後編:「その時は、一緒に死んであげる」
【望月くるみ視点】
「だってくるみちゃん、天才だし」
吐きそうだ。感情が溢れて死にそうだ。
身体が熱い。殺してしまいたい。私の熱で全部、全部全部。私ごと、全部。
つまんない、つまんない、つまんない。
だれかたすけて。私、退屈に殺されちゃう。
────なんて、全部嘘だけど。
「……ふは」
あーあ、なんか笑えてきちゃった。
遠くで授業開始のチャイムが鳴り響く。
屋上はいい。静かだから。私を1人にさせてくれるから。なんだか死に近い場所な気がするから。気持ちいい風が、お気に入りの真っ白な髪の毛をサラサラと揺らしてくれて心地いいから。
今頃クラスメイト達は、教室でつまらない先生の話を聞いているのだろう。そして、私が何食わぬ顔で戻ったら、また異星人でも見るような目で私のことを見てくるのだろう。
つまらない毎日は嫌いだ。
つまらない毎日を過ごしていたら、私までつまらない人間になってしまったみたいで吐き気がしてくるから。
「今日はなに聴こっかな〜〜」
私はイヤホンも付けずに、スマホから爆音を垂れ流すことにした。この屋上には誰もいないんだから、気を使うこともない。
音楽は好きだ。先が分からないから。
歌詞が好きだ。人の意志を強く感じるから。
曲が好きだ。私には作れないから。
分からないものが好きだ。出来ないことが好きだ。出来ちゃったものになんて、ありふれているものになんてもう興味が少しも湧かない。
「……望月さん、またここでサボってんの」
例えばそう、君みたいに。
「そーだよ〜、モブくんもサボり?」
「…………いや。遅刻したから、いっそのこと次の授業始まるまで時間潰そうと思って」
「ふーん、そう」
モブくんは、つまらない。
何をしたってありきたりで、当たり前で、どうしようもない。そのくせ変にポジティブで、何故か私によく話しかけている。優等生時代に、私の癖を見破ったことがきっかけで。
今はちゃらんぽらんで、授業だってサボってばかりの私にも優等生な時期はあった。
学級委員をやって、みんなと仲良くして、髪は黒髪で、多分好きな言葉は平等と協調性で、スカート丈は膝下で、放課後は友達と遊んで帰るのが当たり前で、でも絶対に6時には家に帰るような、あまりに清楚な、そんな時代が。
少しでも普通に近づきたかった。少しやっただけでなんでも出来てしまう頭脳は重荷で、社会生活に適応するために必死だった。
それでも、天才が、どれだけ必死に取り繕ったって、普通に生きていけるわけがない。
まぁ結論から言うと、バレてしまったのだ。今まで手を抜いていたことが。
一人にバレてしまったら全部一緒。どうせまた有る事無い事言われるだけ。それなら、そうなる前に私が先に全部捨ててやる。
ずっと前に家族だって、そうやって捨てたんだし。……捨てたとか、捨てられたとか、そんなことを思ってるのは私だけかもしれないけど、そう思わないとやってらんないじゃん。
意識してなかったとか、捨てる価値もなかったとか、言われたら悔しいじゃん。
いや、逆にこのパターンもあり得はするな。
『天才なんだから、何でも出来るでしょ?』
うるさいな。出来るよ。出来るけど、その場合の、私の気持ちは一切無視かよ。
そう思ったら何もかも嫌になって、そもそも何で普通になりたかったのかも分からなかったから、全部捨てて好きなようにやってやることを決めた。
髪は真っ白に染めた。なんか好きだから。スカートは膝上10cmのところで切った。涼しいから。
成績は1番のまま。
人の名前は全部忘れることにした。個人の認知が出来てしまったら、その人の記憶が焼き付いて余計に死んでしまいたくなるから。
その度に言われた言葉とか、顔とか、我慢してきたこととかを思い出して、癖みたいにカッターを握ってしまうから。
それなのに、モブくんは図々しくも私の記憶に焼き付きかけている。というより、彼があまりにも必死だから、視界に入るようになってしまった。
平々凡々なモブくんに使う脳のリソースなんて無駄でしかないから、早く消えてくれないかな。
「今日も放課後、ここにいる?」
……今日も通常運定でめんどくさい。せっかくさっきまで気分が良かったのに、色々と台無しだ。
「…………」
私は無言でスマホの音量を上げた。
放っておいて欲しい。君は普通なんだから、ずっとそのまま普通に生きていけばいいじゃん。それが一番幸せだよ。
