対・異世界侵略
名前OS/めいぜんおーえす
第1話 私と世界が壊れた日1
夕方の農村の小さなボロボロの家の厨房。
普通の農民で、15才の私は、木の皿に薄味のスープをよそっていた。
いつもより肉を多めに入れて、硬いパンと一緒に二人分の食事をテーブルにおく。
今日は嬉しい日だった。
冒険者の姉、ユティアが数ヵ月ぶりに家に帰っている。
料理が少し豪華なのはそのせいだ。
「味が変だったら教えて」
私がそう言うと、椅子に座った姉さんがほほ笑んだ。
「気にしないから、ラウナも早く食べよ?」
姉にせかされ、私は椅子に座った。
じっと姉を見つめながら【鑑定】を発動する。
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名前:ユティア
職業:冒険者(ランクB)、薬師
レベル 53
生命力 422/422
魔力 554/554
筋力 359
物理抵抗 337
精神力 423
魔法抵抗 454
敏捷 451
・予知【A】
・鑑定【B】
・治癒【B】
・解毒【B】
・薬の調合【B】
・偽装【B】
・剣術【B】
……
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「姉さん、ランクBへの昇格おめでとう。こんなものくらいしか用意できないけど、今日はゆっくり休んで」
一瞬、姉がぽかんとしたが、すぐに納得したのか少し困った顔をした。
「【鑑定】で勝手に見たでしょ? 自分で言おうと思ってたのに」
「長くなりそうだったから」
冒険者は命と隣り合わせの危険な職業だ。
魔物との戦いで死ぬことなんてよくある話。
そんな冒険者を姉が続けてこれたのは【予知】と【治癒】のおかげだろう。
【予知】で数秒先を予測して致命傷を避け、ダメージを【治癒】で回復できる。
冒険者の中でもかなり死ににくい能力構成だろう。
「ラウナはどう? ステータスはやっぱり変わりない?」
「全然。いつも通り」
そう言いながら、私は自分のステータスを確認する。
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名前:ラウナ
職業:農民
レベル 16
生命力 16/16
魔力 16/16
筋力 16
物理抵抗 16
精神力 16
魔法抵抗 16
敏捷 16
・偽装【貅也ョ。逅???ィゥ髯】
・鑑定【貅也ョ。逅???ィゥ髯】
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私の能力は小さな子供くらいしかない。
偽装と鑑定の能力はあるが、ランクの表示が壊れており、細かいことはわからない。
ただ、間違いなく機能している。
たとえば姉さんのステータスも、姉さん自身の【偽装】で見えないはずだが、私には見えている。
森へ狩りに行ったときも、なぜか魔物に気づかれない。
人とのトラブルに巻き込まれそうになったときも、自然にその場から離れられる。
それに私のステータスも、成人したばかりの普通の女性の能力値に見えるらしい。
偽装と鑑定は少し珍しい能力なので隠している。
力仕事のときはステータスの異常な低さが邪魔になるが、それ以外で困ったことはない。
家族から受け継いだ畑で作物を育てるだけだから、それほど気にしていなかった。
姉の質問を軽く聞き流しながら、硬いパンをスープに漬して柔らかくし、パンをかじる。
いつも姉ならここで納得して話題を変えるのだが、今日は様子が違った。
「あのね。ギルドの指導教官や受付の人に聞いてみたんだけど『生まれたときからレベルが変わらない人』は聞いたことがないって」
「ふーん」
「ラウナって生まれたときからレベル16だったでしょ? 普通はレベル1からって言ってたよ」
「そう言われても、私が異常って以外になにかあるの?」
「きっと、なにかあるんだと思う。わからないけど、たぶん…………」
突然、姉さんの言葉がそこで途切れた。
瞳孔が開き、放心している。
慌てて姉さんのステータスを【鑑定】で確認した。
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魔力 554/554 → 1/554
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何が原因なのかわからないが、魔力が一瞬で底をついていた。
魔力が0になれば魔力枯渇で気絶するが、ギリギリ耐えている。
直後、それは起こった。
姉さんが迷いなく私の手をつかむ。
なにかに怯えるように震えている手だった。
その瞬間、全身に圧迫感を伴う吐き気を催すような感覚が走り抜けた。
頭がぐらぐら揺れるような感覚が数秒続く。
歯を食いしばって耐えていると、ピタリと吐き気が収まった。
姉さんが懐から魔力回復のポーションを取り出し、一気飲みする。
