第2話 私と世界が壊れた日2

 #最終防衛システム起動


 緊急事態のため、ステータスの開示、制限の解除を行います。



名前:ラウナ

権限:準管理者


レベル  16

生命力  1/16 → 16/16

魔力   16/16

筋力   16

物理抵抗 16

精神力  16

魔法抵抗 16

敏捷   16


・偽装 → 認識災害【準管理者権限】

・鑑定【準管理者権限】



 以後、管理者の指示に従い行動してください。




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 無機質な声が頭の中で響いて、飛び起きた。



 知らない場所にいる。


 さっきまで渓谷に落ちて溺れていたはずだ。


 なのに、今はふかふかの長椅子の上で横になっていた。



 涙が頬から流れ落ちる。


 姉さんを殺される瞬間が、頭から離れない。


 私は、守られるだけで、なにもできなかった。





「セーフ。首の皮一枚繋がったって感じだな」





 低い女性の声がした。


 金髪を短くまとめた30歳前後の女性が、私を観察している。


 異国の服を着て、机を挟んで対面に、足を組んで座っていた。




「ここ……どこ? 姉さんは?」




 キョロキョロと、部屋を見まわした。



 貴族が住むような部屋だった。


 豪華というより利便性を求めたようなデザイン。


 使い道のわからない金属の道具がたくさん並んでいる。



 あまりにも現実離れしすぎて、夢の世界に来たようだった。


 さっきまでの辛い出来事が悪い夢ならいいのにと、心の底から願う。



 だが、金髪の人の言葉が、私を現実に引き戻した。




「すまない。お姉さんは間に合わなかった」



「…………そう」




 長椅子で横になりながら、天井を見た。


 どう返事をしていいかわからない。


 心がぐしゃぐしゃになって、言葉が見つからなかった。



 知らない人がいるせいか、警戒してしまい、うまく泣けない。




「泣くのはあとだ。お姉さんを蘇生できる可能性がある」




 無視できない言葉だった。


 人を蘇生できたという話は聞いたことがない。


 初対面の相手だからか、余計に警戒心が強くなった。



 涙を拭き、金髪の人のステータスを確認する。




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名前:師匠

権限:管理者


レベル

生命力

魔力

筋力

物理抵抗

精神力 

魔法抵抗

敏捷


-------------------------




「なに、これ」



「自己紹介の手間が省けて助かる。私を呼ぶときは師匠で。本名は晒したくないから許してくれ。ステータスは必要ないから決めてない」




 見たことのないステータスで混乱した。


 しかも私が【鑑定】を使ったのがバレている。



 ゆっくりと長椅子から起き上がり、師匠と名乗った金髪の女性と向き合うように座った。




「あの、よくわからないんだけど」



「名前はどう呼べばいい? ラウナちゃんとか?」



「なんで私の名前、知ってるの?、私、あなたと会ったことある?」



「初対面だ。管理者だから、それくらいのことは確認できる」



「管理者っていうのは、なんの?」



「世界そのものだな」



「…………はい?」




 なに言ってんだこいつ。




「あー、話が遅くて助からない。だからイヤなんだよ。自称神みたいなこと言っても胡散臭いだけだよな」



「真面目に話しを……ッ!?」




 怒鳴るつもりだったが、言葉が途切れた。


 手が、体が、震えている。


 師匠という人物が放つ威圧感に、本能的に怯えていた。




「ビビらせたくなかったが、こっちは真剣に話してるぞ。今は信じなくていいから、話を聞いてほしい。そのために瀕死の体を治したんだからな」




 そう言われてハッとした。


 姉さんとぶつかり、水面に叩きつけられ、全身打撲だらけのはず。


 その体がウソのようになんともなかった。




「痛くない」



「異常があったら言ってくれ」



「いや、大丈夫」



「で、話を聞く気になったか?」



「信じなくていいなら」




 少し安心したのか、師匠が頷いた。




「まとめると、ラウナちゃんの世界は誰かに乗っ取られ、私と一緒にラウナちゃんの世界を作った友達が、意識不明の重体になった。世界を取り戻せば、お姉さんを蘇生できるかもしれない。できれば協力してほしい」



「無理」




 本当に姉さんの蘇生ができるならの話だ。


 それを信じられたとしても、私になにかできるとは思えない。




「まあ、まずはこれを見てほしい」




 師匠はそう言うと、立てかけられた大きな四角い板を指さした。


 魔道具だろうか。


 その四角い板が光ったかと思うと、この部屋とほぼ同じ部屋が映し出された。


 私が今いる椅子と同じ場所に、派手な服を着た若い女の人が座っている。




「このコスプレ女がラウナちゃんたちを作った」



「作ったって……」



「私と二人でね。コスプレ女が触ってる四角い金属の塊が見えるだろ? あの中にラウナちゃんの世界がある。あの金属の塊は小型のスーパーコンピューター、すげー賢い脳みそだと思って問題ないだろう。『箱庭』って呼んでるが、名前はどうでもいい。たぶんコスプレ女はラウナちゃんの世界に入って遊んでたんだろう。問題はこの後だ」




