第3話 財務担当、魔法少女

「だいたい、こんな怪しい探偵事務所を頼る時点でやばいでしょう。勝手に何でもかんでも受けないでくださいよ」


 掃除をしながらぶつくさと文句を垂れ流す王。

 なんて失礼なことを言うんだ、と思いつつ、依頼者から来たメールを印刷したものを手渡す。……実際に怪しいからな。あまり反論出来ないのだ。


 依頼者は○田○○○。19歳。現在都内の大学に通う大学生だ。

 先日、依頼のメールが来た。

 彼の依頼は自分の生活を邪魔する犯人を突き止めてほしい、とのこと。細かいことは事務所で話すから面談設定がしたいとあった。


 ここからは王には言っていないが、今回の依頼はちょっと訳ありだ。……それもこれも過去の自分のせいなのだが。

 一年前(この事務所を立ち上げてすぐの頃だったか)、あまりにも依頼が来ないためチラシを作って近所に貼りまくったのだ。……無許可で。

 チラシには大きくこうある。

「このチラシを見た人、調査無料!!」

 なんということでしょう。ここまでしたのに依頼は一切増えることなく、チラシも剥がされました。

 もうこんなチラシのことはすっかり忘れていたのに、この○田○○○はあろうことかチラシを見ました、とメールに書いてきたのだ。

 まぁ、チラシのことは時効だ、とか無料なのは相談までです、とかで誤魔化してしっかり調査料金はいただくつもりなのだが。

 恐ろしいのは、王にこのチラシの存在がバレることだ。なぜならこのチラシの存在を王は知らない、というか言ってない。勝手に一人で作って一人で貼りにいったのだ。

 なぜそんなことをしたのかって?

 良かれと思ってだ。


「宇自さん、面談は私も同席しても良いんですよね?」


 掃除を終えた王の声がキッチンから聞こえた。


「いや、俺一人でいいよ。大した依頼でもないだろうし」


 そう言ってキッチンを覗き込む。

 王がパックのお茶をセットしていた。こちらを振り向く。


「大した依頼じゃあなくても、依頼者がやばいやつでも、受ける以上はきちんと働きますよ。私も同席しますからね。また一人で変なこと進められたらたまったもんじゃないですよ」

「変なことなんてしてないだろう」

「あのたっかい衣装はなんですか」

「……必要経費だ」

「不必要極まりないですよ」

「とにかく、なんでも一人でやろうとするのをやめてください。事務所の財政担当は私ですよ?」


 そうなのだ。この事務所の財務を担当しているのは俺ではなく王。俺の生活は王に握られていると言っても過言ではない。……過言だな。


「けど別にお金は足りてるだろう?」

「それはそうですけど……。探偵の方の給料なんで微々たるもので。微々っていうか無の月の方が多いし。はぁ、宇自さんにお金使わせるのやめようかな」

「そんなに気にするなら上にもっと請求するか?」

「そういう問題じゃあありません。もう十分すぎるくらいもらっていますし。宇自さんのそういう考え良くないですよ」


 こんな金にならない探偵事務所をやっている俺と王の生活が成り立っているのは、後援者パトロンからの仕送りがあるからだ。後援者であり、元?上司という複雑な関係だが、彼のおかげで俺たちは食べていける。俺たちが何もしていない(?)にも関わらず、かなり、というか十分すぎる額をもらっているのは確かで、そこに王は罪悪感を感じているのだろう。

 特に王は子持ちだから、世間体を気にしているというのもある。

 側から見て、19歳のシングルマザーの王がフルタイムで働かず、お金に困ることもなく、一人で子育て出来ているのはなんとも信じ難いだろう。

 そして、それが女と男であるならば、なおさら深い関係を疑われるのも無理はない。

 しかし、断言しておくが、彼と彼女の間には性的な関係はない。

 それに彼女の仕事にはそれだけの価値があるのだ。だから罪悪感を感じる必要なんてないのだが。

 彼女は元々割と真面目な方だったが、子供を産んで生真面目になった。昔の彼女だったら、ラッキーくらいに思って援助を受けて悠々自適に暮らしていただろう。

 良い母親になろうとしているのだろうか。

 とにかく娘を産んでから、彼女は変わった。

 ……俺はこれについていけていない。


 俺は王と昔の彼女を重ねる。見た目は何も変わっていない。変わってしまったのは何だ?


「王はしっかりやってると思う。気にする必要はないよ」


 王が俺の発言に目を丸くする。

「宇自さんが褒めてくれるなんて珍しいですね。それはー


 その時、事務所のドアがカランカランという音とともに開いた。

「あのぅ、今日相談の予定の○田なんですけど」

「チッ、取り込み中だ、もう少し待

「たなくても大丈夫ですよー。今日はわざわざありがとうございますー」


 王の腕が俺の顔目掛けて飛んでくる。王の手が俺の顔を掴み、○田と反対方向に俺の体を捻伏せる。


「早く、マスクしてください。普通の人が宇自さんの顔なんて見たら発狂ものですよ」

「あ、あぁ、分かった」


 俺の声を遮った王が接客用の高い声で○田を誘導する後ろで、俺は大きめのマスクで顔を覆った。準備が整い、振り返ろうと思った瞬間。


「あ、そうだ本当に調査料無料なんですか?」


 王の顔が引き攣る。俺を見る。俺は何も言わずに王とは反対側に顔を戻した。

 久しぶりの来訪者は初っ端から爆弾を放り込んでくる厄介なやつだった。

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自己中探偵と子持ち魔法少女 まさとし @hanada-masatoshi

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