私と関わって、どうしたいの。
そう、言いたかったはずなのに。
『退屈に殺される前に君が救ってくれるわけ?』
なんて、言ってしまったから、期待なんてしたからダメだったんだよ。その普通が、無性に眩しかったから。
私は、一生一人で生きていけばいいし、この日常を退屈だとは思っていても死にたいとは思っていなくて、何なら私以外の全員が死ぬべきだと思ってるぐらいだけど、モブくんはそれを間に受けてしまったらしく、こうやってしつこく話しかけてくる。
────私が死にたがるわけないじゃん。
手首は切るけど、毎日はしんどいけど、死ぬなら絶対に私じゃなくて向こうでしょ。
私がヒロインで、君が勇者の物語か何かですかって話。君に私は救えないよ。そもそも囚われてないんだもん。
それぐらいの強さあるよ。私、そんな弱い女じゃないもん。ヒロインみたいに、攫われたまま待ってるなんて、それこそ退屈すぎて死んじゃうよ。
だから君は一生、モブくんでいたらいいの。
君はこの、そこそこ栄えた地方都市の地元の大学に進学して、そこそこかわいい彼女が出来て、そこそこ幸せに生きていけるよ。
私は、まぁ、無理だけどさ。
普通から外れた人間に、中途半端な優しさを見せるモブくんのことが嫌い。
君を振り切れるほどには強くなかったわたしも、寂しがりやな私も、全部全部大嫌い。
「……放課後もいる。仕方ないから、またモブくんのつまんないギターでも聴いたげるよ」
だから、ギターを始めたのは嫌がらせのつもりだった。
ギターに憧れたのは本当。楽しかったのは本当。
日に日に上手くなる私を見て、少し焦っていたモブくんを見て嬉しくなってしまった時点で、また壊してしまうと、気がついていた。
だから、すぐに離れていってくれると思った。
それなのに離れていかない君が悪いんだよ。離れていかない君が好きだ。そんなの、執着して、好きになってしまうに決まっている。
ラブソングに熱量を込める君が好き。キラキラ、嬉しそうにギターを鳴らすところが好き。少し変で、しつこくて、思い込みが激しいところが好き。
そんな君のヒロインになれるかもしれないと、思ってしまった。浮かれてしまった。
「ギターはやめるよ。望月さんは本格的にギター始めたら? すごく上手だったじゃん」
モブくんの死んだような声が何度も頭の中で再生される。
ねぇ神様。私みたいな、化け物が幸せになれるわけがないんだと。もっと早く、せめてモブくんに出会う前に言ってくれたら良かったのに。
「普通、にっ、なりたかったのにッ……」
天才になんて、なりたくなかったのに。
モブくんの代わりに文化祭の舞台に立った数日後、私は熱い勧誘を受けて軽音楽部に入った。
私はすぐ飽きちゃう人間だから相当迷ったけど、それでもいいと言ってくれたことと、参加自由で掛け持ち自由とゆるゆるなルールだったことが大きい。
モブくんは、やっと最近退院した。まだ腕のギプスが痛そうだけど、私には声をかける資格なんてないから遠くから見つめている。
「え〜? 大丈夫ーー? 痛くない?」
なんて、甘ったるい声だけが取り柄みたいなクラスメイトの女に話しかけられていた時は殺意が湧いたけど、"死んでくれ”の5文字は飲み込んだ。
うん、いいよ。いいんじゃない。うんうん、へーー。お似合いじゃん。周りの人を壊しちゃうばっかの私なんかの100倍ねって、私はモブくんの何でもないんだけど。
……はぁ。死にたい。
と、そんなこんなであまりにストレスが溜まるのに、学校でしかモブくんを合法的に見られないから、私はその日から無遅刻無欠勤になった。先生はビックリしていた。
すごいよね。恋ってこんなに人を変えるんですよ。そりゃあ人魚姫のお姉さんだってビックリしたでしょうよ。
かわいい妹が、彼を殺すなら泡になるとか言うんだよ。私も人魚姫みたいに潔かったら良かったな。しがみついちゃって、バカみたい。
でも人魚姫はいいよなぁ。自分から捨てたくせに、探しに来てくれるお姉さんがいて。私にはいなかった。やっぱりヒロイン様は違う。
私も自分から捨てたけど、今も相互不干渉どころか透明人間みたいな感じで生きてるのか死んでるのか分かんないまま家にいるけど、それってある意味、捨てられたままだってことだ。