 手のひらサイズの継ぎ目のない金属だった。


 それに触れながら、コスプレ女が目を閉じて何かに集中している。



 何の前触れもなく、コスプレ女の体がビクンと痙攣した。


 箱庭から手が離れ、白目をむいて椅子に倒れこむ。


 その直後、隣の部屋から慌てた様子で、師匠と全く同じ姿の人物がコスプレ女に駆け寄った。




「これって、記憶?」



「録画だな。止まったところが丁度今だ。飲み物を取りに行ってたら、コスプレ女が白目をむいて倒れてた。心肺停止で」



「人が倒れたにしては冷静すぎない?」



「いや、大慌てだぞ。この部屋の時間は、ラウナちゃんがいた世界の数百万倍速く進んでる。私にとっての現実と比べてもだいぶ早いな」




 人が倒れる瞬間というのは、見ていて気分が悪くなる。




「普通の倒れ方じゃない」



「それを調べるためにラウナちゃんを助けた。勝手に記憶を見させてもらったが、お姉さんのお陰でわかったことがある」




 姉さんの話が出てきたせいか、自分の表情が険しくなるのがわかった。




「なにが、わかったの?」



「ラウナちゃんの世界が誰かに乗っ取られ、外の世界の連中のおもちゃにされている可能性が高い」



「おもちゃ……?」




 今にも声を出して暴れそうなくらい、頭に血が上っている。


 踏みとどまっているのは、師匠という人に勝てる想像ができないからだった。





「コスプレ女が倒れたときに調べたんだが、魂と記憶がなくなっていた。箱庭は厳重な安全装置がついている。精神を消し飛ばすような事故はまず起きない」



「壊れてたとかは?」



「確認した。安全装置は壊れてないから、精神系の攻撃を食らった可能性が高い。理由は他にもある。お姉さんが魔力枯渇寸前まで未来を予知していたときのことを覚えているか? お姉さんがラウナちゃんの手をつかんで、それからひどい吐き気に襲われたはずだ」




 夕食を食べていたときのことだろう。




「ええ、まあ」



「あの吐き気は強力な精神攻撃を受けたときの症状だ。お姉さんが手をつかんできたのは、ラウナちゃんに守ってもらうためだろう」



「私、なにもしてない。なにも守れなかった」



「ラウナちゃんの【認識災害】はな、今みたいに本当にヤバイとき以外は【偽装】と、隠し効果で強力な【認識阻害】がほぼ常時発動する。生き残るために必要な効果だ。精神攻撃を回避するくらいはできただろう」



「…………そう」




 それが本当なら、少しは報われた気がする。




「だからな、世界の外側と内側で精神攻撃があった以上、事故ではなく、第三者の仕業と考えるのが自然だ。誰がやったかまでは知らない。ただ動機は、娯楽の可能性が高い。ラウナちゃんとお姉さん以外に、NPCとプレイヤーって文字が名前のところに表示されたはずだ」



「あれはなに? 初めて見る単語だった」



「NPCはノンプレイヤーキャラクターの略。ラウナちゃんの視点なら、世界の内側の住人ってことになる」



「プレイヤーは、世界の外から来た人?」



「だいたいそうだな。ただ今回のケースは、それだけの意味じゃないだろう。本来、NPCっていうのは遊びのために作られた空想の存在だ。プレイヤーを助けたり、妨害したりして、遊びを盛り上げる役割がある」




 かなり理不尽な言い方だった。


 自分の尊厳を傷つけられたような気分になる。




「私は遊ばれるために生まれてきたわけじゃない」



「私たちが世界を作った目的は『自分にとっての非日常な世界で、人がどう生きるのか知りたかった』からだ。とりあえず生きていればそれでいい」



「作った理由が軽い」



「神様なんてそんなもんだ。だが、他人が作った世界の住民から知性を奪って、遊びのためのNPCにするのはマズイ」



「知性を奪うって、近所の人の動きやしゃべり方が変だったアレのこと?」



「プレイヤーが楽しめるようなNPCを作るには、NPCの行動を制限しないといけない。行動やセリフを固定することで、作り手の意図をプレイヤーにうまく伝えられる。作るのも簡単だからな」



「それって、自分の意志はないんじゃ……」



「ないな。音が出る人形と変わらない。だから精神攻撃で、知性のある人間を知性のないNPCにしたってことは、だいたい娯楽が目的だろう」




 憎しみと怒りが全身を駆け巡る。


 血がにじむくらい手をにぎり、声を絞り出した。




「姉さんは……誰かの遊びのために死んだの?」



「私も友達を殺されかけてるからな。少しくらいは共感できる。それに、こういう最悪のケースは想定済みだ。世界で起こったことは箱庭にすべて記録してある。その記録が無事なら、世界を復元できるし、お姉さんの蘇生もできる。お姉さんの行動から考えても、たぶん世界の記録は無事だろう」




 それが本当なら、確かに希望だ。


 姉さんに『希望を捨てないで』と言われた意味が、少しわかった気がする。




「世界の記録を手に入れるには、どうしたらいい?」



「箱庭の一番厳重な場所に隠してある。だけど、今の箱庭は私だけでは手が出せない。ちなみに、ラウナちゃんを助けられたのは、お姉さんが未来を予知したから、ギリギリ実現できたんだ。奇跡は売り切れてる」



