第16話 氷漬け

薄暗い洞窟のような場所は、緩やかな下り坂になっていった。

ケネスが先に進み、私もつまずかないように、後を続く。


少し先に、天井いっぱいの扉があって、少しの灯りが漏れている。

僅かな緊張で息が詰まるけど、深呼吸すると、頭がスッキリした。そんな私を気にしてか、ケネスが振り返って、小さな声で囁いた。


「ここから先は何があるか分からねぇ。もしかしたら危ない目に合わせるかもしれない。……引き返すなら今が最後のチャンスだ」


騎士の増員手配をすると、その間に逃げられる可能性があって、二人で急ぎここまで来たけど、それを案じてくれるのだろう。でも、ちっともケネスの目が曇っていない。


そんなケネスを見て、改めてこの人は、本当に私のことを守ってくれるだろうと確信した。

しかし私は、ただ守られる女にはなりたくはない。


「大丈夫。もし戦闘になっても、敵の手足を氷漬けにするわ。援護は任せて」


私は、この立派で、格好良い友人と、肩を並べて突き進みたいのだ。

正しく意志が伝わったようで、ケネスは、くしゃりと小さく笑った。


「っは、頼もしいな。それじゃ突入するぞ」

「了解、ケネス」



◇◆◇



気配を潜めて、忍び足で扉の前まできて、ケネスが扉を開ける。

辺りが急に明るくなったから、眩しさが目に沁みる。機械が動いているような音に、呻き声が遠くから聞こえるような気がする。音を頼りに歩いていると、段々と目の明るさに慣れてきた。


視界がはっきりしたところで、足元を見ると、両手で持っても持ち上がらなさそうな、ずっしりした木箱が、そこら中に沢山収納されていた。

何が入ってるんだろう? と疑問に思った私は、恐る恐る、中が開いている箱を覗く。――すると、驚きのものが、そこに入っていた。


(これは……弓の矢……? それに剣も、あるわ……)


武器の製造は、国営の工場でないと、違法となるというのに。

しかもそれぞれの武器に、人工魔法石が、組み込まれているようで、魔法仕かけの武器のようだ。


冷や汗が背中をつたう。この恐ろしい武器は、一体何のために……?


ケネスと視線を合わせ、頷きあう。

奥へ奥へと、足を動かすと、遠くから聞こえていた呻き声が近づいてくる。

真っ直ぐ前進と、開けた場所に出てきた。


少し前から漂っていたが、悪臭と熱気がむわっと鼻にまとわりつく。

一体何があるのか目で確かめる。


――そこで見えた光景は、あまりにも悲惨で、思わず絶句する。


直径2メートルはありそうな人工魔法石が三つもあり、そこに痩せ細った子供たちが、括り付けられて魔力を吸われている。呻き声は、その子供たちが発していたものだった。

鞭を持った男が、三人ほど、見回りをしている。奥に片手を拘束されている白衣を着た年配の男性もいて、机にかじりついて何かを書いているようだ。


「ケネス、私に任せて」

「!」


人工魔法石は、頑丈に出来ているものの、万が一割れてしまった場合は、魔力暴走を起こして爆発してしまう事がある。

ここで戦闘になったら、あの大きさの人工魔法石だと、地下空間もろとも吹っ飛んでしまうだろう。


(思い出せ、昔水魔法で遊んでいた感覚……)


手のひらを大きく開く。魔力を手の中心に集める。目標は、三人の男達の足と腕。

――狙いは定まった。


(よし、いけるわ!)


水を手のひらの中央から、勢いよく噴出し、瞬時に凍らせる。

一人目、封じた。……二人目も上手くいった。


(最後、三人目!)


男達が喚いているようだけど、不思議と音が聞こえない。

狙いを定めて、素早く水を撃ち込み、それを凍らせる。


イメージ通り、障害になりそうな、鞭を持った男達の手足を氷漬けに出来た。

安心して、そっと息を吐くと、ギャーギャーと騒ぐ男達の声が聞こえてきた。


(ああ、怖かった!!! きちんと命中してよかった!!!)