休む間もなく、魔力を回復させながら、剣やナイフを装備し始めた。
「姉さん、今のは?」
「……確認させて」
姉さんは私の質問に答える余裕がないようだった。
理由はわからないが、激しく動揺し、混乱している。
椅子から立ち上がり、家の玄関を乱暴に開けた。
私も気になり姉さんの後ろから外を見る。
夕方の紅い空の下、村人の家々が点々としていた。
姉さんが玄関を開けた同じタイミングで、村人の数人が家から出てくる。
いつも見かける近所の人たち。
だからだろうか。
違和感があった。
まず村の人たちはこの時間帯に外に出ない。
夜になる直前の時間だ。
暗くなってしまえば、村の中とはいえ、魔物に襲われたら普通の住人は食い殺されるだろう。
さっきの違和感に気づいて、外の様子を見に行った可能性もあるが、それだけでは説明ができないこともある。
村人の表情に、お面を被ったような気持ち悪さを感じた。
歩き方も不自然なくらいに規則的すぎる。
首をかしげながら違和感の原因について考えていると、姉さんが振り返り、私を強く抱きしめた。
「な、なに?」
混乱している私に、今にも泣きだしそうな声で、姉さんが言った。
「未来を見た。時間がない」
「未来を見たって……なにを見たの、姉さん」
「みんなが助かる未来」
抱きしめていた腕をほどいた姉さんが、私と向き合った。
姉さんの顔はこわばり、体は震えている。
ただ、その目の奥には強い覚悟が宿っていた。
「姉さん……?」
「――――逃げるよ」
姉さんが私の手を強くつかみ、家の外に飛び出した。
その足取りに迷いはない。
「逃げるってどこに!?」
「森の奥。そこしかなかった」
向かっているのは村の外、魔物が棲む森。
狩りでもしない限り、近づきたくない場所だ。
走りながら姉さんが言った。
「村の誰でもいいから、ステータスを確認して。確認だけでいい」
「う、うん」
姉に言われるがまま、たまたま近くを通り過ぎようとした村人のステータスを確認する。
よく見かける近所のおじさんだ。
普通の成人男性のステータスで、ほとんど違和感はない。
ただ一か所だけ、名前の後ろに【NPC】という文字が書かれている。
「姉さん、NPCって?」
「知らない。私が聞きたい」
初めて聞く単語に、お互いパニック状態になっていた。
それでも、姉さんが意味もなく私に確認させたとは思えない。
【NPC】の意味はわからないが、とりあえず覚えておこう。
私たちが通り過ぎると、近所のおじさんが変なことを言い出した。
「ようこそハンブールの村へ!」
たしかにこの村の名前はハンブールだ。
だが、そこに住んでいる私や、村出身の姉さんに「ようこそ」はおかしい。
真面目に言っているせいで、違和感がひどかった。
「姉さん、今のは?」
「無視して。どうしようもできない」
村を出た。
森に入った直後、村から悲鳴があがる。
「魔族だ!」「魔族が出たぞ!」「逃げろぉおおお!」
魔族が出たなら、村のみんなは助からないだろう。
驚き、恐怖で体が固まりはしたが、走る足は止めなかった。
姉さんはこの展開を予知していたに違いない。
他の村人は助けられなかったのか。
そんな疑問が浮かんだが、その未来はなかったのだと思う。
あれば、姉さんなら助けている。
走りながら姉さんが振り向いた。
暗い森の中だからか、辛そうな表情がぼんやりと見えた。
「【偽装】は使える?」
「使える」
「自分の能力を隠すためだけに使って。なにがあっても、絶対に他には使わないで」
「う、うん。やってみる」
普通の偽装は、自分のステータスの表示を変更する効果がある。
だが私の偽装は、たぶんそれだけじゃない。
詳細な効果はわからないが、他人にも影響がある。
それを使うなということらしい。
無意識に発動していることが多いから、うまくコントロールできる自信はない。
自分の内側に意識を集中し、外側は意識を逸らす。
これしか思いつかないが、姉さんが言うなら、たぶんできているのだろう。
ゾク、と。
背後から強烈な殺気を感じた。
察知能力がない私でも、はっきりとわかる。
なにかが大きな足音で迫っている。
振り返り、迫る大きな影を見た。
悪魔と竜が混ざったような怪物。
それが薄暗い森の木々を縫うように走っている。
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名前:エルハルド(プレイヤー)
職業:魔王
レベル 1
生命力 2000/2000
魔力 2000/2000
筋力 1000
物理抵抗 1000
精神力 1000
魔法抵抗 1000
敏捷 1000
・支配【S】
・成長加速【S】
・再生【S】
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――――勝てない。
レベル1なのに、各能力が姉さんの倍以上ある。
仮にダメージを与えても【再生】で回復されたら決定打にならない。