どちらにせよ、本当にヒロインになったみたいに、私には待つことしか出来なかった。怖いから。もういらないって、ハッキリ大好きな人の口から聞くのが怖いから、いつも自分が捨てたことにして平静を保っている。
そんな私が大嫌いで、だけど結局誰も迎えには来ないから、やっぱり私はヒロインじゃないってちゃんと理解できた。
私みたいなのを、必要とする人なんてどこにもいなかった。だから、モブくんが話しかけてくれるのが嬉しくて、家出資金を貯めるためにバイト死ぬ気で入れてたのに学校来ちゃったり、株ほっといたりしちゃって、あーあ。あーーあ。
と、こっそりモブくんの代わりに、クソウザい先生に頼まれた雑用をこなしながら思うくるみちゃんなのでした。はい、健気健気。かわいいかわいい。
毎日毎日、気づかれないように少しずつ償いをしている。彼の落としたものは机に戻して、たまに彼がよく食べていたお菓子をこっそり机に詰めてるとか、ごんぎつねか何かですか? 我ながら笑える。
「……でもこれ以外に、何も出来ないんだもん」
結局私は、ずるい人間だから。頭だけいい、バカだから。放課後。誰もいない教室。ぼたぼたと、彼の机に染みを作ってしまった。
「くるしい」
忘れられたくないの。無かったことにしないでほしいの。償いたいの。ごめんなさいって、許してって、また君のギターが聞きたいって言いたいの。
それなのに自分からは話しかけられるわけがないから、もう傷つけたりなんかしないから、怖がって切り捨てようとはしないから、ごんぎつねみたいに死んじゃってからでもいいから、私のこと分かってくれないかな。
そうじゃないならいっそのこと、怪我が治りそうになるたびに、愛しい愛しいその背中を後ろから突き飛ばして、一生ギプス姿でいて欲しいと思ってしまったのは。
「練習って、部活って、だるーい……」
毎日みんなと同じことして、同じ時間やらなくちゃいけないことが。真剣にやりなよって、だって私、それはもう出来るわけだし。
「とか、言ってみた。……言ってみた、だけだけど」
なーんて。呟きながらもちゃんと練習に参加するくるみちゃんなのでした。偉い偉い。
私ことくるみちゃんはですね、部活を真剣にやってみることにしました。いろんなことやったら、1つぐらい出来ないこともあるでしょう。そして身体を痛めつけたらモブくんのことなんて一瞬で忘れられるでしょう。
だってモブくんだもん。ね、パッと見、どこにでもいそうじゃん。だったら私の隣にいたらいいじゃん。間違えた、それじゃ何の意味もないよ。
「……あは」
そして、一月でもう結論が出ちゃったから報告しとくね、もっといっぱい人をダメにしちゃって、壊しちゃっただけでした。楽しかったのは最初の三日間ぐらいだけで、気づいたら先輩に勝っちゃってたんだから、どうしようもないよ。
壊しちゃってごめんなさい。自信を折っちゃってごめんなさい。私のエゴに付き合わせてごめんなさい。またやってしまった。どうしようもないな。それなのに、大して申し訳ないなんて思ってない私が一番、どうしようもないな。
ごめんなさい。モブくんの顔を見て初めて、これが私が思っている以上に重罪だって気がついたんです。そりゃあ私の懺悔じゃ足りないわけだ。もう部活も辞めたし、あなたの人生には今後一切関わらないつもりだから許してください。
これで許されるなら警察はいらないんだけど、私のことは違う種類の人間として認識し出してたみたいだから、なんか逆に「天才ってすごいんだね」ってキラキラした目で言われて困惑した。
でもちょっと安心した。助かったと思った。本当は弱い弱いくるみちゃんは、モブくんの分でも重くて重くて、潰れそうな毎日を送っているから。
でも、だったらモブくんも傷つけてないよね、と思える私では流石になかった。
部活という発散先もとい憂さ晴らし先を失った私は、もっとモブくんのことを考えるようになってしまった。
この1ヶ月でギプスは取れたみたいだ。良かった。良かった。やっぱり健康な君がいいよ。
でもまた腕を怪我してギプスを嵌めるようなことがあったら、私のことを一番に思い出してくれるかな。時が経ったら、忘れちゃうのかな。
「…………それは、やだなぁ」
責任を取らせてよ。他の人なんてどれだけ壊れたっていいけど、モブくんの人生だけは責任が取りたい。
それかどうだろう。逆に、私が怪我をしたらいいのかな。モブくんのせいで私が怪我をしたら、君は責任を取ってくれる?
