第10話 ボート教室
この姫乃森中学校からは湖が見える。
姫乃森湖だ。
この湖は、姫乃森地区の農業用貯水湖としても活用されており、姫乃森の農業を支えている。
毎年、この湖でボート教室が行われる。
今年もこの日がやってきた。
ボート教室には全校生徒と川村先生、内藤先生、中野先生が参加した。
校長先生は留守番だ。
ヨットハーバーまで行くには、湖の畔まで歩いていく。
中学校の下に急な坂道があって、徒歩で十分程歩いていけば湖の畔に着く。
そこで、ヨットハーバーの職員がボートで迎えに来てくれているのだ。
「やー、お久しぶり!」
保育園の頃からボート教室を年に一回やっていたこともあり、ヨットハーバーの職員さんとは顔馴染みである。
「こんにちわー!」
私達は職員さんに挨拶した。
「んじゃー、早速ボートに乗ろうか。気をつけて乗ってねー」
私達はボートに乗り込んだ。
しかし、内藤先生が拒んでいる。
みんながボートに乗ると、内藤先生は恐る恐るボートに乗った。
すると、内藤先生の巨体に耐えられなかったボートが大きく沈んだ。
職員さんが慌てて言う。
「すみません。また迎えに来るので、待っててもらっていいですか?」
内藤先生を置いて、私達を乗せたボートはヨットハーバーに向かって走り出した。
私達を下ろすと、職員さんは内藤先生を迎えに行った。
「ご迷惑をおかけしました」
頭を下げながら、内藤先生が私達と合流した。
「んじゃー、みんな分かっていると思うけど、また説明するね。この救命胴衣はしっかりと付けてねー。ゆるく装着しちゃうと、湖に浮上した時に、救命胴衣から体がすり抜けちゃうからね。湖に落ちた時は、慌てず胸元に入っている笛を吹いて大きく手を振りながら助けを待ってくださいねー」
「はーい」
毎年、同じ説明を聞くが、これも自分の命を守るため。
みんな真剣に職員さんの説明を聞いていた。
「えーと、みんなカヌーは一人乗りで良いかな?」
「はーい」
「先生方もいいですか?」
「私はカメラマンなので職員さんと一緒にボートに乗らせていただきます」
内藤先生はカメラ係であるため、職員さんと一緒にボートに乗り込んだ。
「よーし、あっつ! 競争しようぜ!」
靖朗と淳は競争をするらしい。
女子生徒は、自由にカヌーを漕ぎ始めた。
保育園の頃からボート教室を毎年やっているが、カヌーは小学生の頃からやっている。
年に一回とはいえ、職員さんからちょっとアドバイスをもらうだけで、なかなか上手く漕ぐことができる。
「はぁー。きもちい!」
青空の中、太陽の光の反射で湖は一面キラキラ光っていてとても綺麗だ。
カヌーを漕ぐごとに、程よい風が吹いてとても清々しい。
湖の真ん中辺りを漕いでいると、千秋と川村先生が何かをしていた。
近づいて見ると、千秋が川村先生のカヌーをホールで突っついていた。
「何やってるの?」
「ん? 方向変えてあげてるの」
川村先生はカヌー初心者らしい。
上手く方向転換が出来ないようだ。
「ドンマイでーす」
そう言って私はカヌーを漕ぎ続け、二人の元をあとにした。
湖のギリギリ端まで行き、Uターンしてヨットハーバーの船着き場まで向かい、再び漕ぎ出した。
途中、また川村先生と会うが、なんかさっきと違っておかしい。
ずっとくるくると回っている。
「お気になさらず~」
川村先生がそう言っていたため、お言葉に甘えて、「ドンマイっすー」と、一言声をかけて私は素通りした。
まもなくすると、ボートが川村先生のところへ行き、カヌーごと牽引してもらっていた。
頃合いよく、全員船着き場に戻ってきた。
「じゃー、最後にバナナボートに乗ろうか」
職員さんがバナナボートの準備をしてくれていた。
バナナボートに乗り込もうとすると、職員さんが私に話しかけてきた。
「なっちゃん、メガネ預かっておくよ」
「え? 大丈夫ですよ。メガネ用のバンダナで押さえていますし」
「いやいや、万が一のために。ね?」
確かに、眼鏡のスペアを持っていないため、湖に落としてしまうのはとても痛い。
私はお言葉に甘えてメガネを外し、職員さんに預けた。
「じゃー、行きますよー。しっかり捕まってくださいねー」
「はーい!」
ボートに牽引されたバナナボートに乗り込むと、職員さんの合図で走り出した。
「フゥー! イェーイ!」
私達のテンションも爆上がりだ。
水飛沫が凄まじく、目を開けるのもやっとであった。
先生達はボートに乗って見守ってくれている。
カーブをするごとに遠心力が効いて、バナナボートから放り出されそうになる。
ボートに掴まって耐えるので精一杯だ。
しかし、次にボートが急カーブをした途端、私達は、バナナボートから放り出されてしまった。
「うわぁー!!!」
……ボチャン!
案の定、湖の中へ落とされた。
湖はとても深いため、足がつかない恐怖感を覚えた。
しかし、救命胴衣のおかげで、湖に落ちてすぐ浮くことが出来た。
恐怖感はすぐに消えた。
明日香がすぐ、救命胴衣に付いていた笛を取り出し、吹き始めた。
「助けてぇ~! おーい!」
私達も笛を吹いた。
七人同時に笛を吹くとなかなかうるさい。
まもなくすると、ボートが近寄ってきた。
職員さんと先生方が爆笑していた。
私たちはむすくれてじっと見つめる。
すかさず、明日香が言う。
「いやいや、笑ってないで助けてよ!」
「船着き場まですぐだし、泳いできなよ。んじゃー、先に待ってるねー」
そう職員は言い残し、ボートは船着き場まで戻って行った。
「なんだよ! ちゃんと教えられた通り、笛吹いて大きく手を振って助け呼んだのに!」
私たちはバシャバシャと暴れる。
「しょうがない。泳いで戻ろう」
千秋はそう言って、船着き場へ向かってクロールで泳いで行った。
背泳ぎする奴、犬かきをする奴、平泳ぎをする奴。
様々であった。
みんな文句を言っていたが、顔は笑顔であった。
地元の湖に落ちることなんてそうそうないし、泳いだことももちろんない。
こんなに地元の自然を肌で感じたことはない。
船着き場に着き、浮き橋に上がろうとするも、体操着がずぶ濡れなので、重くて上がるのに一苦労した。
やっと上がることができると、職員さんが私の元に近寄ってきた。
「メガネ、預かっておいて良かったでしょ?」
「良かったですが、湖に落ちたことは良くなかったです。最悪でした」
そう言って私は、職員さんからメガネを受け取った。
「ごめんごめん。さぁー、みんな。着替えておいで」
私達はヨットハーバーまで行き、着替えた。
「さて、今年でこのボート教室も最後だけど、大人になっても遊びに来てね」
職員さんは寂しそうに言った。
「はい! また来ます。今日はありがとうございました」
こうして、ボート教室は終わった。
来た時同様、職員さんは内藤先生のために二回に分けてボートで私達のことを送ってくれた。
行きは下り坂であったため、歩くのは楽であった。
しかし、帰りは上り坂であるため、えげつなく体力を持っていかれた。
上り坂は膝にくる。
疲れたが、とても有意義な時間を過ごすことが出来た。
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