第2話 最後の卒業生として

 ちょうど、一年前のこと。


「なっつー、学校で集まりがあるから行ってくるよ。夕飯、準備したからあとはお願いね。あと、お父さんのビールを冷蔵庫で冷やしてちょうだい」


 そう言って、母は出掛けて行った。

 その時、私は、ゲームに夢中だった。

 学校の集まりなんて興味がなく、その後の話なんて自分から聞くこともなかった。

 後で聞いたら、学校で知らされていると思い、話すのを忘れていたとカミングアウトされた。

 ホームルーム後、始業式のため席を立つと、隣から二年生達が押し寄せてきた。


「どうゆうことですか!? なんであと一年を北中学校で過ごさなきゃいけないの!?」

「あたしらに言われても……」


 ふーが困りながら話す。


「とにかく、始業式で話があるかもしれない。時間前に整列しなきゃいけないから、さっさと移動しよう」


 さすが、千秋。

 生徒会長だけあってしっかりしている。

 音楽室で整列すると、まもなく先生方も入室してきた。

 始業式が始まり、校長先生の挨拶だ。

 こんなに校長先生の挨拶を待っていたのは、これが初めてかもしれない。


「えー……。先程、職員室でも話がありましたが……皆さん、まだこの姫乃森中学校が閉校することを知らなかったようで……。大変申し訳ありませんでした」


 恒例の挨拶が、まさかの謝罪会見から始まるなんて、誰も想像していなかったであろう。続けて校長先生は理由を私達に話してくれた。


「私が、この学校に赴任する前から教育委員会から話が出ていました。しかし、父兄の方々はもちろん、地域の方々からの反対の声が多くあって、閉校の話が去年まで決まりませんでした」


 反対するのも無理はない。

 このエスカレーター式の学校。

 中学校が閉校するということは、いずれかは必ず、小学校、保育園もなくなるということである。

 そうなれば、子供たちがいなくなり、地域に活気がなくなる。

 若い人達もこの地区から出て行くことにもつながる。

 しかし、私達が心配に思っていることが一つある。

 それは、校長先生も思っていたようだ。


「この地区には三十年も大切にしている和太鼓があります。皆さんが総合的な学習の授業でも取り組んでいる『湖水太鼓』です。中学生にしか伝わっていない曲がある分、閉校と同時になくなってしまうのは、とても残念です。父兄の方々が皆さんに伝えていなかった理由は、太鼓のこともあって、言いづらかったのでしょう」


 湖水太鼓は、小学校、中学校で授業の中でも取り入れて引き継いできたものだ。

 九年間もやっていると好きになる人も多く、地域の宝でもあることから、OB、OGによる保存会もある。


「あと、このタイミングになったのは、今年、一年生が入学してこなかったことが大きい理由です。来年、中学一年生になる子から同町にある北中学校に入学するという形になりました。二年生の皆さんは、受験生になるにも関わらず、新しい環境に入るというのは大変なことだと思います。この学校の先生も来年、北中学校に行きますので、二年生の皆さんのサポートはしっかりやっていくつもりでいます。どうぞご理解下さい」


 そう言って、校長先生は頭を下げた。


「こんな子供が少ない地域だから、いつかは閉校すると思っていましたよ」


 明日香が突然言い出した。


「北中かぁー。知ってる友達もいるから大丈夫だろ!」


 続けて靖郎が言う。

 淳も、きらりも前向きのようだ。


「ありがとう。この一年間、ひとつひとつの行事が大切になってきます。大変だと思いますが、皆さんと一緒に良い思い出を歴史を刻んでいきましょう」


 こうして、校長先生の挨拶兼謝罪会見が終わった。

 最後に校歌斉唱し、始業式は終わった。

 そういや、この校歌もなくなるんだろうな。

 そう思うと、寂しくなってきた。

 再び教室に戻ると、ふーがノリノリで私と千秋に話しかけてきた。


「あたし達、最後の卒業生になるんだよね!? なんか、カッコよくない!? 誇らしくない!?」

「そりゃそうだけどさー。先輩達みたいに高校の制服着て、先生達に見せに来たかったよ。あと、部活に来てOGとして卓球の相手したりとかさー。そんなことやってみたかったよー」


 何気に、OGという響きに憧れを抱いていた私。


「でも、なんか寂しいよねー。いつかはって、うちは思っていたけど。現実となると、この学校なくなるのは信じられないよ」


 確かに、千秋の言うことも分かる。


「最後と言えばさー! あたし思いついたことがあるんだけど!!」


 ふーが何か悪巧みを考えているらしい。

 

「最後の卒業生だからって、そんなに格好つけなくてもいいと思うけど」

「うちもそう思うー」

「いや、そうじゃなくてさー! 卒業記念にタイムカプセル埋めない?」


 タイムカプセル。

 学校の卒業生の定番だ。

 ある意味、印象に残って良いかもしれない。


「あ、それやってみたい!」


 私が良いねと言う前に、千秋が勢いよく言い出した。


「なっつは?」


 二人が私の方を見つめてくる。


「やってみたい」

「よし、決定! まだ時間はあるから追々内容を考えておこう」

「高校決まってからでもいいっしょ。それまで、何気に忙しいじゃん」

「そうだねー。」


 この姫乃森の学校で一緒に学び、遊んできた三人娘。

 最後の卒業生として恥じぬよう、悔いの残らないよう、ラストイヤーを送ろう!

 そう思ったのもつかの間。


「あ! 掃除の時間! 行かなきゃ!」

「やべ! 早く終わらせよう!」


 のんびりしているのか、バタバタしているのだか分からない一年の始まり。

 私達はそれぞれの割り当てられた掃除区域に散って行った。

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