へいこう日誌
神山小夜
第1話 閉校!?
「いってきまーす!」
バタバタと準備をすませて玄関に向かうと、後ろから母が追いかけてきた。
「なっつ! 弁当忘れてるよー」
「ごめんごめん、ありがとー」
母から弁当を受け取って、元気に外へ飛び出した。
私、工藤夏希――あだ名はなっつ――の中学最後の一年が始まる。
と言っても何か目新しいわけでもない、見慣れたド田舎の、のどかな風景が目の前に広がっている。
通い慣れたバス停までの道を、小走りに駆けていく。
このときは、いつもと変わらない、平凡な一日だと思っていた。
「夏希さん、おはようございます!」
バス停でスクールバスを待っていると、女の子が手を振ってきた。
ひとつ下の中学二年、伊藤きらり。
めちゃくちゃ明るい後輩だ。
その後ろには、同じ二年の菅野淳が歩いてくる。
「おいーっす」
朝が弱い淳は片手を挙げ、とても眠そうな声で挨拶をしてくる。
すかさず、きらりが淳の背中を引っ叩いた。
「あっつ! 夏希さんは先輩なんだから、敬語!」
「保育園から一緒なんだから、いまさらじゃんか……」
この二人とは小さい頃からの付き合いで、保育園バス、スクールバスと、ずっと一緒に通う仲だ。
保育園と小学校、中学校が同じ敷地にあるから、ほぼ毎日顔を合わせている。
中学校に上がると、先輩には敬語を使うようにと先生に言われていた。
だけど、子供の頃から一緒だから、淳はなかなか慣れないみたいだ。
「きらり、淳、おはよー。今日から新学期だねー」
「三年になっても、夏希さんは身長も声も変わりませんね」
「あっつ! なんてこと言うのよ!」
「きらり、別にいいよ。もう諦めているから……」
身長140cmくらいの私は、学年はもちろん、中学校の中でも一番背が小さい。
淳にも、きらりにも、あっという間に追い越されてしまった。
ましてや、声が低いハスキーボイス。
気にしたらキリが無いけど、やっぱり気にしちゃう。
だから、話題を強引に変える。
「そんなことよりさー、新しい先生が来るんだってね? それも二人。どんな人かなぁ?」
「二人とも男の先生でしたよね? イケメンかな?」
イケメン好きのきらりは、目をキラキラさせている。
「くだらねー。そんなことより、きらり、学校ついたら宿題見せて。まだ終わってねぇ」
「は? また!? 懲りないねえ。先生に怒られるよ?」
このやり取りも、いつものことだ。
宿題を忘れて怒られるのは、淳にとっては日常茶飯事。
いつもどおりの通学、いつもどおりの会話。
それも今年で終わるんだな……。
今日から中学三年生、中学校生活最後の年だ。
少し物思いにふけっていると、スクールバスがやってきた。
学校までは、約二十分。
その間に、私の同級生の小原千秋と、きらり達と同じ年の菊池靖郎と菅明日香が乗ってくる。
その他、隣接する小学校や保育園の児童、園児も拾っていく。
小さい子から中学生まで乗り合いになるから、バスの中はとてもやかましい。
ぼーっとバスに揺られていると、隣に座った千秋が話しかけてきた。
「ねー、なっつ。進路決めた?」
「んー、迷ってるんだよねえ。介護福祉士の勉強ができる学校と、郷土芸能の部活がある学校でさー。受験生なんだよねー。全く実感ないわー」
「うちも。町内の高校が近いから、そこにしようと思ってたのに、二年後に閉校が決まって募集しないことになったでしょ? また一から考え直さなきゃいけないから焦ってる」
少子高齢化のため、町内にあった唯一の高校が閉校となる。
そうすると、普通に進学するには、隣の市の高校に行くしかないのだ。
憂鬱な話をしているうちに、バスが学校に着いた。
「お前ら、今日も頑張れよ!」
バスから降りるとき、一人ひとりに声をかけて活を入れる運転手さん。
保育園の頃からの顔馴染みで、私たちの成長を見守ってくれている。
「はい! ありがとうございました!」
元気に返事をすると、運転手さんは笑って手を振ってくれた。
