エピローグ

 アンドレアはいつのまにか海をたゆたっていた。冷たい、それでいて包み込むような波のざわめき。母の腕の産毛を感じているような。

 遠くから猛スピードで、何かが近づいてくる。

 それは本物の人魚姫だった。海底から人間の男を見にやってきたのだ。


「あら、何かしらこの像。わたしそっくり……名前も同じね。アンドレア。」

 美しい鱗のびっしり生えそろった尾びれがバシンと水面を打った。

「まったく、どうして人間の男は私の姿をこうも愛するのかしら。こんな彫像や絵画ばっかり描いて。私はこの姿が嫌で嫌でたまらないのよ。できることなら人間の脚がほしいわ。だって、海の中じゃいつまで経っても人間の男とは巡り会えませんもの。」

 アンドレアは哀しく微笑んだ。本物の人魚姫のアンドレアの膨れっ面もとても美しかったが、自分の身体に刻まれた様々な記憶が、それ以上に美しく光り輝いているのを知っていた。

 人魚姫は、自分によく似た彫像をほっぽりだして、人間の舟の方へと泳ぎ去っていってしまった。


 投げ捨てられたアンドレアは海の底へと沈みながら、泡沫が多くの魂のように弾けながら空に登っていくのを見て、満足気に一筋の涙を流した。その涙も、海の中に溶け込んでいった。

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アンドレア 神田朔 @kandasaku

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