第3話
視界を覆う巨大な建造物を見据える。それは城のようでもあり、神殿のようでもあった。ここに唯一繋がる橋は既に崩落し、もはや退路はない。空は真紅に染まるだけに留まらず、天頂から広がる亀裂の奥にはここではない空間すら覗いている。終末じみた……終末そのものの景色。
夢を見た。それが最後の休息になるだろうとなぜか分かった眠りから覚めてここまで走ってきた。
あれから──僕たちが二人になったあの時から、僕たちは真逆の方へ進んできた。
受けたのは同じ心の傷。けれどそれは、全く違うものを二人に与えた。
僕には諦念を。怠惰を。堕落を。
君には怨恨を。憤怒を。勇気を。
結果として、君はどうしようもなく成功した。その道行は知る由もないけれど、今や君は機械仕掛けの神が如き力を得て、すぐにでも世界を粘土細工のようにぐちゃぐちゃにする事が出来ると、僕はこれまでに調べ上げた知識として知っているし、この場における直感としても明確に分かる。そして、夢の中で一度それを見ている。
結局あの夢──夢の中の夢はこの現在を完全に示す予知夢だったのだろうと思う。そうならなければいいと思っていたとしても。
走る。目指すのは城の中央、最も高い塔の頂上。何度も躓きそうになりながら、螺旋階段を二つ飛ばしに駆け上がる。
僕に特別な力は何もない。それでも肌に突き刺さる力の奔流、その中心がそこにある。
辿り着くと、そこには少女がいた。夢の通りの光景に、もはや驚くことはない。
「ねえ」
続く言葉は、知っている。
「あなたはどうしてここにいるの?」
夢の中持ち合わせなかった回答を、それを見た僕は持っている。まだ確信のつかない答えを、どうにか導き出している。
『僕は、君を止めに来たんだ』
『僕には、君を止められない』
正解なんて分からない。
「君が何をしてきたか、僕は知らない。確かにこの世界は醜いだろう」
『けれど』
『だから』
『僕は、君を神にはさせない』
『僕は、君が辿り着いたこの場所を否定できない』
少女は微かに目を見開いて、どこか縋るように言う。
「どうして、」
『どうしてあなたまで、私を許してくれないの』
『それならどうして、あなたはここにいるの』
『敵だらけの世界の中で、唯一の味方であるあなたが』
『ここにいても何も出来ない、何もしないあなたが』
責めるようなその声が、どうしようもなく突き刺さる。
一瞬、言葉に詰まる。それは、自分でも分からなかったこと。胸の底から湧き出る思考、その源は。
一つの言葉が、思い当たる。
この心を表現するそれはどうにも陳腐で、この場にはまったく相応しくないであろうただ一節の言葉。
「僕は、君が好きなんだ」
『だから君とともにいたい。できることなら、この先も』
『だから最期の瞬間は、君とともにいたいと思う』
世界の終わりの中心で、ただ一人の愛の告白じみた言葉はきっと狂気の沙汰だろう。
「身勝手だとは分かっている。でも、」
『どうか、僕のそばにいてくれないか』
『どうか、僕をそばにいさせてくれないか』
少女は滑るように床へと降りて、僕の目の前に着地する。その頬には、大粒の涙の軌跡が輝いている。
少女は僕を抱き留める。ただの少女と同じような弱い力、柔い肌。僕も応じて、力の限りの抱擁を返す。
「ありがとう」
震える声が聞こえた。僕がなにか言い出すより早く、続く言の葉が紡がれる。
『でもね、』
『わかった』
『もう、止まらないんだ』
『全部、終わりにしよう』
分岐した世界、変わらない結末。
そして、夢に見た終焉が訪れる。
世界終末の夢の先 もやし @binsp
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