第2話 現在進行形の魔法少女

 王のTシャツのシミを見て思い出す。


「そうだ、衣装が届いたんだった。確かここに」


 ソファから立ち上がり、部屋の角に置かれたダンボールへ向かう。


「また無駄遣いですか。衣装なんて必要ないでしょう」

「話題性だよ、話題性。それにただでさえ依頼客が少ないんだから宣伝していかないと、っとこれこれ」

「着飾った女性をだしにして、集客とかさすがですね」


 嫌味っぽく言い放す王に衣装が入った袋を渡す。王はすぐに袋を開けて、衣装を出した。


「うげぇ」


 なんて声を出すんだ。王は受け取った衣装を見て苦虫を噛み潰したような表情をする。 


「なんか文句でもあるのか。オートクチュールだぞ、オーーとくちゅーる、合ってる?」

「合ってます。それよりこれ本気ですか?うわー懐かしい」


 王が目を細める。

 衣装はワンピース型になっていて、胸元には大きなリボン、スカートにはふんだんにレースが使用されている。いわゆるロリータ ファッションってやつだ。細かい装飾が施されており、手間と費用がかかっていることが一目でわかる。……高かったわけだ。


「うわぁ、スカート短っ。よくこんなもの履いてたなぁ」


 王はいつもより少し高いテンションで、昔着ていたものと同じデザインの衣装を天に広げて観察する。

 王がその衣装を手にする姿に昔を思い出し、名状し難い想いが溢れた。


「う、嬉しいか?」

「え?何言ってるんですか。嬉しいわけないじゃないですか」

「えっ」


 予想していない反応に戸惑う。


「じゃあ、この衣装は着てくれないのか!?」

「着ませんよ」

「えぇぇ。高かったのに…。なんで?」

「なんでって。もう着る必要がないからですよ。まぁ、昔もこんな衣装を着る必要はなかったわけですけどね」

元魔法少女まほうしょうじょとしてのサービス精神とかは……?」

「元の文字が見えましたよ。元ってなんですか!?現在進行形ですよ。力もありますし。サービス精神なんてものはないですけれど。それから」


 王は俺の顔を睨みつけるようにして見る。


魔法少女まほうしょうじょではなく魔法少女マジックガールです。あなたが間違えないでくださいよ」

「……同じだろう」

「そんなの知りませんよ。上が決めた正式名称です」


 王はそう言って衣装を丁寧にたたんで、袋に戻した。王の横顔に影が落ちる。


「こうやって見ると本当に見世物だけの衣装だったんですね。機能性なんて一切考えられてなくて、露出ばっかり多くて」


 王がいうようにこの衣装は露出が多い。スカートは足の付け根ギリギリまでの長さ、胸元は大きく開かれ、肩が出るようなデザインになっている。はっきり言って魔法を行う時にする格好ではない。


「親になって思いますけど、娘には着てほしくないなぁ……」

「そういうものか?俺からしたらかわいいと思うけれど」


 昔あの衣装を着ていた彼女がこんなことを言うなんて驚いた。あの頃の彼女は何も考えずに言われた通りに衣装を着て、文句も言わずに働いていた。魔法少女になるときにはこの衣装に憧れてを持っていたのも確かだろう。俺が知らないだけで、魔法少女たちにも何か思うところはあったのかもしれない。


「そりゃあ可愛いですけど、に見られるかと思うとやっぱり嫌ですよ。宇自さんは嫌じゃなかったんですか?」

「俺は、そういうの必要ないタイプだったから」

「……そうでしたね。羨ましい限りです。とにかくこれは倉庫に閉まっておきましょう」


 そういって袋をダンボールにしまう。


「はぁ〜、せっかく作ったのに」

「本当に無駄遣いですね。まぁせっかくしっかりした作りですし、布面積を増やして娘が大きくなったときにでも着てもらいますよ。見られるのが嫌なだけで服に罪はないですし、それにこういうふりふりしたかわいいお洋服、好きな子とか憧れてる子はやっぱり多いんですよ」


 ダンボールに封をして、よいしょっと持ち上げる。


「持つよ」

「いりません。娘より軽いです」


 俺なりの気遣いを木っ端微塵に砕く。さすが現在進行形の魔法少女。


「しかし、王が衣装を着てくれないとなると計画が失敗したな」

「計画?なんですか、それ?」

「あぁ、このあと来る依頼客がさ、結構若めなんだよ。だから魔法少女の衣装とか見て、SNSとかにアップしてくれたら話題になって、客が増えるかなぁ、と」

「はぁっ!?依頼客って!?今日!?このあと!?」


 王が切長な目を大きく開いて俺と時計を交互に見る。


「あぁ」

「聞いてないんですけど!」

「言ってないからね」

「どうして依頼を受ける前に一言相談してくれないんですか!?」

「え、だってここの責任者俺だし」

「そういうところがあれなんですよ!」

「あれってなんだよ」


 王が怒りの感情を露わにしながら、急いで部屋の外の掃除用具を取りに行く。

 王は苛立ちをドアにぶつけて、ばんっという音とともに部屋に戻ってくる。


「自己中なんですよ!!」


 そう言って除菌スプレーを、あたかも銃のように俺の方に向けて発射した。






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