第2話 冬の庭


 なずなとエイサ。ふたりの仲がより深くかたいものになったあの日。

あれからふたりを見るまわりの目は、もっとおかしくなっていった。


まるで“変わっためずらしい生き物”をこそこそカンサツするかのような、あやしい目たち。

まりな先生の眉毛もますます下がっていって、今じゃ向けられるのはいつも「大丈夫?」って言ってるような顔。


なずなには全く分からなかった。

どうしてみんなの自分らを見る目がどんどんどんどん、ヘンになっていくのか。



“ほんっとやな子たち。

わたしとエイサが仲良くしてちゃおかしいの?


あんたたちのこと、ますますやになった。”



「……ほっとけっての」


「なずな! コ・ト・バ ! 」


「いいよ。あいつらなんか」


 鼻をくすぐる大好きなエイサのにおい。あったかなさわりごこち。


“ねぇ。こんなにもさみしいわたしを、どうかいやして。


もっと、もっと──”



エイサの茶色くてふわふわな髪の毛は、甘いエアーチョコレートのよう。


するする、さらさら、きゅるきゅる。


口でだってしてあげられる。


食べちゃったってなんにも苦じゃない。


それだけあなたが好きってこと。



「もっとこっちにきて」



「ん」






なのにね。なのに──。



それだけあなたで満たされてるはずなのに、



どうして私はこんなにもうえているの──。






まだ足りない。全然足りないの。


もっとほしい。


“目の前の女の子のすべて。”


 



