3.

しかし、神の力はやはり神が持つべきであった。

人間は弱すぎるのだ。


40歳を迎えた頃、大学の同窓会の誘いが届いた。

かつての友人たちの夢のような経歴を聞かされたオレは、アルコールの勢いもあって、つまらぬウソをついてしまった。


それがただのウソであったなら、酔いがさめた後で自分を責めて終わりのハズだった。


「あれ? 電気つけっ放しだったかな?」

同窓会から帰ると自宅の窓から明かりが漏れていた。

カバンから取り出したカギも形が変わっている。


「高橋・・・?」

イヤな予感が的中した。自分はここに住んでいないことになっているのだ。


「何て言ったかなあ・・。成城? 白金台だったか?」

酔いに任せて口からでまかせを言ったのだ。よく覚えていない。



コンビニの前で缶コーヒーをすすりながらスマホの住所録を調べる。

「目黒かよ・・・」


自分の自宅と思われる住所を地図で開こうとしたときに着信音が鳴った。

スマホの画面に表示されている名前は「結衣」。


「ちょっと帰りが遅いみたいだけど、何かあったの?」

これは覚えてる。アッキーだ。



絵に描いたような理想の暮らしが 自分の知らないところですでに始まっていた。






--------------------





映画のセットみたいな豪邸に入ると、そこにはあの有名女優が普段着で立っていた。

心臓が止まらないうちに顔を背け、玄関のカギを閉める。

ドッキリ番組ではない、これは現実なのだ。


挙動不審を酒のせいにするのも限界があった。

明日医者に行く約束をしてとりあえずベッドにもぐりこんだ。

自分は何の罪で捕らえられるのか、そればかり考えていた。




翌日、医者の診断は記憶障害。


神の力でねじ曲げた過去は自分以外の人々にとっては単なる現実なのだ。

鎌倉幕府が1185年だと思っているバカはこの世でオレだけ。


アッキーと豪邸で暮らす現実が正解であり、

非正規雇用の独り暮らしが妄想だというワケだ。


アッキーとの熱愛を報じた記事は検索すればネットでいくらでも出てくる。

そこに写っている自分の顔がハメ込み合成に見えているのもオレだけなのだろう。

これまでにいろんなことがあったらしいが、まったく覚えがない。

つまり他人からみれば、オレは記憶を失った男ということになるのだ。




「あなた、玄関にお迎えの車が・・・」

「あ!! はい・・・」


明日の株主総会の準備で「エイバー サージェント」に行かなければならない。

今から数十分後、この会社に関わるすべての人にこの記憶障害の男が大迷惑をかけるのだ。



六本木ヒルズに向かうハイヤーの窓から東京の街をながめる。

ここに自分の居場所などない。


スマホにはメールやらSNSやらの通知が休むことなく積み上がっていくが、それをカバンにしまい込んで、オレは運転手の男に声をかけた。


「あの、、、

 ちょっと聞いてくれますかね?

 オレの平凡な身の上話を」


「ええ、どうぞ」



「そうだな・・・


 鎌倉幕府って何年か覚えてます?」





--- END -----

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

鎌倉幕府の年号が変わりました 鈴木KAZ @kazsuz

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