「私だけでは、って言った?」




 申し訳なさそうに、師匠が肩をすくめた。




「精神系はあんまり得意じゃないんだ。外からの助けも呼ぶが、間に合わない可能性もある。だから、できれば、ラウナちゃんに手伝ってほしい」




 私の記憶と一致する話もあるが、胡散臭い話が多い。


 すぐには頷けなかった。




「断ったら?」



「お姉さんを蘇生できる可能性が下がる。それに正直、ラウナちゃんのいた世界ごと面倒を消したい。箱庭をハンマーで叩けば終わり。その方が簡単だ」



「脅しはやめて」



「消すのは本当に最後の手段だ。できればやりたくない」



「じゃあ、私はなにをしたらいいの?」



「ラウナちゃんは……そうだな。自分の世界に戻って、内側から敵を探る。殺し合いは覚悟してほしい」



「無理。私はそんなに強くない」



「【認識災害】があるだろ?」




 そう言われて、しぶしぶ自分の【認識災害】を確認する。



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・認識災害【準管理者権限】



■効果


※禁忌:世界終焉の恐れがあるため、緊急時以外は使用不可。


 対象の認識を変える。


 処理コストが低い場合はランダムに変更。


 処理コストを上げることで任意に変更。



■応用によって実現可能なスキル(現時点)


※性質上、精密性が必要なスキルは低速になる。


 低速:偽装、認識阻害


 高速:ミーム災害、魂の破壊


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「あの」



「管理側の最終手段の一つだからな。言っておくが、それでステータスも高かったら止められない。暴発したら全員、頭がおかしくなって死ぬ」




 頭を抱えた。


 成人したばかりの農民の娘には重すぎる力だ。




「これなら戦えるの? すごくイヤだけど」



「訓練すればな。精神支配は必須だろう。殺すよりも応用しやすい」



「悪質。すごくイヤ」



「で、どうする? 手伝うか?」




 大きなため息が出た。


 そもそも姉さんの命がかかっている時点で、私に選択肢はない。




「努力する」





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 たぶん、私にセンスがなかったせいだろう。


 師匠と訓練を始めて約5000年が経った。


 私の世界では3日ほどらしい。


 もう少しセンスがあれば、短くて済んだと思う。




 最初、師匠と呼べと言っていた金髪の人は、今では本当に私の師匠になった。


 訓練はハードとしか言いようがなかったけど。



 たとえば、想定される外と内の世界の知識を徹底的に叩き込まれた。


 その中には外の世界のゲームなどの娯楽もあったから、少しは楽しめた。


 自分の境遇と重なるようなものは、トラウマが重なってそれどころではなかったが、プレイヤーの気持ちは理解できるようになったと思う。




 問題は戦闘だった。


 「ラウナちゃんのバックアップはとったから、殺しても問題ないな」とサイコ発言をしたあと、本当に殺してきた。


 バックアップのお陰で復元はできるものの、容赦なく頭や心臓を狙って即死させてくる。


 死んだと気づくのは復元したあとで、憂鬱な気分のまま、自分がどう死んだのかの解説を聞かされた。



 ちなみに、本気の戦闘で自分が師匠に勝てたのは2回だった。


 数えるのが面倒だったが、たぶん数億回は負けてる気がする。





 最初に私が転送された部屋で、師匠と対面するように長椅子に座っていた。




「行くのか?」



「もう準備はいい」




 私がそう返すと、師匠が神妙な顔をした。




「お姉さんの情報からして、敵の感知能力は相当高いはずだ。大規模な認識災害は使えないと思った方がいい」



「その辺はうまくやる。バレない方法でじわじわ攻める」



「そこは心配してない。ただ物理的な火力は必要だからな。これは選別だ」




 師匠はそう言うと、ジャケットのポケットから物騒な武器をいくつも取り出した。


 鑑定で確認する。



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・不老の指輪


・転移の指輪(制限)


・アイテムボックス


・転移式ライフル(制限)


・大質量コンパクト弾(制限)×3


・コンティニュー×3


 ………


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「うっわ。本気?」



「暴走したときは周囲100kmごと消し飛ばすから安心しろ。範囲外からの大規模攻撃と物量で殴れば殺しきれる」



「すごい安心感ね」




 苦笑いで返して、指輪をいくつかはめたあと、アイテムボックスにすべてを入れた。




「最後の確認だ。私たちの目的は?」



「世界の記録の奪還。世界を乗っ取ったヤツの特定と排除」




 師匠が強く頷いた。




「ヤバイと思ったら戻ってくるんだ。無茶はするなよ」




 長い付き合いになったからだろう。


 本当に心配しているときの顔だった。




「じゃあ、行ってくる。絶対、姉さんを生き返らせてよ?」



「任せな。だから死ぬなよ、ラウナ」




 師匠が小さく手を振った。


 それを軽く返して、私は自分の世界へと戻った。

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