そう、すべて。


なにもかもお日さまのように輝いてて、とってもあったかいはずなのに。


こんなにも震えてしまうのだって、


きっとふたりだけが

“浮きもの”の北風だから──。







 払われ消えてしまわぬよう、どこにも飛ばされないよう、毎日触れて互いをつなぎとめ守りあっている。


つむじにキスをして、たっぷりのチョコレートガーデンに顔をうずめてしまえば、そこはもう抜け出せない”花とみつばちの園”。

ミルクのように白い花々の蜜をひとりじめできるのも、この世でただ一匹だけ。


エイサは確かにここにいる。自分の中だけで、自分のためだけに咲いてくれている。



「くすぐったいよ……。でもすき。

だいすき……」


 うとうとと、エイサの長いまつげがゆれ、グリーンの瞳も閉じられていく。


 眠ってしまった天使を起きてた時よりも

強くだきしめて、いつもは決して言えない言葉をなずなは彼女に送った。




「わたしも……だいすき」









 冬休みに入っても、なずなとエイサが会わない日は一日たりともなかった。

二人は毎日なずなの描く絵のように笑いあい、抱きあい、ふれあって、どんな気持ちだってどんな温度だって分け合った。


なずなが落ちこんだ時は、エイサが優しい手と言葉でなぐさめる。

この“ぜったいの日常”だって変わることはない。

なずなの家で二人でするおままごとだって、すべてがほんもの。ほんとうのかたち

ハグもかかさない。もちろん行ってらっしゃいのキスもおかえりのキスも、おやすみなさいのキスだって。



「え~お出かけもだめなの? ケーキ会くらい行ってもいいでしょ……?」


「ひとりじゃだめ。わたしも絶対ついてく」


「そんなんじゃおよめさん“ひとりぼっち”になっちゃうよ~」


「わたしがいるでしょ」


「も~。

“ほんとおくさまですこと” 。

あたしだけよ? 愛してあげられるのは」




 なずなのお母さんは今もキッチンでスマートフォンに夢中だ。たまに“ままごとのやりとり”をちらちらと覗いてくるだけ。

きほん娘の好きにさせてくれる“いい”お母さん。


いつもそうやって二人“じゆう”に過ごしてきた。







 幼稚園最後の冬休みも半分ほどが過ぎた頃。

いつものように三人で過ごしていた豪雪日の午前中、なずなの家の電話がまた鳴った。


「はい。いえいえ! かまいません 」


 なずなのお母さんは左手に受話器、右手でスマートフォンをいじったまま廊下に出ていく。


「あやしくない? 昨日はなずなのママ、ここでフツーに電話してたのに」


 エイサはひそひそ声で言った。

「隠しごとのにおいがする 」 と。



「しっ! さわぐんじゃないぞ。ぼうず」


 すっとひとさし指をたて、刑事のおじさんのような口ぶりでふざけるエイサに、こらえきれず笑ってしまうなずな。


「あー笑った! カワイイ子っ! 」


「うるさい!」


 二人はどろぼうのようにドアに近づいていき、お母さんの話し声に耳をすませる。

受話器からはよく知っている、女の人の声が聞こえてきた。


「「 まりな先生だ!! 」」




 ぼそぼそ、ぼそぼそと。

つかめそうでつかめない内容。


こんな電話をされると何を話してるのか気になって仕方なくなる。



むずむず ……


もやもや……



イライラ!



不安にかられたなずなは、自分のひざの前でかがんでいたエイサを上からギューッと抱きしめた。

これはいつもの合図。何も言わなくたって彼女はすぐに応えてくれる。


「大丈夫、大丈夫。あたしがいるから」


 エイサの優しい声と手に包まれて、なんとかなずなは今にもこぼれそうな涙を我慢した。



“わたしにはエイサがいる。


先生だけじゃないんだから!”





 話を終え部屋に戻ってきたお母さんに、すぐさまなずなは質問した。


「ママ。まりな先生と何話してたの?」



 お母さんは笑って答えた。


「なずなは元気にしてますよっていう

 ほうこくをしてたのよ」


 ──と。



「“お休み中なずなちゃんとお話できないから先生さみしいよ~” だって」




「うそだ! !」


大声で叫んで、部屋中にスケッチブックを投げばらまいていくなずな。


「平気で嘘つく人も大嫌い!


隠し事する人もっ!


先生もママも大っっ嫌い!!」



“みんな私を仲間はずれにするんだ。”



 うずくまってすすり泣く娘の前で、わかりやすくため息をついてしまうお母さん。

エイサはお母さんたちの長電話が終わる前に帰ってしまった。「まだいて」ってお願いしても「もう帰らなきゃ」と残念がって。


手持ちのスケッチブックに目をやったなずなに笑いかけるのは、さっき描いたばかりの女の子。

また会えるよって手をふった、大好きな自分だけのたからもの。




“ずっと、ずっと、あなたと一緒にいれたらいいのに。


もう会いたいよ。


あなたがいないとわたしは──。”






「なずな……」


「話しかけないで!」



 リビングを出てトイレにかけ込んだなずな。

鍵のかけられる部屋はトイレしかなかったから。


トイレットペーパーを何度もぐるぐる巻いて、乱暴に顔をふいてはすぐにグショグショになる負のループ。

その“しょっぱいカス”は顔だけでなく、なずなの腕や手にもしつこくこびりついた。





お母さんは娘をそっとしておくことにした。

だがもうじき晩ごはんの時間。彼女が散らかした床は片付けなければならない。


「はぁ。なにしてんだか……」


 床にもテーブルの上にも散らばっている娘の絵。

いくつかのスケッチブックを手にとり、ペラペラとめくってみる。


いたるところに描かれているのは

“見覚えのある美人さん”の顔。



「あら上手」


“ほうにんしゅぎ”もいいところである。

娘に絵の才能があることを、お母さんはこの時初めて知ったのだった。


そしてこの時お母さんがようやく勘づいた、もうひとつの哀しい真実。




「……かなわぬ恋、に決まってるわ 」



 スケッチブックの表紙裏に描かれていたのはお城と庭。カラフルな景色のすみで悪目立ちしている“一輪の黒い花”と、その花が捨てた花びらに誓いの口づけをする小さなプリンセス。



 題名


“わたしだけの国” 。









「ごめんなずな」



“もっと一緒にいてあげるべきだった。

もっとあの子を知って、注意してあげなきゃいけなかった。



これ以上“エイサとなずな《ふたり》”を一緒にはいさせられない。



早く気づかせてあげなければ──”









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