第3話 私と世界が壊れた日3

 激流の音がする。


 目を開けると、渓谷の底の岸にいた。


 この世界の時間で3日前に私が落ちた場所の近くだ。


 ここなら機密性を保ちながら転移できるので、予め転移先に決めていた。




『聞こえる?』




 声は出していない。


 準管理者が管理者と連絡するためのシステム。


 暗号化された通信で、考えたことを師匠に伝えられる。




『オーケー。予定通りに頼む』




 師匠からの返事が聞こえた。


 暗号化されているとは言え、使いすぎるとバレる可能性がある。


 あまりお喋りはできない。



 強力な認識阻害を常時発動させる。


 情報は力だ。


 基本的には敵味方関係なく、見つからない方がいい。




 戻って最初にすることは決めている。



 師匠からもらった転移の指輪は、クールタイムが長い。


 使えるのは1時間に1回。


 敵に奪われ、戦闘中に連続して使うことができないよう制限がかかっている。




 転移の指輪を使い、姉が死んだ場所へ転移した。






 死臭がする渓谷の崖の上。


 外で3日も放置されたのだから、腐るのは仕方ないだろう。




「戻ったよ、姉さん」





 腕の裂傷、腹部の陥没、胸に空いた穴。


 虚ろな目をして、仰向けになり、空を見ていた。


 どこか満足気な顔で息絶えている。



 思ったより綺麗な亡骸だ。


 魔物に食い荒らされた跡はない。


 魔王の魔力の痕跡が残っており、魔物たちは近づきたくなかったのだろう。


 亡骸が残っていただけでも良かったのかもしれない。




 返事がないのはわかっている。


 自分の気持ちに整理をつけたかっただけだ。




「姉さんのお陰で助かったんだよ。姉さんがいなければ、今の私はここにいなかった」




 目が熱くなる。


 だが、涙は出なかった。


 悲しみはもう、怒りに変わってしまっている。




「絶対に、生き返らせる。手段は選ばない。私はもう、人間をやめたから」




 心も体も、すでにこの世のものではない。


 目的のために、理不尽を振りかざすだけの存在だ。




「またね。次は生きて会いたいよ、姉さん」




 別れの挨拶はもういい。


 いつまでもここにいるわけにはいかない。




『回収できた。転移させて』




 姉の亡骸をそのままにしておけなかった。


 利用されたら、きっと正気ではいられない。



 師匠から気まずそうな声の返事が返ってきた。




『…………座標を確認した。あとはこっちでやるから、少し休め』



『見送ってからにする』




 ゆっくりと、姉の亡骸が光の粒子になっていく。


 それが、空へ昇る。


 魂はなく、体だけが、この世を去った。




『転移完了。お疲れ』



『調査に戻る。一人にしてほしい』




 師匠の報告を、適当に返した。


 話をする気分ではない。





 村の方へ足を進めた。


 気持ちを落ち着けながら、静かに歩いていく。



 だが、姉の亡骸が脳裏を離れない。


 怒りが膨れ上がり、あの魔王の姿が思考にこびりついていく。



 私の姿が、形容しがたい■■になっていくのが、自分でもわかった。


 もしアイツと出会ったら、容赦はしない。




(魔王エルハルド、お前は必ず殺す)




    ■と■■が壊れた日・了

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対・異世界侵略 名前OS/めいぜんおーえす @meizen_os

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