エイサ
かさのゆゆ
第1話 エイサ
冬ってどんよりする。春、夏、秋よりも心がじくじくする。ぬくもりが恋しくなる。
この物語の主人公、なずな。
いじっぱりだけど、実は甘えんぼうな女の子。
幼稚園の年長。いつもひとりぼっち。
唯一好きになれた先生は担任のまりな先生。
今年の春からなずな達の幼稚園にやってきた新しい女の先生。
まりな先生はなずなの頭を細く優しい手でよく撫でてくれる。なずなはそれが大好きだ。
けれど、先生はいつもなずなの側にはいてくれない。
先生はみんなの人気者なのだ。
“ 寂しくなんか……ない。 ”
なずなは毎日ひとりぼっち、お絵かき帳に絵を描きながら休み時間を過ごす。
仲良く遊んでいる他の子達にちょっぴり「いいな」「私もいれてほしいな」と
思ってしまう時もあるが、なずなはそんな気持ちを認めたくもなかった。だから彼女は声をかけてくれない子ども達のことも勝手に嫌いになって避けるようになった。
なのにまりな先生はその子達の頭も優しく撫でる。
“ 私を仲間はずれにする子にもやさしくするなんて。”
春から夏に変わりつつあるある日から、なずなは一人の女の子の絵を描きはじめた。かわいくて、きれいで、とってもやさしくて、さみしがりやだけど強くもある女の子の絵。
毎日、毎日、彼女を描く。
その度その子をどんどん好きになる。
彼女の笑顔、恥ずかしそうに照れる姿、ふざける姿、なずなを守る姿……などなど、なずなはこの子のいろいろな姿を描くのが日に日に楽しみになっていった。
冬休みが始まる10日前の朝、なずなの幼稚園生活に奇跡が訪れる。
そう、転入生がやって来たのだ。
小さな女の子。名前はエイサ。
彼女をひとめ見た瞬間、なずなの胸は“ぎゅるん”とたかぶった。大きなおどろきと喜びが、彼女の小さな世界をいっぱいにした。
彼女はすぐに分かったのだ。
エイサが自分が描いていたあの女の子であることを。
そして自分達がすぐ親友になることを。
しかし、なんでだろうか。転入生だというのにクラスの子ども達はちっともエイサを気にかけなかった。
あのまりな先生さえも。
なずなは誰からも話しかけられないエイサをすごくかわいそうだと思った。しかし同時にすごく嬉しくも思った。
この子は、この子だけは、わたしだけがひとりじめできるのだと。
「おはよう、なずなちゃん」
数日後の朝、名前も知らないクラスメイトの一人が珍しくなずなにあいさつをした。きっと気まぐれかなんかのイタズラだろう。
だが無視するわけにはいかない。
「お、おはよう…ございます」
きごちない様子でなずながそう返すと、クラスメイトの一人はなぜか口をもごもごとさせ、そのまま黙って去っていった。
「なんなの、あの子!」
なずなが怒っていると、反対にエイサは笑っていた。
彼女は本当によく笑う。まりな先生にそっくりな顔で。
「おもしろくなんかないよ!」
なずなが叫ぶと、エイサはなぐさめるように、いいこいいこをするように、彼女の頭を優しく撫ではじめる。
出会ってからというもの、これも毎日の決まりごと。
白く細い指も、撫で方も、なにからなにまでまりな先生に似ているエイサ。
そんなエイサの手の下でおとなしくなっていくなずな。
彼女は毎日必ずやってくるこの時間が大好きになっていた。
エイサだけはいつも自分の側にいてくれる。この子の笑顔も手も声も、全部自分だけのもの。
なずなはゆっくりと目を閉じ、ふたりだけの幸せなひとときに身を委ねる──。
「……?」
しかし今日は今までになかったことが起きてしまう。
なずなのおでこの上で急にエイサの手が止まったのだ。
見上げたなずなは彼女の表情が暗くなっていることに気がついた。
「どうしたの?」
今度は自分がエイサの頭を撫でる番なのかもしれない、そうなずなは思った。
「ううん、なんでもない」
「なんでもないって言葉、私が大っ嫌いなの知ってるよね。言いたいなら言って。あとになっても私はもう聞かないよ 」
「……」
少しの間があいた。
これを聞いても自分を嫌いにならないでほしいと前置きし、エイサは話しだす。
「あのね、さっきなずなが他の人におはようって言われてたでしょ。それでね……あたし、“しっと”しちゃったの。あなたにはあたしだけだと思ってたから……っ!」
話がまだ終わってないにもかかわらず、なずなはエイサを抱きしめてしまう。声が漏れてしまうくらいぎゅーっと強く。
ひどく嬉しかったのだ。
彼女も自分と同じように自分を思ってくれていることを今、このとき、なずなは確信できたのだ。
エイサとなずなはふたりでひとつ。
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