正直なれば傷つけるから、引きこもれば良かったのに、知ってしまった。

鍍金 紫陽花(めっき あじさい)

第1話

『悲しい時は何をしてる?』


 俺はワールド移動のローディング中に、Twitterで質問してみる。VRCHATの人たちは優しい方が多いから、俺の気持ちを慮ってリプを送ってくれる。


『好きな音楽を聴いている。今聞いているバンドは元カノに教えてないから、思い出がチラつかなくていいよ』

『辛いことなんてまやかしだよ。色んな人と交流したら気が紛れる。と言っても、君に必要のないアドバイスだった』

『どした?』


 1人ずつに返信していると、画面越しにローディング中が終わっていた。AFKを解除し、親指を前に倒して、入口まで体を運んだ。丸みを帯びた扉は白い光で中身を見せなくしていた。入場のリアクションも共有したいから、友達の到着を待つ。

 俺はVRCHATというゲームをプレイしている。ゲーム内には個人でアップロードしたワールドが転々と存在し、フレンド交換したものや初対面の方と好きなように過ごす。VRCHATという名前の通り、VRに対応していて、正面に可愛いや格好いいのキャラ達が生き生きと体を動かしていた。それは、作り物とはかけ離れた命を感じる。

 今日はVRCHAT内にある大手グループがイベントに参加する。会場の作りは変えられないが、パソコンの負荷を減らすためにインスタンスを各々建てることが出来て、そこに俺はいた。

 今日は俺と今から来る友人しか入れないインスタンスを作成し、友のローディングを待つ。


「ごめん待った?」


 金髪で日焼け肌の女子高生が来た。声は高めの男性で、幼さが残っている。歩を進めるほど、ミニスカートが足に反応し、風が吹いたように揺れていた。最近はセッティングの手順が明確になってきたな。


「大丈夫だよ。ねこたゃさん」


 ねこたゃさんは頭を触っていて、ヘッドセットの締めつけを調整しているようだ。


「やっと来れたー!」

「うん。楽しみだね」

「ボタンさん元気だった? あの後だから心配したよ」

「平気。行こうか」


 俺とねこたゃさんで入口をくぐった。7色の線が俺たちの目端を通過し、近未来で白均一の世界が広がる。イベントのロゴが1秒足らず滞在し、自由になった。入口から個人のブースが展示されている。


「おー、今年も力入ってるね」

「うん」


 このイベントはアバターやアクセサリー、ワールドに設置するシステムが展示される。一つ一つが個人で制作しており、言うなればコミックマーケットのような場所だ。個人に設けられた長方形のスペースに熱意が注ぎ込まれていて、アイテムの魅力に圧倒される。根負けした人は財布の紐が緩み、自分の姿が華やかになったり、様変わりしていく。喜びや憂い混ざった創作は人の心を動かす。それを直に思い出させてくれるイベントだ。


「ねー! この帽子可愛いんだけど!」


 ねこたゃさんは帽子に触って頭に載せる。すると、防止が彼女のアバターに付随した。


「うぇぇえ?! 頭に乗っかった!」

「え、すごい。なんだろう。この技術」


 ブースの説明文に取り付け方が記載されていた。設置されたアイテムをつけられるワールドはある。しかし、この適用はいつでも驚かされていた。


「このまま持って帰りたいねー」


 俺は黒いサングラスを目に装着し、人差し指立てて変な表情にかえる。横にいるねこたゃさんの方へ向く。


「だね」

「ええー。その表情に似合わないよ! おかしーっ」


 体がのけ反って、口に手を当てている。ねこたゃさんはからからと笑うから気分が爽快になるから、一緒にいて心地が良かった。


「ねー、進も」

「うん」


 デスクトップの時刻を確認し、再浮上する。今は23時だから急がないといけない。ブースごとに時間をかけていたら日をまたぐ。俺とねこたゃさんは互いに仕事がある。


「あ、これとか良くない」

「おー、可愛い。これTwitterで話題になってたキャラだ」

「ちょっと販売見てみよーよ」


 何気なくブースの販売ページを触る。すると、パソコン上に製作者の展示物が並ぶ。ブラウザに指さすとカーソルが出るから、下から上にスワイプする。キャラ毎に”いいね”が豊富で、製作者の人気度がわかった。初期の販売キャラを知りたくなり、下まで遡る。


