第16話 最後の文化祭(前編)
文化祭当日。
体育館には、保護者や地域の人たちが集まっている。
それを横目に、私たちは最後の準備をしていた。
文化祭でも、係の仕事がある。
放送は、ふーと明日香。
照明は、靖朗と淳。
舞台袖で大道具を準備したり幕を開閉したりする係を、私と千秋、きらりが担当する。
各係に分かれて確認後、開会式のため整列した。
開会式では、生徒会長の千秋が挨拶をした。
生徒会の仕事も、この文化祭で終わりだ。
緊張していたようだけど、堂々と挨拶をしていた。
プログラムは順調に進んでいく。
保育園児の合唱、小学生の演劇。
そして、私達の出番。
『姫乃森版オリジナル桃太郎』だ。
――昔々あるところに、おじいさん(靖朗)とおばあさんが(きらり)がおりました。おじいさんは姫乃森山へ芝刈りに。
おばあさんは姫乃森湖へ洗濯に。
おばあさんが洗濯をしていると、大きな桃がどんぶらこどんぶらこと流れてきました。
その桃を拾ったおばあさんは、えっちらおっちらと家に帰ってきました。
「おばあさんや、こんな大きな桃、いったいどうしたんじゃ?」
「湖で洗濯していたら、流れてきたんじゃ!」
「うーむ。美味しそうな桃じゃ。早速、割って食べてみるかのう」
おじいさんが包丁で桃を割ると、桃の中から「オギャー!」と元気な男の子(夏希)が出てきました。
おじいさんとおばあさんは、この男の子を桃太郎と名付けて大切に育てることにしました。
桃太郎はたっぷりと愛情を受けて、大きく逞しく育ちました。
――この時点で、私は役を終えて音響の方に入っている。
私の出番は「オギャー!」と飛び出しただけ。
あとは、音響をやるのだ。
なんて楽なんだろう!
桃太郎の役は、千秋にバトンタッチ。
桃太郎は大きくなり、ある日、おじいさんとおばあさんに告げた。
「鬼が悪さをしていると耳にしました。私は、その鬼を退治するために鬼の村へ行きます」
「本当に行くのかい? 気をつけて……。必ず帰ってくるのじゃよ」
「ありがとう、おじいさん。必ず鬼を退治して帰ってきます」
「桃太郎、お待ち。この草餅を持っておゆき。旅路は長いから、飽きないように、こしあんと粒あんに分けておいたからね」
「ありがとう、おばあさん。ボク、おばあさんが作った草餅大好物だからとても嬉しい!」
その瞬間、客席から、
「草餅はこの地区の郷土菓子だからな―」
「随分こった、桃太郎だな」
というツッコミが聞こえて、私は吹き出しそうになりながら音響の仕事に励んだ。
「では、おじいさん! おばあさん! 行ってきます!」
「気をつけてなー」
桃太郎は元気よく出発した。
少し歩くと、犬(淳)がやってきた。
「桃太郎さん、桃太郎さん。そのお腰につけた草餅を一つ私に下さいな」
「いいとも。犬よ、お前はこしあんと粒あん、どちらがいいのだ?」
「粒あんです。粒あんのあの食感、歯ごたえが大好きです!」
「いいとも。どうぞ」
桃太郎が、粒あんの草餅を犬にあげると、犬は嬉しそうに食べた。
ちなみにこの草餅は本物である。
一口サイズの餅なので、すぐに食べ終わることができる。
「ありがとう、桃太郎さん! お礼にお供します!」
「大歓迎だ、犬よ。さあ、鬼の村へ行こう!」
「はい!」
犬が仲間になり、旅路を急ぐ。
すると次に猿(ふー)が現れた。
「桃太郎さん、桃太郎さん。お腰につけた草餅をお一つ下さいな」
「いいとも。猿よ、こしあんと粒あん、どちらがいいのだ?」
「粒あんです。食べごたえ抜群で大好きです!」
「やっぱりな、猿も粒あんの良さを分かってるな」
犬がそう呟いた。
「いいとも、どうぞ召し上がれ」
「ありがとう、桃太郎さん。お礼にお供します!」
「よしよし、猿よ。さぁー、先を急ごう」
「はい!」
