第5話 最後の運動会

 最後の運動会にふさわしくない、まったくふさわしくない、雨……。


「夏希さ~ん! なんで雨降らせるんですか~!」


 後輩たちが、私を取り囲んで文句を言う。


「知らねーし!」


 そう言うしかなかった。

 だって、私のせいじゃねーし。

 昨日、千秋に言われた通りになってしまった。

 雨天により、運動会は体育館で行うことになってしまったため、登校してすぐ、体育館で会場準備をすることになった。

 校内で一番広いのは体育館だが、観客や来賓が入るとなると余裕はない。

 グラウンドと違い、入場行進もすぐに終わってしまう。

 ただ、係の仕事としては動きやすく、とても楽に感じられた。

 雨天のため中止になった種目は徒競走ぐらいで、ほとんどの種目はやることになった。


「中学生、集合!」


 川村先生から呼び出しがあった。

 最後の打ち合わせだ。

 急いで本部に集合する。


「各団のやるべきこと、種目、係の仕事もあって大変だと思うけど、楽しんでやろうね」

「はい!」

「んじゃー、円陣」

「は?」


 いやいや、もう入場行進始まるから、早く整列しないと。

 誰しもがそう思った。


「最後なんだし、成功祈ってさー」


 笑いながら川村先生が言った。


「もう来賓もいるし、人多いし、恥ずかしいよ」


 後輩たちが言った。

 続いて三年生たちも抗議した。


「運動会って感じでいいじゃん! ほらっ! 肩組みあって!」


 内藤先生や、中野先生も入ってきた。

 校長先生は、この時とばかりにカメラを構える。

 渋々と私達は円陣を組んだ。

 そして、川村先生が叫ぶ。


「よーし! 姫乃森中ー! ファイトー!」

「えっ!? 待って!? ストップー!」


 明日香がすかさず、止めに入った。


「なんだよー。ストップじゃなくて、そこは『おー!』だろ!」

「いやいや、分かります。分かりますけど……。この運動会、私達だけじゃないですよ。みんなの運動会だから、中学生がファイトっていうのはちょっと違う気が…。だったら、『運動会成功させるぞー! おー!』の方が、まだいいと思います」

「あ、そういうこと……。分かった! 仕切り直し!」


 再び円陣を組み直す。


「運動会、成功させるぞー!」

「おーーー!!!」


 すると、周囲から盛大な拍手が湧き上がった。

 だから、恥ずかしいって言ったのに……。

 顔を赤くする私達とは対照的に、川村先生はとても満足そうな顔をしていた。

 陣地に向かう時、観客側から、


「頑張ってねー!」

「ファイトー!」


 と、温かい拍手や声援が飛んでくる。

 なんか、恐縮です。

 そんな気持ちで会釈をしながら、陣地に戻り、入場門に整列した。

 いよいよ、運動会の始まりだ。

 

 午前中は、保育園児と小学生のリズム体操と中学生のチャンスレース。

 あとは太鼓演奏と応援合戦だ。

 特に、保育園児のリズム体操は、会場にいた全ての人が癒やされる時間。

 元気よく、一生懸命に踊る子どもたちが、とっても可愛い。


 チャンスレースは、毎年やることが違う。

 今年は仮装してパン食い競走をするというものだった。

 私は、一番背が低い。

 パンが吊るされている高さは、大きい人に合わせている。

 私にとっては公開処刑だ。

 しかし、先生方も分かっていた。

 私が近づくと高さを調節し、パンを取りやすい高さにしてくれた。

 涙が出るほど、感謝の気持ちでいっぱいだった。

 

 午前中もあっという間に終わり、昼食の時間となる。

 いつの間にか空は晴れわたり、グラウンドの水も引いていた。

 すると、アナウンスが流れた。


「雨が上がり、グランドも乾いたので、午後は外で行いたいと思います」


 午後は、PTAの競技、保育園児のチャンスレース、リレーだ。


「ねー、次なんだっけ?」


 ふーに言われ、私はプログラムを確認した。


「PTAの騎馬戦だね。これは、低学年が協力するやつだから、少し休めるね」


 そんなことを言っていると、


「なっちゃーん、ちょっといい?」


 小学生のお父さんだ。


「なんでしょう?」

「今年、低学年が少ないから、上に乗る子がいなくて。なっちゃん、上に乗ってくんないかな?」

「えっ!? 嫌です! 中学年は?」

「いやー……。なっちゃんの方が軽そうだし……いいかな? って」


 そんなやり取りをしていると、周りがクスクスと笑い出した。


「なっつー、行ってきなよ」

「千秋! お前今、笑っただろ!? 小学生に混ざるんだぞ!」

「い~や~。クスクス」

「このやろ~!」


 そう言っていると、急に体が中に浮く感覚を覚えた。


「んじゃ、なっちゃん、借りまーす」


 私は大人達に軽々しく脇に抱え込まれ、強制的に連れて行かれた。


「いーやーだー!!!」


 嫌がっている私を見ながら、


「いってらっしゃ~い。出るからには勝ってこいよー!」


 と、大爆笑で手を振りながら、同級生と後輩が見送っていた。


「はぁ……。しゃーねーな……」


 まぁ、私以外は低学年だし、手加減してあげないと。

 しかし、いざ始まってみると、加減してほしいのはこっちのほうだった。

 こいつら、凶暴で強い!