姫乃森地区の子供たちは、挨拶をきちんとすることで有名だ。
子供が少ないから、学校の授業はマンツーマンみたいなもの。
だから、しっかり教えてもらえると言われることもあるが、そこは人による。
私のように勉強が苦手であれば、普通にテストで0点を取ってしまう生徒もいるのだ。
あと、小学校の頃から思っていることがある。
大きな学校では、授業中に教科書を立てて寝ていてもバレないらしい。
一度はやってみたかった。
うちの学校のように少人数だと速攻で見つかってしまうから、とてもじゃないができない。
バスから降りると、女の子が待っていた。
同級生の加藤冬美だ。あだ名は、ふー。
ふーは、私が小学校二年のときに転校してきた。
もとは都会のマンモス校にいたのだが、父親の仕事の都合で、このド田舎に引っ越してきたのだ。
なぜ、こんなド田舎にきたのか不思議だったが、ふーの家族は変わり者で、畑もしたいからこの地区を選んだらしい。
そして、この地区にはもうひとつ魅力があったそうだ。
とても空気がおいしいらしい。
喘息持ちだったふーは、ここに越してきてから良くなったそうだ。
ずっと住んでいると気づかないけど、他にも、同じような子は何人かいたらしい。
店もなければ、病院も信号もない。
携帯の電波も立たない。
人に会うより、野生のシカに会うことのほうが多い。
コンビニまで行くには車で片道30分もかかるという、緑豊かなこの地区。
不便なことが多いが、良いところも一つくらいはあるようだ。
ふーと合流し、バス停から学校まで、ゆるい坂の一本道を歩く。
途中、保育園児、小学生の順に列から離れていく。
一番奥の建物が、私が通う姫乃森中学校だ。
去年までは複式学級だったが、三年生は受験ということもあり、今年は二年、三年と分かれたクラスになるらしい。
ちなみに今年は、一年生になる子がいないため、入学式すらない。
二年生が四人、三年生が三人の、計七人が全校生徒となる。
朝のホームルームの前に、音楽室で赴任式がある。
体育館では広すぎるから、全校集会や生徒会会議では、いつも音楽室を使っている。
ちなみに会で使う演台は、私の父が作ったものだ。
10歳離れた姉が卒業するときに、同級生と父兄が話し合って寄付をしたらしい。
父は大工だから、買うより作ったほうが安いと、簡単に作ってしまったそうだ。
台はとても重く、しっかりとしており、めちゃくちゃ丈夫だ。
この台を見るたびに「うちのオヤジ、すごいだろ!?」と誇らしげに思ってしまう。
生徒が揃うと、先生方が入室してくる。
校長先生、去年まで担任だった中野修子先生、そして噂の新しい男性教師二人。
一人は無精髭で茶髪の、ぱっと見はチャラ男。
もうひとりは、大きなお腹のお相撲さんのような人。
顔は強面で、一瞬ビビってしまう。
中野先生の司会で、赴任式が始まる。
校長先生から、赴任された先生の紹介が行われた。
「では、さっそく紹介します。川村正樹先生」
「はい。よろしくお願いしますー」
例のチャラ男だ。
よく見ると若そうで、ちょっとイケメンだ。
きらりの方を見ると、目をキラキラとさせていた。
もう顔に出ている。
好みのイケメンであると……。
「そして、こちらが、内藤和行先生」
「皆さん、よろしくお願いします」
お相撲さんだ。
でも、見た目の割には優しい話し方だ。
「んじゃー、みんなさんが気にしている担任紹介をこのままやりますか」
行儀よく先生の話を聞いていた私たちだが、校長先生の言葉を聞き、ちょっとそわそわし始めてしまう。
「まず、二年生の担任は、内藤先生です」
「よろしくお願いします」
二年生一同、声を揃えてお辞儀をした。
イケメン先生が担任じゃないと知って、きらりは凹み気味であった。
「そして、三年生の担任は川村先生です」
「よろしくお願いします」
三年生の三人も、そう言ってお辞儀をした。
チャラ男が担任かよ!?
