第17話 最後の文化祭(後編)

 お昼時間になったけど、ゆっくり食べている暇はない。

 親と作品を見に行ったり、バザーで買い物をしたりと以外に忙しい。

 そして、午後一発目の演目は郷土芸能だ。

 これまた、衣装に着替えるのに時間と手間がかかる。

 控室となっている図書室に行き、母に手伝ってもらって着替えた。

 袴姿はカッコよくて良いが、お腹を締められるのが億劫だ。

 しかし、きつく締めないと、踊りのときに衣装が緩んでしまう。

 だから、これでもかと言わんばかりにキツく締められるので、とても苦しい。

 手加減をしてもらいたいものだ。


 着替え終わり、廊下に出ると、田植え踊りの衣装を着たふー達がいた。

 鶏冠をかぶるためにメガネを外しているから、二人の姿がぼやけて見える。


「袴姿、かっこいいなー。なっつ似合うねー。あたし、笠が重くて大変」


 ふーの声だが、笠で顔が隠れていてよく見えない。


「そうか? 帯でお腹締められて、お昼食べた物吐きそうで大変だよ」


 そんな話をしていると、あっという間に時間になってしまった。

 私達は急いで体育館へ移動した。


 午後のトップバッターは田植え踊りからだ。

 踊りと太鼓は小学生と中学生が行い、歌と笛は指導者のおじいちゃんとおばあちゃん達六人で行う。

 練習の成果が出ていて、見事な踊りに見入ってしまう。

 田植え踊りも高齢化が進み、後継者がいないため、これが見納めになってしまう。

 とても寂しいが、有志が立ち上がって、伝えていってもらえる時がくるのを祈るのみである。


 次は私達の出番だ。

 ステージに移動しようと歩き出すと、観客席より地元の人達が、「頑張ってね!」「楽しみにしてるよ!」と声が聞こえた。

 みんな、小さい頃からお世話になっている人達ばかりだ。

 会釈し、ステージ袖まで急ぐ。

 とても胸が熱くなってくる。

 袖に行き、立ち位置に着こうとすると、指導者の人達が幕を張っていた。

 その幕には、姫乃森神社の文字が書いてあった。


「おー! 本格的~」


 私は興奮していた。


「最後だしよー。あと、いつまた見れるか分からねーから、引っ張り出してきた。これ飾れば、いくらかはかっこいいだろ?」


 おじいちゃんはそう言っていたが、その目にはどこか寂しさが感じられた。


「ありがとう! 頑張って踊るね!」

「あとよー。先生にちょっと時間貰ったから、お前、最初に御神楽(みかぐら)叩け。権現さんも連れてきたし」

「えっ?」

「学校側は大歓迎だってよ」


 なぜ私だけ演目が増えているんだ?

 本人の許可は? 

 とってねーだろ。

 だって聞いてねーもん!


「なっつ、良かったじゃん! 御神楽デビュー!」


 千秋が私の肩を叩きながら言った。

 どおりで指導者全員袴姿なわけだ。

 幕の前には手桶に入った水と一升瓶に入った酒、権現様が置かれていた。

 実は、神楽好きということもあり、練習の合間に御神楽の太鼓を叩かせてもらって覚えていたのだ。

 人前で披露するのは今日が初めてだ。

 ちなみに御神楽とは神様に捧げるお囃子みたいなものだ。

 太鼓、笛、カネで演奏する。


「マジかよー。足痺れなきゃいいな……」


 私は正座が苦手だ。

 三分程で御神楽は終わるが、私にとってはバカにできない三分間だ。

 時間がないため、さっさと準備をすることにした。

 左からカネ、太鼓、笛の順に権現様の前に座り、二礼二拍一礼後、御神楽を奉納した。

 奉納後、また二礼二拍一礼すると、水と酒、権現様を舞台袖に移動させるため、一度ステージの幕が閉じた。


「急だったけど、上手に叩けたな。良かった良かった。よし、整列せぇ」


 おじいちゃんが褒めてきた。

 まぁー、間違えることがなかったから良かった。

 そう思い立ち上がろうとするも、上手く立てない。

 見事に両足が痺れていた。

 すると、みんなが私の足を突っついてきた。

 まさに地獄。

 しかし、本番中でもあるため、声を出せない。

 逆に突っついてくれたお陰で、スピーディーに痺れから開放された。

 その後、渋々整列した。


「間に合ってよかったじゃん。ありがたく思え」

「うるせー!」


 千秋からからかわれ、私は溜め息をしながら言った。

 アナウンスが流れ、ステージの幕が開いた。

 同時に囃子が始まり、私達は囃子に合わせて踊り始めた。

 練習以上にみんな上手く踊れている。

 太鼓を叩いているおじいちゃんが楽しそうな顔をしているのが、チラチラと見えた。

 おじいちゃんにとっては最後ではあるが、至福の十五分間であっただろう。


 私達の出番が終わり、次は太鼓を叩くため、急いで控室である図書館に行き、太鼓の衣装に着替え始めた。

 体育館に戻ると、神楽の太鼓を抱えて、おじいちゃんが帰ろうとしていた。

 私は、おじいちゃんの傍に急いで駆け寄った。


「おじいちゃん! ありがとうね! 大人になって一人前になったら、また踊るから!」

「俺が生きているうちに、もう一回踊れよ。こちらこそありがとう。楽しかったよ」


 そう言っておじいちゃんは帰って行った。

 ちなみにこの一ヶ月後、おじいちゃんは老衰で亡くなってしまうのだ。

 あの笑顔を、私は一生忘れることがないだろう。

 太鼓を叩き終え、全体での合唱、そして閉会式となった。

 文化祭が終わった。

 これで学校行事も一段落。


「さあ、片付けようー」


 先生方の合図で地域の人達も加わり片付けをした。

 みんなでやれば早い。

 あっという間にいつもどおりの体育館の姿になった。

 教室に戻り、帰りの会をした。


「おつかれー! これで一段落だねー。明日明後日は、ゆっくり休んでねー」

「はーい」

「あと、これ。早めに配っておくねー」


 川村先生が渡してきた一枚の紙。

 それには、面接練習と書いてあった。


「高校の面接で聞かれそうな質問をまとめておいたので、考えておいてねー」

「あー! 受験かー! 現実に戻されるぅー!」

「そんな事言って。ふーは推薦だから一月が受験でしょ? 本気出していかないと」


 千秋が、ふーに活を入れていた。


「二人はいいなー。二月の受験で」

「たった一ヶ月違いじゃん。たいした違いないじゃん」

「そうだけどさー」


 千秋とふーのやり取りを聞いていると、川村先生が話しかけてきた。


「休み明けから本格的に受験対策するからねー。覚悟しててねー」

「はーい」

「じゃー、解散! おっつー!」

「先生、さようならー」


 私達は川村先生に挨拶し、駐車場で待っている親の元へと急いだ。

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