第5話 黒

 俺はただエタンセル王国の国境を乗り越えたいが為に、時間が遅かったので明日の朝を待とうとおもっていた。

 だがその宿屋を探す途中、小柄の青年が悪い大人二人に殴られている場面を目撃し、我慢ならず俺は二人を吸収した。そうして手に入れた新たな人外能力。全視界。俺に死角は無くなった。


「で、君大丈夫?」


「はわわわわ……あなた魔人か何かなんですか? あなたのような人間見たことありませんよ」


「俺はとおる。しがない王国を追放された元勇者の人間だ」


「まったくしがなくないですねぇ!? その通り名聞いただけでどんな人生があなたにあったのか容易に想像できるんですが!?」


 当然と言えば当然の反応か。どう見ても人間じゃない見た目に、王国を追放されて更に元勇者なんて肩書きは、普通じゃありえない。でも今真相を話してあげても良いけど、きっと混乱させるだけだ。此処ははぐらかしてとりあえずこの人が大丈夫なのかを聞こう。


「まぁまぁ、それは追々な。で、君は?」


「ううう……ぼ、僕は、ふぅ……」


 青年は頭が混乱し荒くなった息を深呼吸で整えると、急に表情が悪くも真面目になり、俺たちがいる路地裏の重い空気がさらに悪くなった気がした。


「僕はシャウル・ハイト。情報屋、詐欺、偽造、工作を専門にしている闇の人間さ。君たちが勇者なのかはどうでも良い。僕を助け、僕の存在を知ったからには同行させてもらおう」


「え? 別に良いけど……」


「おや? 君は何も知らないようだね? それじゃあ訳も分からないことを口走る腐ってそうな君たちの頭に僕が直々に教えてあげよう。僕は今、世界中で指名手配されている人間だ。君と同じく『元勇者』だ。

 顔も素性も既に割れていて、僕の#大切な__・__#友達は既に現実世界に戻ってしまった。僕一人を置いて逃げるなんて酷い話だよねぇ?

 つまりこの僕が同行するってどう言うことか流石に分かるよね? 君たちにもう日常は訪れない……」


 ……。なんか怖そうなこと言っているが、俺には信頼出来る親友がいる。この人がどれだけやべえ奴でも俺が日常を失うなんてありえない。

 そう、それは本当だ。こんな話を聞いたところで狼狽えている人間は、俺たちの中で詩織だけだ。


「え? え? 私たち、もう普通の生活にもどれなくなるの!?」


「ふざけんじゃねぇよ……。てめぇが誰だか知らねえが、犯罪者ならここでぶっ飛ばせばいいだろうがよぉ!!」


 晃がシャウルに向かって拳を握り構えを取る。後は殴りさえすれば不安因子となり得るこの人を消せる。一度助けた人を殺すなんて真似は出来ればしたくは無いが、どう考えても元勇者というワードを聞いてこの人は利用しようと脅しに掛かっている。

 さっきは同行することを承諾したが気が変わった。済まないがこの人は今すぐ消すべきだ。


 そうして晃が拳を引いた瞬間に衝撃波が発生する。これだけでこんなことを起こす晃の拳。真面にくらったら生きている人間なんていない。生きていたとしてもほぼ死んでいるようなものだ。

 しかし此処で晃は横から止めようとする塁の姿が一瞬見えた。


「ッ!? 晃ぁ! この人は駄目だ!」


 珍しくも大声をあげる塁。ここまで緊迫した声を聞いたのは初めてだ。この人を晃が倒すことに躊躇しているのだろうか? それともこの人が特別に凄い人間なのだろうか?

 しかし塁の声は晃に届かなかった。塁が叫んだ理由は俺の真横で起こる信じられない出来事が答えてくれた。


 瞬く瞬間すら与えてくれなかった。晃は俺の真横で何故か背後の民家の壁に大穴を空けて吹き飛んでいた。

 あれ? 殴ったのは晃の方だよな? 何故晃が吹き飛んだ?


