけで、これが騎士の普通の態度なのかもしれない。


 エラードさんにもう一度言われて、カロンさんも渋々納得した。


「アリステリア様、お願いします」


 カロンさんは木刀を構えたが、やる気は感じられなかった。

 私が稽古をつけて欲しいとカロンさんは思っているのだろう。だって、隙だらけだ。


 私も木刀を構える。


「カロンさん、手加減するけど怪我はしないでね」

「何を仰って――」


 私は先に動いた。

 重心を低くしてカロンさんの懐に飛び込む。カロンさんは咄嗟に反応して、私に木刀を振るった。

 その攻撃を冷静に受け流して、カロンさんが持つ木刀の根本を打って払い落とす。

 そのまま木刀の切先をカロンさんの顔直前で止めた。


「ま、参りました」

「ありがとうございました。カロンさん、もう一度手合わせしよう」

「え、はい」


 もう一度手合わせをしたが、私が余裕で勝った。


「もう一度お願いします!」


 カロンさんは負けても勝つまで諦めなかったので、何度も手合わせをした。全く休む暇がなかった。

 大の字に転がったカロンさんを見て、ようやく私も休むことができる。


「アリステリア様、どうしてこんなにもお強いのですか?」


 他の騎士を見回っていたエラードさんが私達の元に来た。


「カロン、お前はこの騎士団に入ったばかりで知らないだろうが、アリス様の強さは私以上だぞ」

「エラード様以上!?」


 カロンさんは信じられないという顔で私を見つめる。

 すると、真剣な顔になって言う。


「アリステリア様、これからも俺に稽古をつけて下さい」

「私で良ければ」

「はい!」


 私の強さを認めてもらえて嬉しい気持ちになった。


 他の騎士たちとも稽古をして満足する。

 今日は楽しい一日だった。


 だが、明日はハンナ先生の日だ。

 ガクッと肩を落とした。




「今日は私と一緒に踊っていただきます。アリスお嬢様、基本のステップ三つ覚えていらっしゃいますか?」

「ナチュラル、クローズ、リバースです」


 今からハンナ先生に貴族に必要な躍りを教えてもらう日だ。

 舞踏会なんかで踊るらしい。私には良く分からないけど……

 そんなこと思っていてもハンナ先生には言えないので、私は行儀良く受け答えをする。


「ダンスホールに来たので、今日は実践です。パートナーは私、やってみましょう」

「は、はい」

「私が男性役、アリスお嬢様が女性役です」


 ハンナ先生と両手を組んで基本姿勢を取る。この姿勢はホールドと呼ばれる。


「力を抜いて下さい。緊張しないで」

「はい……」


 緊張するに決まってる。

 絶対にハンナ先生の足を踏む気がする。

 そして、ダンスが始まった。


「最初は右回りから。一、二、三。一、二、三。その調子です。もう一度。一、二、三」


 ハンナ先生の動きについていけない。

 足が遅れるし、もたつく。


「遅れていますよ。アリスお嬢様はカルシュタイン侯爵家の娘として完璧でなければなりません。これぐらいできて当然なんです。さ、もう一度」


 再びダンスは続き、思いっきりハンナ先生の足を踏んでしまった。


「ご、ごめんなさい。申し訳ございません!」

「謝りすぎです。誰にも間違いはありますので、許します。もう一度同じ間違いするのは駄目ですよ」

「はい」


 更に動きは激しくなり、ダンスが終わった後の私はへとへとで立てなかった。


 だけど、ハンナ先生との一日はまだ終わりじゃない。

 今度は机に向かう。


「運動の後に勉強をすると、覚えやすいと言われています。疲れている暇などありませんよ」


 三時間の勉強を終えた。とても集中していたようで、あっという間だった。

 でも、頭が疲れて、破裂しそうな気分。


「本日はこれにて終了です。大変お疲れ様でした。明日もよろしくお願いします」

「明日も…… よろしくお願い致します。本日はありがとうございました」


 ハンナ先生と別れた後、私は自室へ直ぐに戻って、ベッドに飛び込み直ぐに眠る。

 翌朝まで眠ってしまって、私は泣きたい気分になった。























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愛国の聖騎士アリス~妖精神の魔眼を覚醒した少女はいずれ最強の騎士へと至る。閃光の戦乙女英雄物語~ 川凪アリス @koneka

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