その瞬間、最悪の考えが頭に思い浮かんでしまった。
「流石に、ダメでしょ」
どうしよう。どうしよう。分からない。
想うだけで死にそうなほど、人を好きになったことがないから、この涙の止め方が分からない。
同情でいいからそばにいて、なんて思ったのは初めてだから、この過激な思考の止め方が分からない。どうしたらいいの。壊れそうだよ。死んじゃいそうだよ。
まるで夜光灯に群がって、その熱に焼き殺される夜の羽虫みたい。
もし明日、私が死んだらモブくんは泣いてくれるかなぁ。見つかりやすく、分かりやすく、屋上から飛び降りたら一番に見つけてくれるかな。
私のためだけに泣いて、もっと将来をぐちゃぐちゃに出来るかな。
ふと、クラスの女の子と一緒に帰っていたモブくんの姿が頭を過ぎる。
────私、君の隣にいられる女の子(モブ)になりたかった。
君と出会えたこたが運命だったのか、必然だったのかは分からないけど、苦しいぐらい好き。今までの人生で自分以上に大事に思えた人なんていなかったから、君のためなら死んでもいいよ。
せめて、運命だと思いたい。だって、こんなに好きなのに、運命じゃないなんて受け入れられないから。
だから、見えすいた嘘でいいよ。
見えすいた言い訳でもいいよ。
「……あの、望月さん」
もっと完璧に私を騙してよ。
「誰ですか」
私は必死に感情全部を殺して、なんともないような声で言った。
君が、突然様子がおかしくなった私を探るために、先生から必死に頼み込まれて私のところに来たことなんて、知ってるよ。
「……クラスメイトの"モブ5"ですけど。もし今から時間あったらさ、見せたいものがあるからちょっと一緒に来てくれない?」
この恋がハッピーエンドで終わらないことも、全部知ってるよ。
「ねぇ、どこまで行くの?」
「うん」
「部室、こっちじゃないでしょ」
「うん」
「ちょっと、モブく……」
「記憶喪失のフリすんの、やっぱ下手くそすぎ」
「っ〜〜!」
何これ、何これ、どうなってる?
おかしくなりそうな頭を整理して、必死に、必死に、考えて、でも引っ張られている手が熱いから、何も出来ないから、どうしようと、思って。
頭が回らない。動かない。どうにも出来ない。
私にとって、この先がどこかとか、これからどうなるかとかより、モブくんと繋いだ手の先から伝わる熱の方が重要だった。
その熱に、殺されてしまいそう。天才ってこんなに簡単に殺せちゃうんだ。
馬鹿だな、私。もっとマシな嘘吐こうよ。退屈なんかじゃ殺せないよ、私(てんさい)のこと。有象無象も、先生も、王様だって、私は殺せないよ。
君にしか、私を殺せないんだよ。
それをちゃんと、モブくんは知っているだろうか。
「……着いた」
「え、は?」
ステージだった。中庭の端っこの方に、明らかに急いで設置されたと分かるような、所々ボロの出た小さなステージがある。勿論文化祭のステージほど立派なものではなかったけれど、マイクがあって、ギターがあって、段差があって、客席と舞台が分かれている。
「なに、これ」
「大丈夫だよ。屋外だから、何か降ってくることはないから」
そんなことを心配してるんじゃない。次あんなことが起こったら、ちゃんと私が罰を受けるから。君に庇われたりなんて、二度としないよ。馬鹿じゃないの?