 俺はふとシャウル方を振り向いた。シャウルは暗闇でにやりと真底不気味な笑顔を見せながら、拳を綺麗な布で吹いていた。


「ゲホッ!! ケホッ! うわぁ……何が起きたんだぁ……」


「あぁ、ごめん。言い忘れてた。抵抗しても良いけど、君たちが僕に束になろうが勝てないってね」


「いま、お前何をしたんだ?」


「言わなきゃダメかい? 僕が動かしたくもない口をわざわざ君たちのために開いてあるのに、次は能力の説明をしろって? 怠惰だなぁ……」


 神ゲルニクス。黒ってこういうことか……。てか真っ黒かよ。目撃したら逃れられなくなっちまったぞ。いや、そもそもゲルニクスはどうするかはお前次第とか言ってたっけ。

 あぁ、余計なことに首を突っ込むこうなることを暗示していたのかな。でもゲルニクスの計画を阻止することは無駄なことじゃない。俺がこの異世界の人生を謳歌するのに邪魔な存在だからだ。このままゲルニクスの計画を阻止出来なければ、10年後、俺たちは確実に死ぬ。それだけは避けなくてはならない。


 さてシャウルの能力。一体どんなものなのか。塁に聞こう。


「塁、急にどうしたんだ?」


「あぁ、この人、シャウル・ハイトは僕たち全員でかかっても絶対に殺せない。多分、透の能力でもだ。シャウルは身体能力的には僕たちなんかより、一般人さえにも下回っている。

 でもシャウルの固有能力【回避】が、何かがおかしい。どんなものなのか詳細は分からないけど、回避能力だけが異常に発達しているというか……」


「塁が説明に困るって本当に珍しいな。なぁ、シャウル、そういうことなのか?」


「さぁねぇ? そろそろ僕は疲れた。別に僕は君たちを暗殺するとか奇襲するとか能力持ってないから、突然襲われることには心配しなくて良いよ。でも何かと不幸が振り撒くのだけは言っておこう。じゃ、早く行こうじゃないか」


 こうして俺は詐欺師のシャウル・ハイトと出会った。この出会いが神ゲルニクスの啓示と関係しているのか分からないが、『黒』とはまさにシャウルのことだろうと俺は考える。


 して俺は此処で一つ思い考えた。シャウルは偽造や工作も出来ると言っていた。ならば面倒な身分証や通行証を偽造できるのでは?


「なぁ、シャウル。ついてきても良いが一つ頼めるか? 偽造ってことは身分証や通行証も作れるのか?」


「いや? 無理だよ? 僕がそんな芸当持っている訳が無いじゃ無いか。偽造や工作は僕の#大事な__・__#友達の役割だよ。

 身分証が必要ってことはこの先の国境を越えたいようだね? いいだろう。今すぐ僕の大事な友達を紹介しよう」


大切な友達と大事な友達。シャウルはなぜこうも友達の呼び方を使い分けるのだろう? どちらも大切で良いと思うが……。


◆◇◆◇◆◇


 俺はシャウルに路地裏の更に奥へ案内され、より暗く、どこに面しているのかさえ分からない、怪しげな扉をシャウルは開いた。


「さぁ、ここだ。入ってくれ」


 扉の中に入れば、地下一階へ続くだろう深く暗い下り階段があり、俺はこの先を降りることを一瞬ためらった。

 この先に降りれば自分は闇の世界の仲間入りだと思ってしまう。いや、単に今回はシャウルを頼るだけだから仲間入りなんてさらさらする気は無いが。

 しかしそんな恐怖心が込み上げてくるほどに、この階段からは不安を感じる。


「ここ狭い……地下は一階だけのスペース。ここがシャウルのアジト?」


 俺は勇気を出して階段を降りた。シャウルがもう一つの鉄扉を開く。すると扉の先には円型のそこそこ広い空間が広がっており、その中央のたった一つだけの蛍光灯が、小さな範囲を照らしていた。

 そこには小さな机と椅子が一つ。黒縁の丸眼鏡をかけた小太りの男が座っていた。


「ま、そんなとこ。大丈夫。僕たちは多数こういう場所を設けて、隠し通路は無数に分かれているからね。バレても追いつかれる心配は無い。

 でだ。あの人が僕の大事な友達。ルーク・ロイドだ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界化物譚〜固有スキル【吸収】のせいでパーティ追放されました〜 Leiren Storathijs @LeirenStorathijs

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