動けなくなった男達を横目に、ケネスを見上げると、パチリと視線が重なる。ケネスは、口角をあげて、「よくやってくれた」と呟いた。


すると次の瞬間には、凄い勢いで、ケネスが走り出す。氷漬けされた男達の方へ向かうと、パニックになり騒いでいる男達を手刀で気絶させた。


巨大な人工魔法石に括られていた子供達が、突然の事態に、酷く怯えていたので、私は近寄って、穏やかな声を意識して、話しかけた。


「驚かせてごめんなさい。あなた達を助けるために来たの。危害を加えたりしないわ。だから、もう少しだけ待ってて貰える?」


私の言ってる事が分かったのか、子供達は、無言で頷いてくれた。泣いている子もいる。

後ろ髪を引かれるが、念の為、確認してからでないといけないわね。


ケネスは、何か事情を知っていそうな、片手を拘束され椅子に座っている年配の男性の所へ向かう。私も話を聞くため、ケネスに続く。




「っ騎士様、文官様。この度は子供達をお助けいただき感謝いたします。私はシードル・アバーエフと申します」

「……アバーエフ? 男爵のご家族かしら」

「はい。アバーエフ男爵は私の息子です。情けないのですが、息子に拘束されてしまいまして。こんな老ぼれのことよりも、まずはあの子供達を助けてもらえませんか? 早く解放してあげたいのです」

「子供達を解放したら、何か発動する魔法などかかっていますか?」

「命を奪う魔法がかかっていましたが、私が解除しておきました」

「おい、罠じゃないだろうな」


ケネスはシードルさんを疑い、首筋に剣の刃を突きつける。

しかしシードルさんは、ケネスの鋭い眼光から一切目を逸らさない。


「命に変えても、罠ではありません」


口元は微かに震えているが、曇りない強い意志を確信して、ケネスは、剣を鞘に戻した。


「アクア、子供達を助けるぞ」

「ええ!」



◇◆◇



巨大な人工魔法石に括られていた子供達のロープをケネスが切る。

私は、解放された子供達を一箇所にまとめて、避難しやすいように誘導した。

そして確認のため、一番年長で落ち着いた女の子の前に屈んで、話しかける。


「ここにいる六人以外に、他の子供達はいるかな?」

「ううん。他のみんなは死んじゃったから」

「……そっか、それは辛かったわね。もう大丈夫よ」


こんなに小さい子達なのに、そんな大変な目にあっただなんて、胸が締め付けられる。

すると、女の子が話した事が、皮切りになって、ぽつりぽつりと子供達が喋り始めた。


「ぼくたち、助かったの……?」

「……こわいよぉ」

「もう痛いことしない……?」


「私とこのお兄さんが、あなた達を助けるわ。これからは痛いことはない。一緒に地上まで出るから、はぐれないように、二列になって。隣同士で手を繋ぐのよ」


きっとこの子達が奴隷として買われた子なのだろう。人工魔石に繋がれていた事から、魔力が高いのかもしれない。こんな非人道的な事をする人がいるだなんて、信じられない。

目の前の小さな子供達の身体には一体どれだけの苦難がふりかかったのだろう。少し考えただけでも、はらわたが煮えくり返りそうだ。


でも、ここで激情を表に出したところで、子供達を怖がらせるだけだ。私は心に蓋をして、笑顔で振る舞った。



◇◆◇



ケネスと一緒に、子供達を地上に連れ出し、他の騎士達に保護して貰うと、安心感で腰が抜けてしまった。あんなに集中して、大がかりな魔法を実戦で使った事が初めてだったということもあるのだろう。


私は椅子で休ませて貰いながら、リュカ法務副大臣と、アラスター第二騎士団長に事態報告を行った。ケネスはその間に、他の騎士を連れて、もう一度地下へ行き、アバーエフ男爵と凍らせた男三人の回収と、シードルさんの保護をしてくれたという。

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異世界でブラックな労働環境を撲滅していたら、王国初の女宰相になりました。 依田 真咲 @yorita_masaki

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