 てか、なぜ帽子まで手が届かない!? 

 私は小学生以下なのか?

 途中から本気モードになるも、時すでに遅し。

 あっけなく負けてしまった。

 陣地に戻ると、みんなが慰めてくれた。

 子どもたちに負けないよう、大きくなろうねと……。


 気を取り直し、次は保育園児のチャンスレース。

 保育園児は全員参加。

 赤ちゃんはお母さんが抱っこしてあげている。

 このチャンスレースは、一定の距離にあるお菓子が入った袋を取ってゴールまで走るといったものだ。


「あの袋にどんなお菓子が入っているのかな?」


 靖朗と淳が言っている。

 分かる!

 私も気になる!

 レースは年少さん、年中さんと、年代ごとに行われる。

 最終組の年長さんの組が終わって、余ったお菓子袋を片付けようとしたところ、保育園の先生が、


「そのままにして下さい」


 と、アナウンスを入れた。

 みんな動きが止まった。

 続けてまたアナウンスが流れてきた。


「今まで、中学生のお兄さん、お姉さん達に沢山お世話になりました。お菓子も余っているので、お兄さんお姉さんにも今までの感謝の気持ちを込めて差し上げたいと思います。保育園のお友達も良いよねー?」

「いいよぉー!」


 その瞬間、中学生七人全員の目の色がギラリと変わった。

 マジで貰っちゃって良いんですかぁー!?


「それでは、中学生のお兄さんお姉さん、スタート地点に立ってくださーい」


 普通に考えれば、保育園児と同じようにお菓子を取り合うのは恥ずかしい、と思うかもしれない。

 だがしかし、この時の私達は、これっぽっちも思っていなかった

 お店のない姫乃森地区では、お菓子は貴重品だ。

 誰にも渡さない。私が独り占めしてやる!

 無邪気にお菓子を求める園児たちとは違い、私達の目は欲望でギラギラしていた。


「オレ、右から三番目のやつ狙おうっと!」

「うちは左から二番目のやつ!」


 園児のチャンスレースなんて、八年ぶりである。

 スタート地点に立った私達は、もうお菓子袋しか見えていない。

 周りの目なんぞ知るか! 私はお菓子が欲しいんじゃ!


「いちについて、よーい……」


 パァンッ!


「ぬおおぉぉぉおおお!!!」

「俺が一番だ!」

「いや、うちが一番だ!」

「これは私のもの!」

「これはあたしが狙ってたの! あんたはあっちの袋にしなさいよ!」


 中学生達の大人気ない、可愛くもない、本能剥き出しの本気の走りでお菓子袋を強奪していくあの数秒間……。

 そんな我が子を見た親達は引いてしまい、情けないと思っていたそうだ。

 先生方は、保育園の先生方に何度も頭を下げてお礼を言っていた。


 最後はリレーだ。

 リレーは小一からスタートし、中三までバトンを繋ぐ。

 今年のアンカーは、私と千秋の幼馴染対決だ。

 私はソワソワしていた。


「アンカー緊張するー」

「ほんとそれ。最後の種目だし頑張ろうよ」


 これで最後かーと思っていると、出番が迫ってきた。

 私は淳から、千秋は明日香からバトンを受け取る。

 ほぼ同時に、横並びで走り出した。

 客席からの歓声が、一段と大きくなる。

 来賓席も、なかなかの盛り上がりようだ。


 結果は、千秋が頭一つ先にゴールをした。

 一番背が高い千秋と、一番背の低い私の対決。

 身長差という圧倒的な壁の前に、私は涙を飲んだのだ。


 総合得点では紅組が優勝となり、運動会は無事に幕を下ろした。

 会場の片付けを終えて、教室に戻る。


「運動会、終わっちゃったー」


 ふーはまだまだ元気だけど、私と千秋は頷くのが精一杯。

 もう疲れた。

 早く帰りたい。


「お疲れー!」


 ふー以上に、川村先生は元気であった。


「お前ら良いな~。お菓子貰ってー」

「あげませんよー」


 ふーは、頬をふくらませてお菓子を背中に隠す。


「大丈夫だよ。取らないって。さぁー、次は待ちに待ったテストだよー。気持ち切り替えて行こう!」


 私達三人は、一気にテンションが下がってしまった。

 そっかー……。

 三年生になって初めてのテストが始まるのかー。

 千秋とふーは頭がいいから良いが、問題はこの私だ……。

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