「あ、ぼたんダメ! 見たら」

「え、なん……」


 一番下に、あるキャラがいた。白色のロングに丸い目。透き通る肌に、天使のようなワンピを着ていて軽装。

 あのキャラがいた。正確には、あの人が普段使いしていた『白紙ちゃん』だ。


「……なんで、こんな所に」

「ぼたん。さきいこ」

「あ、ダメだ。あーっ」


 指を動かそうとした。でも、白紙ちゃんの紹介ページから動けないでいる。自動スクロールでサムネイルが変わっていく。振り向き姿、表情差分。どこにも君がいた。


「休んでいい?」

「うん」


 ねこたゃさんは事情を知っているから気遣う。その優しさに甘え、販売の並びから出て、入口に戻った。

 息を吸って吐く。画面をもどし、ねこたゃさんが正面にいる。


「軽率だったね」

「いや、誰も悪くない。事故だよ」


 白紙ちゃんは彼が使っていた。その彼は俺の元恋人だ。プレイヤー発の文脈が数多くあり、恋人もその1つ。彼とは”人見知り克服したい集会”で出会った。皆がワールドに設置されるトランプゲームに興じるなか、後ろでじっと眺め、あくびなんかする。奔放な姿が特別のように輝いて見えた。初めは挨拶だと『こんにちは』言ったが『うん』とだけ。終わったと焦ったら、彼から切り出した。


『イベントに参加したけど、話すタイミングわかんないなってとき無いかな?』

『わ、わかりまふ』


 俺はヘッドセットを外したい衝動に駆られ、断線が怖くて動かなかった。聞いた彼は吹き出して、頭に手を置いてくる。


『君かわいいね』


 恋人になるまで早かった。次の日からずっと一緒に過ごす。心に欠けた穴を埋めるように求め、2人がひとつの存在になった錯覚がした。


『やっぱ別れようか。なんか、ぼたんと俺ってやり尽くした感じしない?』


 手がかざされ、頭が感傷的な思い出から這い上がる。心はついていけなくて、引き裂かれたような痛みが走って、悲鳴をあげたいと脈打つ。


「思い出した?」

「うん。ありがとう」


 ねこたゃさんは思い出した俺を記憶から引きずり出し、頭を撫でてくる。


「見るのやめとく?」

「いや、せっかくだから行こう」

「でも、楽しめないんじゃない?」

「楽しめるよ」両手を振り回し、彼の身体に接近し、透過する。当たったように後ろにさがられ、怯えた表情に変えて器用だ。「こんなに動ける」


「俺を殴るぐらい元気なら遊ぼっか」

「うん」


 彼の後ろについて行き、白紙ちゃんのブースを早足で抜ける。楽しかったことが反転して、苦しみが踏切の点滅みたいに狙ってきた。


「ねーサメのアバター売ってるんだけど」

「うわ、歯がリアルじゃん。こわー」

「あ、これはワールドの窓枠を売ってる」

「これ集会で見たことある形だ。この人が作ってたんだ……」


 知識欲が満たされていく。1人ずつの創作は憂鬱を置き去りに、未知の景色に連れていってくれる。冗談のようなおじさんのアバターだったり、四足歩行の大根が売られていたりした。


「面白いね」


 何気なく言葉が漏れた。展示されたコートが綺麗で、購入を検討していたから、気持ちが溢れてしまったわけだ。それをねこたゃさんは聞き逃さない。


「良かった」と、安堵していた。

「そんなシリアスに返さないでよ」

「だって、人に気を使ったことがないからわかんないんだもん」

「それはそれで問題じゃない? ねこたゃさん社会人続けられるね」

「言い過ぎ!」


 イベントの仕掛けは大掛かりだった。個人の制作は創作の自由性を肌で感じる。イベント主の大手グループもワールドを使って出し物していた。ワールド奥に、ライブ会場があり、四角いキューブが浮いていた。Enterキーを推奨されるから、お互いで押す。