「なんで、ギターがあるの」
もしかしてもう一度、引いてくれるつもりになったの。
その言葉を飲み込んで、じっとり汗ばんだ両手を背中で結んだ。
そうだったら、私は、
「これは望月さんが弾いて」
「……は?」
ピックを渡された。はぁ?
「僕が歌担当、望月さんがギター担当ね。歌はこの1ヶ月、ずっとカラオケで歌い込んできたから、まだ望月さんより上手い自信ある」
「…………どういう、こと」
「練習したんだよ、部のみんなにも手伝ってもらってさ。良かった、望月さんが僕がいない間に学校辞めてなくて」
「わたしは、私はっ、よくないよ」
もうダメ。これ以上、君を見つめて、君に見つめられて、声を聞いてなんて、贅沢すぎて耐えきれない。
モブくんは放心状態になった私を強引にステージの上に乗せた。ギターを持たせてくるので、なんとか抱えた。モブくんがマイクの前に立つ。
「弾いて、あの曲」
と言った。もうこうなったらどうでも良かった。震える手で、一音目を鳴らした。
「1人でばかりいる君だけど」
モブくんが震える声で歌い出した。
「僕だけが君を分かっている訳がないけど」
なにこれ、なにこれ。
「一番想っているのは絶対的に僕だよ、と」
おかしいよ。
「死んでしまってもいいから伝えたくて」
歌詞が、違う。
「伝わらなかったら、嘘じゃなくても君が殺して」
それは、練習してきたというわりには、ガタガタで、震えていて、下手くそな歌だった。
だけど、私には絶対に超えられないと思った。それぐらい、苦しいほど、熱量を感じる歌だった。
「今ので、分かったと思うんだけど」
「……何が」
「っ好きなんだ、望月さんのことが。ずっと」
「…………」
モブくんはマイクを強く握ったまま、喋るスピーカーのような音量で叫んだ。
「っ突然、なに。うるさいし、初対面の人にそんなこと言うのキモいし、迷惑なんだけど!」
「そうやってさ、記憶喪失のフリまでしてさ、孤高キャラやってるのに結局寂しがって学校はやめずに来ちゃって、期待してるところが、かわいいと思う」
「……っ、は?」
「でも傷つけるからって、誰とも交わらないようにして、僕のこと傷つけたと思ったらボロボロ泣いてさ。甘いんだよ、キャラ設定が」
「…………ッ」
「傷ついてないよ。僕、全然傷ついてない。最初はそんな覚悟なかったけどさ、ギター教え出したぐらいからは、こうなることも想定してたし。その覚悟で望月さんと仲良くなりたかったんだし。……いや、まさか物理的にもやられるとは思ってなくて確かにちょっとヘコんだのはマジだけど」
「な、に」
「あのとき、すぐ引き止めたら良かったのにさ。望月さん屋上来ないし、僕と目も合わせないし、ヤケになってて。勇気出なくて、話しかけるの今になっちゃって」
意味がわからない。私のセリフじゃん、それ。私の弱いとこ、分かったフリしないでよ。全部知ってるみたいな顔して、近づいて来ないでよ!!
そうやって、そうやって、手遅れのくせに!!
