間話 『三人称視点』 兄弟


 ペレアスは執務室でエラードを待っていた。

 戦った本人であるエラードからアリスの実力を聞くためだ。


 コンコンとドアを叩く音がする。

 どうぞとペレアスが答えると、エラードが入ってきた。


 エラードの表情を見ると、疲れているように見える。


「エラード、座ってくれ」


 ペレアスが座るように促すと、エラードは一礼して座った。


「アリスはどうだった? 率直な意見を聞かせて欲しい」


 ペレアスの質問にエラードが答える。


「アリス様は強いです。あの年で恐るべき強さを持っています。一瞬も気が抜けませんでした」


 ペレアスは目を丸くする。

 素人であるペレアスにもアリスがエラードと互角の戦いをしているのは分かった。

 だが、互角の戦いができたのはエラードがかなり手加減をしていたからだとペレアスは思っていた。


「…… アリスの強さは本物のようだね」

「はい。私は無連剣むれんけんを出すつもりはありませんでした」


 無連剣はエラードが編み出した必殺剣だ。

 一瞬だけ剣を振る筋肉のみに霊気を集中させて、その一瞬の間に、剣を五十振りする技。

 相手からすると、無数に剣が分裂して、自分を連続で襲うように見える。


 エラードは聖天守護騎士団せいてんしゅごきしだんの部隊長を勤めた上級騎士。

 その男がアリスの実力を称賛している。


「分かった。エラード、ご苦労だったね。下がって良いよ」


 エラードはペレアスに一礼して下がった。


 しばらく考えて、ペレアスはアーサーの休んでいる部屋に向かう。


 ドアをコンコンと叩く。


「どうぞ」


 アーサーの声が返ってくる。


 部屋に入ると、アーサーは起き上がって、ペレアスを出迎えた。


「ペレアス、座ってくれ」


 ベッドの側の椅子にペレアスは座る。


 アーサーが嬉しそうな笑みを浮かべて言う。


「アリスはどうだった?」

「想像以上だよ。エラードもアリスの実力を認めていたよ。でも、本当に良いのかい?」

「何がだ?」

「アリスとを僕の養女にすることだよ」


 アーサーがペレアスに頭を下げる。


「元々は俺が頼んだことだ。ペレアス、頼む」

「頭を上げてくれよ」


 アリスと会う十日ほど前、ペレアスはアーサーから自分の娘を養女にして欲しいと頼まれた。


「俺はこの通り、体たらくだ」


 アーサーは切断された右脚を擦する。


「マーガレットは俺の世話に付きっきりになるだろう。きっと俺がくたばるまでな。だから、お前に娘たちを育ててもらいたいんだよ」

「分かるけど、セリカは兄さんたちが一緒にいるべきじゃないかな?」

「だが……」

「兄さんたちに優秀な使用人を何人か付けるよ。ジェラルドも兄さんに付ける。ヴァリオンの侯爵邸も好きに使ってくれ。幼いセリカは親から離さない方が良い。小さい頃に大切な人と離れるのは良くないよ」

「…… 良いのか?」

「当然だろ。兄弟じゃないか」

「すまん」


 ペレアスは兄と笑顔を交わす。


「だけど、アリスはカルシュタインの力が必要になるだろうね」

「ああ。アリスは魔眼に選ばれた。これから沢山の人を救うことになるだろう。それに、魔眼のことが広まれば、アリスの力を欲しがる奴らが沢山出てくる。悔しいが、この体じゃ、アリスを守ることはできない」

「任せてくれ。カルシュタイン侯爵の名に懸けて、アリスを守るよ」


 アーサーはペレアスに淡々と尋ねる。


「本当の話、俺の命は後どのくらいだ?」

「…… 診察した研究所の医者の話だと、持って三年」

「三年か…… アリスの騎士になる姿は見れないんだな。残念だ。俺が死んだ時は――」


 アーサーの言葉に腹が立って、ペレアスは声を上げる。


「兄さん! 死んだ後の話なんか聞きたくない!」


 ペレアスの潤んだ瞳を見て、アーサーが笑う。


「おいおい、泣くなよ。直ぐ泣くのは子どもの時から変わってないのか? お前ももうおっさんだろ」

「兄さんはいつもそうだ。子どもの時から、いつも勝手にいなくなろうとする。僕はあの時のことを許していない」

「…… じじいから逃げて、傭兵になった時のことだな。あの時はペレアスに助けられた。すまん、今度も俺を助けてくれ」


 頭を下げるアーサーを見て、ペレアスはため息をついて言う。


「アリスはもう僕の娘だし、義姉さんやセリカは僕の家族同然だ。だから、助けるよ」

「俺は良い弟を持ったな」


 二人はお互いに小さく笑い合った。

 すると、ペレアスは気になっていることをアーサーに質問する。


「兄さん、アリスは兄さんと義姉さんの本当の子どもかい?」


 アーサーは黒髪、マーガレットとセリカは栗色の髪、アリスはブロンドヘア。

 瞳の色もアリスだけ青い。

 明らかに違いすぎる。疑うのは当然だ。


「兄さんたちの子じゃなくても、アリスはもう僕の娘だ。隠していることがあるんだったら、教えて欲しい」

「そうだな。すまん、お前には話すべきだ。…… アリスはの生き残りだ」

「龍星族って…… 思ったより話が大きいね」


 アーサーはアリスの出自についてペレアスに話した。


「この話はアリスが成人した時に俺から伝えたい。もし、俺が話せなかった時はお前から伝えて欲しい」


 ペレアスは苛ついて語気が強くなる。


「嫌だよ。こんな大切なことを黙っていた上にお前が伝えろって? 兄さんが話すべきだ。アリスにとっても大切なことだろ? 兄さんはアリスが十五歳になるまで絶対に生きろ!」

「…… ペレアス、感謝する。ありがとう」


 ペレアスは昔と違う弱くなってしまった兄を見るのが堪らなく辛かった。



















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