第4話 進化

 俺はエタンセル王国から出発し、そのすぐ隣に位置する他国との境界線である砦を発見し、一旦自由行動とした。

 俺の目的はまず此処が何処なのかという情報と神ゲルニクスの計画についての情報を収集することだ。前者はとりあえず辺りの人間に聞けば何とかなるだろう。しかし、後者は王国が勇者に知識を借りようとした程だ。まともな情報を得られるとは思えない。


 俺はとりあえず騎士や砦に住まう人々が、酒を飲み交わす酒場らしき店に入る。当然未成年なので酒は飲めないが、何らかの情報を聞くには酒場が最も適している。

 そこで俺は窓の外からでも見えていた黒と銀の二人の騎士のテーブルに近づく。騎士は恐らくこの砦の治安を守る立場だ。酒場に入ったら異世界あるある、飲んだくれと喧嘩になること無いだろう。

 一般市民に酒に酔った勢いであろうと手を上げれば、騎士としての立場の悪化と砦を守る騎士達の歪み合いは、他国との関係を悪くさせる原因になりかねない。普通に考えれば砦を、特に国境砦を守るのはそれくらい重大な立場だと分かる。


「あのーすみません」


「んー? 何だい少年? 此処は子供がくる場所では無いよ」


「あー聞きたい事があるんだけど」


「ったく休憩中だってのによぉ。手短に済ませてくれ」


 黒の騎士は酔った目でこちらをじっと見つめてくるが、銀の騎士は大きくため息を吐くと、顎に手を当てて片肘をテーブルに付いた状態で話を聞く姿勢に入る。


「あー俺はエタンセル王国から来た勇者なんだけど、此処が何処なのか分からないんだ」


 黒の騎士は何処の国かは分からないが、此処が国境砦だとすると、銀の騎士は間違いなくエタンセル王国の者だ。勇者召喚についての報せは受けているはずだ。


「あー、マジかよ。ついに王国のやつら勇者召喚したか。で、此処が何処かって? 此処はあ……シューヴァレン国境砦だ。アーテル帝国とエタンセル王国の国境だな。アーテル帝国は武装国家だ。下手に手だすんじゃねぇぞぉ?」


「は? てめぇ、俺らの国を馬鹿にすんのか?」


「馬鹿になんかしてねぇよ。てめぇらがキレやすいのは事実だろうがよ。こっちもネジの外れた市民が勝手に不祥事起こして、望んでもねぇ処理されてる身にもなりやがれってんだ」


「なんなら手出すんじゃねぇよ。良い加減そっちの市民も学習しろ」


「半分洗脳支配してる国に言われたくはねぇなぁ」


「おま、洗脳って……まぁ、いいや。此処で揉め事起こしても俺らには何の特にもならねぇからな」


 一瞬歪み合う光景に冷や汗が出た。お互いの国を理解し、立場も理解しているからこそすぐに場は収まった。


「で、聞きたいことはこれだけか?」


「いやあともう一つ。この話がどこまで広まってるか知らないけど、神ゲルニクスの計画って何か知ってる?」


「あーそりゃ世界中で問題になってるやつだなぁ。何も前触れもなくいきなり世界をぶっ壊すとか言いやがる。俺らが信仰してた神ってなんだったんだって思うぜ」


「確か崩壊まで10年の猶予をやるって言われたんだよな? それから何も動きは無いの?」

 

「あるにはあるぜ? あれ以降世界中のやつらが一言たりとも神の啓示を受け取れなくなったまった。神の言葉だけを生きる道にしてたやつらは絶望もんだぜ」


「それ以外は?」


「無い。もう良いだろう? こっちは夜間に警備の交代があるんだ。ちょっとは休ませてくれ」


「あ、悪い……じゃあありがとう」


 さて、収集した情報を整理しよう。まず俺がいる此処はアーテル帝国とエタンセル王国の国境。シューヴァレン国境砦という場所。

 そして、神ゲルニクスの計画はエタンセル王国だけにならず、世界中で問題となっており、ゲルニクスの世界崩壊計画の啓示が下された以降、世界中で日常的に受けていた神の啓示が完全停止したらしい。


 神ゲルニクスの啓示とは今まで世界中で祈りさえすればいつでもどこでも聞けていたが、信仰集団が祈りを捧げても以降一切の啓示が下されなくなった。

 結果、世界中の至る所に建っていた教会は衰退し始め、啓示の停止は人々の生活基準を崩すだけにあらず、所々で深刻な問題を起こしている。

 言うなれば10年という猶予がなくとも、文化と文明の後退は、いずれ世界の崩壊をもたらすという。


 じゃあ勇者たちはこれからどうすればいいのか? 人々が築き上げた歴史の消滅を阻止するなど言語道断。絶対に無理だ。

 しかもこの世界でも神ゲルニクスという存在は実在したという確証的な事実は無く、信仰によって作り上げられた精神体のため、今回の啓示によって実体化したと思われている。

 つまり、神からの直接的な攻撃は前例が無く、対処のしようが無い世界中の国々は八方塞がりな状況。

 だから勇者を召喚したという。


 なら勇者も八方塞がりじゃないか。唯一頼りなのはさっき聞こえた神の手助けのような啓示。これから本当に『黒を黒で塗りつぶせし輩』というのが現れるのだろうか?