お供に猿も加わり、再出発すると、次にキジ(明日香)が現れた。
「桃太郎さーん。そのお腰につけた草餅一つ下さいなー」
「いいとも。キジよ、こしあんと粒あん、どちらがいいのだ?」
「こしあんです! 歯がないのでこしあんの方が食べやすいです」
その瞬間、粒あん好きの犬と猿は、顔を見合わせてやれやれというポーズをとる。
「粒あんの良さが分からないなんて、かわいそうだなあ」
「歯がないんだから、しかたないでしょ!」
桃太郎は3匹をなだめながら、キジに草餅を手渡した。
「どっちもおいしいよね。ほら、どうぞ」
「ありがとう、桃太郎さん。お礼にお供します!」
「さぁー、みんな! 鬼村までもうすぐだ! 準備はいいか!?」
「おー!!!」
そして、桃太郎達は鬼村に辿り着きました。
すると、恐ろしい鬼が待っていました。
赤いジャージを着た赤鬼(川村先生)と、青いジャージを着た青鬼(内藤先生)です。
「村の人から奪った物を返せ!」
「なんだとー! 青鬼行くぞ―!」
「サーイェッサー!」
桃太郎達と鬼達の激しい戦いが始まった。
練習通りガチで……。
とても長い。
会場は大盛り上がり。
盛り上がりと比例して戦いのシーンも延長していく。
場のテンションのお陰で、ノリノリの赤鬼。
一向にセリフを言ってこない。
青鬼はもうリタイヤして降参のポーズをして、犬、猿、キジにやられている。
赤鬼と桃太郎の一騎打ちだ。
桃太郎も限界のようだ。
というか、とても迷惑な顔をしている。
桃太郎が、私の方を見て訴えてきている。
赤鬼が調子にノっていると……。
いくら最後の文化祭とは言え、やりすぎだ。
私は急いで舞台袖に行き、小声で、川村先生に訴える。
「川村先生! みんな限界! セリフー、セリフー!」
何度も呼びかけたら、やっと気づいたようで先生は頷いてくれた。
慌てて体を丸めて、セリフを言う。
「降参だー! 降参! もう悪いことはしません。許して下さい!」
そして桃太郎が、
「はぁ……はぁ……。まったく……。犬、猿、キジ、もういいだろう。やめてやれ」
と声をかけた。
「鬼ども、もう悪いことはしないと誓え!」
「もう悪いことはしません! 申し訳ありませんでした!」
「よし、それでは村の人達から奪ったものを返せ!」
「ははー!」
鬼達は、村の人達から奪ったゲーム機、マンガ本、洗濯機、テレビ、電子レンジ、コロコロ、衣類、牛、馬、鶏など出してきた。
「桃太郎さん、量が多いので私達が責任持って村まで運びます!」
「ありがとう。では、村に帰ろう」
桃太郎達は村へ帰っていきました。
村に着くとおじいさんとおばあさんがやってきました。
「桃太郎、ありがとう。これでテレビで時代劇を見れるわい!」
「よく、生きて帰ってきてくれた。ありがとう、桃太郎。これで、姫乃森湖で洗濯せず、家で洗濯機を回して洗濯できるわい。村の人たちも喜ぶわい」
「おじいさん、おばあさん。よかったよかった」
その後も赤鬼、青鬼は村の人達のために働き、お供の犬、猿、キジも桃太郎とおじいさん、おばあさんと一緒に仲良く暮らしましたとさ。
めでたし、めでたし。
キャスト全員ステージに並び、お辞儀をして、幕は閉じた。
盛大の拍手をもらった。
幕が下りるとすぐ、みんなで川村先生に抗議をした。
「ちょっと川村先生! やりすぎだって! みんな疲れてたよ! これから太鼓叩いたり、郷土芸能を踊ったりしなきゃいけないのに!」
「ごめんごめん! まぁー、終わり良ければ全て良し!」
まったく迷惑な先生だ。
目立ちたいだけだろうに。
もっと言ってやりたいけど、争っている場合ではない。
次の演目のための準備があるのだ。
文化祭も後半戦へと続く……。
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