「何で今そーゆーこと言うの? 主人公気取るには手遅れすぎなんですけど。その、僕だけは気付いてましたアピール、最高にだるいね。君、超つまんないね?」
私が昔、こう言った時、どれだけ嬉しかったか、分かるの。それでも必死に、巻き込まないように、こんなウザい言い方したのは、何でか分かってよ。
「も、モブくんは、ほんとに、つまんなっ……」
「……望月さんもつまんないから、オソロだね」
「っ……?」
「同じこと、2回も言うとか。いい加減気づいた方がいいよ。自分が、嘘つくの下手だって」
「なに、それ。私、嘘なんか吐いてないんだけど」
「…………」
「ッこないでっ!?」
近づかないで、欲しいのに。
苦しい。息が、苦しい。温かい。モブくんの手が、私の身体をギュッと包み込んだ。だから、息苦しくて。
初めて、苦しいほど生きてるんだって感じがした。
「すき。望月さんが天才でも、天才じゃなくても関係なく好き」
「……っや、でも、私は」
「壊していいよ、僕のこと。歌も僕より上手くなってもいいよ。望月さんが、僕の隣にいてくれるならどうなってもいいよ」
「ちがうっ、でも」
「必死に僕も望月さんに勝てそうなこと探すけどさ、それでもやっぱり僕といても退屈だなって思うんだったらさ」
モブくんは、海斗くんは、私を離して真っ直ぐ正面から私を見つめ、優しく笑った。
「その時は、一緒に死んであげる」
あまりに優しく笑うから、ズルい私は、奪ってばかりの私は、ただ残酷なはずの、君を犠牲にしたその言葉が嬉しくて、泣き出してしまった。
「望月さんがいない人生とか、それこそ退屈で意味ないから」
「っでも、でも、私、人のこと幸せに出来たことないんだよ。一緒にいる人のこと、いつも壊しちゃうの。幸せに出来たこと、一回もなくて、だから、」
「じゃあ僕が一人目になるから、側にいさせてよ。せめて、その、ほら。その、く、くるみってサラッと呼べるようになるまで」
「……好きとかは簡単に言うくせに、変なとこで照れんな」
「は!? それとこれとは別物じゃん」
「別物じゃ、ないでしょ。っかいと、くん」
ほら、私はもうモブくんなんて照れ隠しをせずとも君の名前が呼べるんだからな。君みたいなヘタレと一緒にしないで欲しい。名前なんて、どうでもいいよ。
私といてくれるなら、私は名前もないモブにだって喜んでなる。だから。
「君の人生めちゃくちゃにして、死ぬほど楽しくしてあげる」
これが私に言える、最大限の愛の言葉だって君はとっくに気づいてる。
「だから、これから死ぬまでよろしく!」
君は嬉しそうに笑って、「よろしく」と言ったけど。
────これがプロポーズのつもりだって気づいてる?
「まだ僕の方が接客業は上手いな」
「……っるさいな、何回も来んな!」
「僕がここの常連だからって理由でここでバイト始めたくせに、何を今更」
「家帰ったら、殺す」
高校卒業後。私は電車を乗り継いでこの国で一番頭の良い大学に通いながら、たい焼き屋さんでアルバイトを始めた。
株は大学に通いながらだと難しいから、やめた。お金ならそこそこ稼いだし。そのお金で今は、一人暮らしをしている。
「あれ、今日お母さん来る日じゃなかったっけ」
「……何でそんなことまで知ってるの」
「え、たまにメールくれるから」
コイツがうるさいから、家を出る前にちゃんと納得がいくまで、両親と話し合って。
その時に仲良くなったのか、勝手に家族ヅラしてくるから、今日もつまらない。
「……お母さん来るまで、1時間ぐらいあるし。夜ご飯作ってあげるからさ、その、家、寄ってけばいいじゃん?」
つまらないから、今日も君が愛しくて、つらい。
「やった。じゃあお言葉に甘えさせていただきます」
「よろしい」
「好きだよ。くっ、くるみ、ちゃん」
「……くるみでいい。てか、自分で言って照れるな、うざい!」
「でも本当は?」
「でもとかない」
「と言いつつも?」
「嫌いじゃない」
「……ということはつまり?」
「〜〜ッ、好きだよ! バカ!!」
私の主人公は、この先ずっと君だけ。
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最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
【宣伝】
望月くるみのことが気になってくださった方へ!
望月くるみが登場する、書籍版「君のせいで今日も死ねない。」はファンタジア文庫様より8月20日発売になります。
なんとイラストはDSマイル先生…!!美麗です。
(詳しくは活動報告へGO!)
試し読みや口絵などを見ることが出来る特設サイトも作っていただいたので、もしよければ検索してみてください!
君のためなら死んでもいいよ。 飴月 @ametsuki
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