職業が【魔王】なのはわかるが、名前の後ろにある【プレイヤー】の文字。
あんなのは見たことがないし、意味もわからない。
「姉さん!」
知ってたの!? とは聞かなかった。
この未来を予知していたから、姉さんは全力で逃げたんだろう。
「大丈夫。絶対に大丈夫」
自分に言い聞かせるように姉さんが呟いた。
背後から爆音と共に熱風が襲ってきた。
魔王が魔法を使って暴発したらしい。
「2回。暴発はあと2回」
そう呟きながら姉さんが腰の剣の柄をにぎりしめている。
また背後で魔法が暴発した。
走りながら私は首を傾げる。
魔王といえば、おとぎ話に出てくる最強の怪物だ。
地形を変えるほどの強力な魔法をいくつも使うらしい。
だが私たちを追いかける魔王は、ろくに魔法も使えていない。
たまに躓いているし、動きがぎこちなかった。
レベル1ということを考えると、生まれたばかりなのかもしれない。
また背後で魔法が暴発した。
「足を止めないで。お姉ちゃんがなんとかする」
なんとかって、なんともならないよ、姉さん。
魔王の動きはだんだん早くなっている。
殺されるのは時間の問題だろう。
『ファイヤーボール』
背後から低い声の詠唱が聞こえた。
火属性の最下級の魔法。
小さな火の玉を飛ばすだけで、当たった表面を焦がす程度の威力しかない。
それが私たちのすぐ隣を通り過ぎた。
木の幹に当たり、爆発する。
当たった場所が消し飛び、木が倒れた。
(これがファイヤーボール? 嘘でしょ?)
普通じゃない。
威力が高すぎる。
当たったら即死だ。
またファイヤーボールが飛んできたが、今度は詠唱がなかった。
もう無詠唱を覚えたらしい。
無詠唱は高等技術のはずだが、魔王には関係ないようだ。
予備動作がなくなり、連続で火の玉が飛んでくる。
それを姉さんは剣ではじいていた。
背後は見ていない。
飛んでくる場所を予測して剣を配置する。
剣に当たった火の玉の軌道がそれて、木々に直撃し、道を塞いだ。
防御と回避を一つの動作でしている。
そうでもしないと追いつかれそうだった。
それも長くは続かない。
姉さんの剣が限界を迎え、加熱したところから折れた。
魔王の移動速度がさらに上がる。
深い渓谷の前で、姉さんが走るのをやめた。
もう逃げ場はない。
私の頭に手を置き、静かにやさしく撫でた。
「姉さん…………なにするつもり?」
これからなにをするのか、わかってしまった。
私に止めることはできない。
止める力もない。
「希望を捨てないで。諦めなかったら、また生きて会えるから」
「お願い……行かないでよ」
「またね、ラウナ」
短い別れの挨拶だった。
きっと姉さんがうまく逃げ回って、別れの時間を作ったのかもしれない。
だって敵は別れの挨拶なんて許してくれないのだから。
暗闇から魔王が飛び出した。
筋力任せの手刀。
指の先には鋭い爪があった。
姉さんがその腕をつかみながら受け流す。
それだけで姉さんの手から血が噴き出した。
痛みでひるんだところに、すかさず魔王が蹴りの体勢に入る。
ゼロ距離。
回避する時間も空間もない。
ぐちゃり、と。
骨が砕け、内蔵が破壊される音がした。
姉さんの胴体に魔王の蹴りが食い込み、吹き飛ばされる。
吹き飛ばされた先に、丁度、私がいた。
強烈な衝撃が体を襲う。
人間一人分の重さのものが飛んできたのだから、仕方ない。
姉さんの体を受け止めきれるはずもなく、視界が回る。
気づいた時には、私は空中にいた。
下には深い渓谷が広がっている。
谷底に落ちながら、姉さんを視界に捕らえた。
魔王の腕が、胸から貫通している。
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名前:ユティア
生命力 0/422
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「あぁぁあああああああああああああああああああああああああ!!」
今まで出したことがないような声だった。
悲鳴が渓谷に響き渡り、私の体が落下していく。
みるみる空が遠くなった。
風を切る音が数秒したあと、地面に叩きつけられるような衝撃に襲われる。
全身に冷たい水を感じた。
息ができない。
水面が遠い。
痛みで体がうまく動かない。
死にたくない。
助けて。
助けてよ、姉さん。
姉さんに、諦めるなと言われたからだろう。
薄れていく意識で、そう願った。
#最終防衛システム起動
緊急事態のため、ステータスの開示、制限の解除を行います。
名前:ラウナ
権限:準管理者
レベル 16
生命力 1/16 → 16/16
魔力 16/16
筋力 16
物理抵抗 16
精神力 16
魔法抵抗 16
敏捷 16
・偽装 → 認識災害【準管理者権限】
・鑑定【準管理者権限】
以後、管理者の指示に従い行動してください。
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