 すると、弾けるような黄色が降り注ぎ、壇上に女性が登場する。


『みんなー! 知ってる人は配信いつも見てくれてありがとう! 初めての人は覚えて言ってね! バーチャルアイドルの夢叶内(ゆめかない)です!』


 彼女は、録画されたバーチャルアイドルだった。ハツラツとした元気は演出と重なり、ワールドは彼女の歌のための背景となった。

 興奮を伝えたくて、隣の彼を呼ぶ。


「今こんなになってるんだね!」


 自然と大声になっていた。ライブでは声が聞こえないという現実の常識に体が従ってしまう。ねこたゃさんは上機嫌に付き合ってくれて大声だ。


「来てよかったー?」

「うん」


 画面の彼女は1曲目を歌う。世間の人々は親しみがあり、自分の価値を押し上げるというアイデンティティをテーマにしていた。そのみずみずしい感性に腹が立つ。


「ねこたゃさんの優しさに甘えているね」

「俺は優しくないよ」

「優しいよ。なんで、俺はイベントに来たと思う? 人見知りで最近は誰とも話さないのに」


 彼に振られてから、ログインを怠った。なぜなら、ヘッドセット被るたびに彼の姿を探してしまうから。

 歌がサビに届き、視聴者を鼓舞するように会場が振動する。


「このイベントは彼と行こうと約束してた。でも、その前に振られた。このイベントのツイートを見るたびに連想して辛かった。でも、来ないと踏ん切りがつかない気がした。今でもついてないけどね」


 現実に好きな人なんて居なかったから、好きな人への諦め方を知らない。好かれた事実をどう処理したらいい。乗り越え方の教科書は売ってないのか。

 俺は悲しい時は何も手が付かない。


「さっき、ぼたんが俺が優しいってのは間違いだよ」

「だって、こんな面倒な状態の俺に付き合ってくれてるじゃん」

「実は俺もなんだ」


 彼は右手を押し付けてくる。薬指の指輪が外されていた。


「え!」


 今日は何度も手を当ててくる。自分のことばかりで彼のことが把握出来ていなかった。


「俺も別れた。イベントに行こうと話してて、来なかったから、同じ理由で来た。とても何気ない口約束だった。でも、その何気なさが大切で尊かった。なんで、ずっと1番になってくれないんだろうね。心って勝手に動いて困るよね。振り回される相手のみにもなって欲しいよ」


 なんて返せば正解だろうか。俺が崩れたとき、沈黙して隣に立ってくれていた。同じように、距離を詰めてあげる。


「悲しい時って何したらいいんだろうね」

「ぼたん。俺は何も悲しくない」

「どういうこと」


 彼はとつぜん衣装を脱いだ。胸部は乳首の形が浮き出て、鼠径部も最低限の隠しがある。白色のマイクロビキニ姿に変わる。目をこらすと、腹部に淫紋が刻まれている。ブースで500円だった。


「うわぁ!なんてもの見せるんだ」

「あいつの性癖がマイクロビキニで耳責めだって言うから改変したのに! 俺を変えた責任とってくれよ!」

「地獄のパワーワードだ」


 喉のつっかえが取れたように笑った。彼の悲痛な叫び声と不健全な衣装。白い吐息が盛れて、蕩けた表情をしている。その奇抜なギャルの前でアイドルが楽しげに踊っていた。今ここにVRCHATのカオスが詰め込まれている。


「あーはははは」

「笑うなよ! こんなにエッチなギャルに改変したのに!」

「あははは」


 その日、元恋人の甘い夢を見た。

 起きた時、少し泣き、立ち上がった。

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正直なれば傷つけるから、引きこもれば良かったのに、知ってしまった。 鍍金 紫陽花(めっき あじさい) @kirokuyou

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