◆◇◆◇◆◇


 自由行動から1時間が経った。晃たちもすぐに時間通りに戻ってきた。晃は指に嵌めるメリケンサックのような武器を買い、塁はなんだろうか。立方体の形状が変化するパズルのような物を買っている。

 香織は洒落たロープと詩織は真っ白で金色の刺繍がされたロープ。そして二人でお揃いのイヤリングを片耳に付けていた。


 普通に満喫していて何よりだ。


「へっへっへ、これでどんな野郎もぶん殴ってやるぜ! 透、これからどうするんだ?」


「とりあえず向こうの黒騎士の方。国境越えられないかな? 俺らには未だに目的地が無いからアレなんだけどさ、とりあえず別の国にいったらもっと詳しい情報を得られるかなってさ」


 という訳で俺たちは黒の騎士の門の方へ向かう。すると予想はしていたがやっぱり止められた。


「済まないが、ここから先はアーテル帝国の領地だ。如何なる目的でも身分証と通行証が必要だ。もし、持ってないとか失くしたとかしたら、済まないが、自国に戻りそれらを再発行してもらってくれ」


「おいおいそんな話聞いてないぞ」


「王国の伝え忘れ……。若しくは国境を越えることを想定していないか……」


「んーどちらにしろ近いから今から戻ることは出来ても発行手続きをして、なんやかんやしてたら戻って来た頃には遅い時間になっているかもしれない。此処は明日の朝に出直さないか?」


「透に賛成……」


 俺たちは通行証はおろか身分証なんて持っていない。自国にもどって再発行しろというが、どこの世界も身分証の発行に時間がかからない訳がない。

 ここから王国は約1時間弱て往復できる。しかし、身分証や通行証の発行はそれより時間がかかる筈だ。もしこれが2~3時間掛かると仮定すれば、エタンセル王国に戻って、発行手続きをし、砦までもどるだけで最短でも4~5時間。

 そして今の時間は既に昼を過ぎており、戻ってきたら夕方という可能性もある。夕方から夜にかける移動は危険だ。

 つまり戻ってきたら寝て朝を待つのが最適となる。


 ただし、できればそれらは1日の行動で終えたい。理由は簡単。早く出来るかも分からないことを予測だけで行動するのは非常に面倒だからだ。なんでも朝から早いうちにやるのがスッキリする。時間の余裕が生まれるというのは精神的にも疲れが溜まらない。


 という訳で俺は宿を探すことにした。


 そんな宿を探していると、突然小さな民家の路地裏から怒号と叫び声が聞こえる。


「てめぇ、マジで許さねぇぞ!!」


「うわあああぁ! や、やめて下さい!」


 何かと思い路地裏をそっと覗けば、2人の大人の男が、小柄の中性的な顔立ちをした青年を殴っている場面だった。


「もしかしてこれが……」


 もしかしてこれが神ゲルニクスの啓示だろうか。だがこれは塁には見抜けなかった未来。塁が見抜けない未来だということは、神の啓示とは恐らく神が引き起こした運命という事なのだろうか?

 それはそうと助けようか迷っていると、横から晃が叫び声を上げて突進していくのが見えた。


「てめぇらぁ! なにしてんだこらああぁぁ!!」


「あ? 誰だテメェ? おい、お前の仲間か?」


「い、いえ! 違います!」


「クソ野郎がぁあぁ!」


 晃の拳による攻撃は1人の男の顔面にクリーンヒット。男は後方へ思いっきり吹き飛ぶ。


「はぁ!? 何してくれてんだテメェ!」


「ライトニングショット! バースト!」


 次は俺の後方より、頭の真横をすり抜けて青い稲妻の弾丸が発射される。香織の魔法だ。

 その雷光と呼ぶ相応しい神速の弾丸はもう一人の男の胸部に直撃すれば、直後弾丸は電流を周囲に撒き散らしながら爆発し、俺たちの視界を明滅させるほどの超高圧電流が男の悲痛な断末魔共に煙を上げる。


「ぎぃやあああああぁぁ!!!」


「うーん力の加減が難しいわね」


「お姉ちゃん……し、死んでないよね?」


 普通の人間がくらえば確実に死ぬだろう。しかし、男二人は生きていた。息は辛うじてしており、気絶していた。

 でも死んでいないのなら好都合。こいつらも吸収してしまおう。実質殺すことになるが……。


 そして俺は二人の男を【吸収】した。そうすればやはり必ず来る激しい頭痛。

 そうして俺の身体に起きた変化とは。


「ひ、ひいいぃ! ば、化け物! く、食わないで! 僕は美味しくありませんよおおぉ」


 何故かさっきまで殴られていた青年が酷く縮こまり、怯えていた。まるで俺をやばい化け物だと思うような目で。

 そういえば、さっきから俺の視界が広い。正面を向いているはずなのに後方の塁と香織と詩織の姿を確認出来る。

 俺は自分の姿を確認するために、近くにあった民家の窓に反射した自分の姿をみる。


「うっわぁ……キモ……」


 俺でさえもドン引きだ。俺の後頭部に二つの『顔』が浮き出ており、しっかり目と鼻と耳と口がある。その顔は、まさに俺が吸収した奴らの顔だった。

 口を開けば正面の俺の口だけが動き声を発するが、増えた二つの顔は俺が喋ると同時に不気味な呻き声を上げる。


「うううぅ……あああぁ……」


「グギギギギ……だじで……だすげでぐれぇぇ」


「やばいやばいやばい! 透! その頭引っ込めて!」


「んなこと言ったって! んーと、こうすればいいか!」


 俺は後頭部に浮き上がった二つ顔を両手で握りつぶした。するとまた断末魔をあげて、俺の中に引っ込んだ。


「おいえええええ!!!」


「アアアアァァ!!」


 俺はこうしてとうとう本当に人間を辞めた気がする。

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