うちら受験生だぞ!
頼りなさそうで不安だ……。
そう思ったのは私だけでなく、他の二人もそうだろう。
「あと、中野先生は二年生と三年生の副担任として、みなさんと関わっていただきます。以上で職員の紹介を終わります。始業式は、ホームルームをした後に行いますので、各自教室に戻ってください」
こうして赴任式が終わった。
教室に戻ろうとすると、きらりが猛ダッシュで追いかけてきた。
「なんで、うちらはあのデブが担任なの!? イケメンの担任いいなあ!!」
「きー、落ち着いて。逆にラッキーだよ? あの頼りなさそうな先生が担任じゃなくて」
そう宥めたのは明日香だ。
きらりは明日香に慰められながら教室に戻ったが、隣同士だから騒いでる声がはっきりと聞こえる。
「なんか、頼りなさそうだったね」
そう呟くと、千秋とふーも大きく頷く。
「やっぱりそう思った? 三人とも同じこと思ってるね」
そんなことを言っていると、川村先生が入ってきた。
「おまたせ、おまたせ。いやー、出席簿探してて遅くなったよ」
頭をかきながら笑っている。
そのとき、三人は同じことを思った。
私たちだけでも、しっかりしようと。
「んじゃー、さっそく、みんなの自己紹介をお願いしようかなー。夢と、好きなことを話してもらおう。それじゃ、工藤夏希さん?」
出席簿を見ながら、川村先生は私の名前を呼んだ。
「はい。私です」
「ん? 風邪ひいてるのかな?」
「地声です」
「あっ……、ごめんなさい」
初めて会う人から、よく言われることだ。
もう慣れているから謝らないでくれ。
「工藤夏希です。将来の夢は、介護福祉士として、お年寄りの方のお世話をして、福祉を通して今まで育ててくれた地域に恩返しすることです。好きなことは、太鼓と、神楽を踊ることです。よろしくお願いします」
「夏希さんは優しい方なんだね。はい、じゃあ、次の人。加藤冬美さん」
「はーい。加藤冬美です! 将来の夢は、あの有名なネコ型ロボットを作ることです! 好きなことは、読書です!」
ふーは頭が良すぎるから、いつか本当にネコ型ロボットを作るんじゃないかと思っている。
「夢は大きいほうがいいよね。最後、小原千秋さん」
このチャラ男、本気に思っていないようだ。
「はい。小原千秋です。将来の夢は、漫画家になることです。好きなことは、漫画を読んだり、絵を描いたりすることです」
「俺、美術専門だから、絵のことはなんでも相談して。さて、次は俺の紹介だな」
そう言って、先生は黒板に『川村正樹』と書き始めた。
「川村正樹です。こんな少人数の学校に赴任するのは初めてです。仲良くしてねー。そう言えば、この学校、来年の三月には閉校するんでしょ? 受験もあって大変だろうけど、最後の一年、一緒に楽しもう!」
「………………」
この先生、なんちゅう自己紹介してんだ……?
すかさず、千秋が口に出す。
「いずれかは無くなるでしょうね。この学校、人少ないし。でも、今年じゃないですよね?」
「いや、教育委員会で言っていたから、本当だよ? あれ……? 俺、余計なこと言った?」
「えーーーー!!!!」
三人が悲鳴を上げたと同時に、隣の二年生の教室からも悲鳴が聞こえた。
何も聞いてない。
決まったのはいつ?
なぜ急に?
そういえば、一年前、親が学校で集会があると言って出掛けて行ったのを思い出した。
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