第2話・下

 目が覚める。今日は普段通りの時間のようで、家というにもおかしいこの場所には僕しかいない。何か、ひどくぴりりとした嫌な空気だった。


 川で顔を洗って、近くの茂みに何かが通った痕跡を見つけた。人なら大変だし、熊や猪でも危険だ。さらに濃くなった嫌な予感を受けながら、草をかき分けて痕跡を追う。


 そして、それはそこにあった。


 一つだけぽつんと離れた木の、綺麗に真横に伸びた枝。

 どこで手に入れたか分からないロープにその首を繋いで、少年がそこに浮いていた。


 焦り、恐れ、困惑。それらを押し殺しながら縄を解いて少年を下ろす。

 冷たい。確認するまでもなく完全に死んでいる。


 これは少女には見せられないなと、妙に冷徹な思考をしたとき、背後から声がした。


 少女だった。息は荒く、低木も生える草の中を急いで来たのか体中に細かな傷がある。手の中には、小さな二つ折りの紙切れが握られていた。


 僕は後ろの少年を隠そうとして、出来ようもなかった。少女は目を見開いて少年に駆け寄る。


「どうして……!?」


 何故だか覚めた頭で、無意味な問いだ、と思う。

 少女もそう思ったようだ。ぶんぶんと首を振って、僕の方へ向き直る。


「これ……」


 そう言って、紙切れを開いて渡してくる。


「家の中に、置いてあったの」


 それは手紙だった。あるいは、呪詛。

 はじめから最後の一文に至るまでこの世への絶望を綴った置き手紙。

 こういう行動に出たのも納得できるほど、それは心の底からの言葉だった。


「これは……」

 戦慄とともに声が漏れだす。


「私、これを見て、それで、もしかしたらって思って……」

 その声は震えて、その瞳は潤んでいた。


 酷だろう。少女はまだ純粋で、その心は僕のようには死んでいない。

 結局少女が泣き疲れて眠るまで、数時間を要した。



 少年は逃げたのだ。あるいは、逃げ切った。

 この世界から。闇に塗れた世界から。





 そうしてまた目が覚める。夢の中で夢を見るなんて、よくある事だ。

 一つの夢は過去の記憶。もう一つは未来の空想。

 その空想は気味が悪いほどに正確に、僕たちの行く末を映していたように思えた。

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