第二章 貴族の生活
第9話 家庭教師
今日、王都ヴァリオンに向けて父様たちが出発する。
母様とセリカ、ユンナーも一緒に行く。
大きな馬車に色んな荷物を詰め込んでいた。
父様たちはヴァリオンにあるカルシュタイン侯爵の屋敷で暮らす。
そのための荷物だ。
母様が私を抱き締めて言う。
「手紙を書くからね。アリスも必ず手紙を返すのよ。ヴァリオンまで近いんだから、近いうちに必ず会いに来て」
「うん。手紙も返すし、必ず会いに行くから」
セリカも私に抱き付く。
「アリスちゃん、またね」
何度か呼び方を直そうとしたけど、直らなかった。
「セリカもまたね」
セリカを母様に預けて、ユンナーに言う。
「父様たちをよろしくね?」
「任せておくのじゃ」
「ヨシヨシはしなくても良い?」
「当たり前じゃ!」
ユンナーとは握手を交わした。
馬車に乗っている父様の元へ行く。
「父様、元気で」
「ああ、アリスもな。そうだ、アリスにお願いがある」
「お願い?」
「ペレアスともう少し仲良くしてやってくれないか? 俺の弟でアリスの叔父、しかも、養父になったんだぞ。ペレアスが可哀相だ」
「だって、何か怪しそうだし」
「怪しい?」
と言って、父様は大きな声で笑う。
「胡散臭い奴かもしれんが、俺の大切な弟で恩人なんだ。もうちょっと心を開いてあげてくれ」
「…… 考えてみる」
突然、父様は私を抱き締めて、頬擦りをしてきた。
髭がジョリジョリして痛い。
「父様、止めて。痛いし、恥ずかしい!」
「恥ずかしい? 昔は嬉しそうにしてたじゃないか」
「してない! いつも嫌がってた!」
ようやく解放されたが、私の頬はヒリヒリしている。
でも、このふざけた感じがとても懐かしくて、自然と笑顔になってしまった。
父様が私の頭を撫でる。
「アリス、またな」
「うん、父様も。必ず会いに行くから」
荷物を積み終えると、父様たちが乗る馬車が走り出した。
私は大きな声で叫ぶ。
「父様! 母様! セリカ! ユンナー! 皆、会いに行くからー! またねー!」
馬車が見えなくなるまで、手を振り続けた。
これから私の貴族生活が始まる。
「アリス、起きるのですわ。ハンナ様がいらっしゃってますわよ」
直ぐに飛び起きた。
ハンナ先生がもう来ているなんて……
「おはよう、ミーア。あれ? その格好は?」
ミーアを見ると、使用人の服を着ていた。
「おはようですわ。この格好、わたくし気に入ってますのよ。ペレアス様の使用人の一人として働くことにしましたわ」
「別に働く必要ないんじゃないの? 侯爵も自由に過ごしてくれってミーアに言ってたし」
ミーアとカルシュタイン侯爵となぜか仲が良い。
私はまだ警戒をしている。
「何を言っていますの! 働かざる者食うべからざるですわ! アリス、着替えますわよ!」
私の服を用意するミーアの表情は生き生きとしている。
あっという間に、寝間着からドレスへと着替えさせられた。
ハンナ先生が家庭教師になってから、私は殆ど毎日ドレスを着ている。
今日は赤を基調としたドレスだ。
やっぱりドレスは動きにくい。
「とても似合っていますわ」
ミーアはとても嬉しそうだった。
「ハンナ様の元へ行きますわよ」
案内されたのは食堂だった。
ハンナ先生が来る前に朝食を食べるつもりだったのに。
寝過ごしてしまうなんて……
食堂へ入ると、長い食卓の横にハンナ先生が立っていた。
ドレスの裾を摘まんで、ハンナ先生にカーテシーをする。
「おはようございます、ハンナ先生」
「おはようございます。アリスお嬢様、朝食を一緒に食べましょう。お座りなさい」
ハンナ先生が先に座ったのを確認して、ハンナ先生の向かいに私も座る。
位が上もしくは年上の人が先に座るのが貴族のマナーらしい。
面倒臭いと思いつつ、深く椅子に座り直した。
「アリスお嬢様、深く座ってはいけません」
「あ、ごめん、ハンナ先生」
「ごめんではありません。訂正して下さい」
「…… 申し訳ございません」
「よろしい。それではいただきましょう」
ハンナ先生はカルシュタイン侯爵が私に付けた家庭教師だ。カルシュタイン侯爵もハンナ先生に教えてもらっていた。
ハンナ先生の年齢は五十代半ばらしいけど、四十代ぐらいに見える。
眼鏡を掛けていて、黒髪を首もとで丸くまとめている。黒い服を着ていて、威圧感が凄い。ハンナ先生を見ると、いつも背筋が伸びる。
「アリスお嬢様、ナイフとフォークの手が逆です」
「すいません」
「すいませんは美しくありません」
「申し訳ございません」
「よろしい。食事を再開しましょう」
ハンナ先生に注意される度に私は身が縮む思いだった。
ハンナ先生の恐怖は私が貴族として社交界デビューするまで続く。堪えられるか、ちょっと自信がない。でも、頑張るしかない!
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