第15話 アバーエフ男爵

 

 特に、目ぼしいものは見つからず、今度は工場の地下までやってきた。


「此処は、倉庫か」

「そうみたいね」


 すると、後方から我々を追いかけてくる足音が響き渡った。何かと振り返ると、すかさずケネスが騎士らしく一歩前に出て、その広い背中に隠してくれる。素早い動きに、流石副団長と内心感嘆とする。


 ケネスの大きい背中から覗くと、そこに現れたのは、酷い血相で、やけにキラキラした服をした男。その服装はさながら成金のようだ。

 男は顔を真っ赤にして、息を切らしながらも、必死にこちらへ向かってくる。大きく息を吸うと、唾を飛ばしながら、怒声をあげる。


「お前ら! そこは立ち入り禁止だぞ! もしや盗みを働く気か!」


 どうやら、この地下には入られたくないらしい。この先へ進むと、何か見られてはまずい物がありそうだ。

 私は、弱く見られぬよう、毅然とした態度で、言葉を放った。


「失礼ですが、この工場の関係者でしょうか?」

「役人のくせして、この俺を知らないのか! 人工魔法石を開発したアバーエフ男爵だ!」


 この方が、人工魔法石を……。尊敬に値する人なんでしょうけど、なんだか腑に落ちないわね。


「アバーエフ男爵でしたか。それは失礼いたしました。私はアクア・フェアバンクスと申します。恐れ入りますが、立ち入り禁止区域も、公務のため調査が必要です。どうぞご理解ください」

「フェアバンクス伯爵家のご令嬢! それはそれは、こちらこそ失礼いたしました。……しかしながら此処は、お嬢様がお遊びで入っていいような場所じゃないんですよ」


 身分を明かしたら、突如媚びるような声色に変わった。しかし、その煽てるような態度をしても、きっと所詮は小娘と思っているのだろう。どこの世界も一定数こういった人はいるものね。


「アクア、この男爵邪魔だから、何処かに縛っておくか」

「致し方ないわね。公務執行妨害で一次拘束しておきましょう」


 歴史に名を残すような偉業を成し遂げた方でも、このままでは任務遂行が困難だ。心は痛むがやむを得ない。


「騎士風情が生意気な! こうなったら此方にも策がある――」


 アバーエフ男爵がスクロールを胸元から取り出したその時、地下だというのに、どこからか風が舞う。

 何事かと目を凝らすと、瞬く間に、首へケネスの拳が入って、アバーエフ男爵は、綺麗に頭から倒れた。

 そして、騎士服から縄を取り出し、後ろ手で結び、柱に括り付ける。

 いい仕事をしたとばかりに、小さい息を吐いたとケネスを見て、呆然としていた私は我にかえった。


「け、ケネス!? あの人、死んでないわよね!? しかも騎士なのになんで殴ってるの!?」


 動揺して、ケネスの首元を掴んでガクガクと強く揺さぶる。


「うおぉお、あの程度じゃ死なねえよ!! あんな奴に剣を使うの勿体ないだろ!?」

「……そ、それもそうね……」


 死んでないのなら、まぁいいか。……いいのか? と、思いつつ、ケネスの首元から手を離した。それより伝えないといけない事があった。


「――ケネス、倒してくれてありがとう」

「おう」


 ケネスを見上げながらお礼を言うと、少し照れた様子で、頬をかいていた。

 そんな反応されると、私まで恥ずかしくなってしまうじゃない。


「……じゃあ、この先もどんどん進んで行こうか」

「そうだな」


 何だか妙な空気になってしまったけれど、誤魔化すように、足を進めた。



 ◇◆◇



 倉庫の棚を一つ一つ見ていると、微かに空気の抜ける音が聞こえた。

 よく棚が引き戸になっていたりしている物を前世の映画で見たから、棚を動かして見るけど、ビクともしない。


 その様子を見たケネスが、こちらへ近づいてきた。


「アクア、どうした?」

「ここから空気の抜けるような音がした気がして。気のせいかもしれないけど……」

「――確かに聞こえる」


 何か魔法仕掛けがあるかもしれないわよね。だって魔道具工場だし……。

 棚をもう一度ゆっくり見ると、倉庫だというのに、何故か金庫が設置してあった。


「この金庫。もしかして開けたら何か手がかりが見つかるかしら」

「……壊して開けるか?」

「いいえ、任せて。こういうの得意なの」


 王都に来てから暫く生活魔法しか使っていなかったけど。これくらいなら出来るはず。


 手のひらに魔力を集める。そして鍵穴に人差し指をかざして水を流す。流し終わったら、素早く冷却させる。

 水が氷になって固まったら、左にまわす。


 ――ガチャン


「あ、開いた」

「……おいおい。そんな悪用したらやばそうな魔法どこで覚えたんだ!?」

「ふふっ。内緒にしてね?」


 水属性だから、温度を変えれば、氷になるかなって試した事があるだけ、だけれど。


「さ、お待ちかねの中身をみましょう」

「なんか泥棒みたいになってるけど大丈夫か?」

「これも公務ですから」


 中には鍵と、その中心にはスイッチが設置してあった。


「大当たり〜! ささっ、ボタンを押すわよ」

「……楽しんでやがる……」


 ケネスのボヤキは無視して、鍵を持ち、エイっとボタンを押す。

 すると、僅かな地響きがして、倉庫の棚が移動し、薄暗い空間が現れ始めた。


「おお〜! 出てきたわよ、隠し部屋!」


 まさにファンタジーの世界ね! 何だか楽しくなってきた!

 フェアバンクス領島の屋敷にも、隠し部屋が沢山あって、昔から探すのが好きだったなぁ。


 そんな事を思い返していると、遠くからも、微(かす)かに、低い音がする。

 何の音かと振り返ると、ケネスが慌てた様子で、指差す。


「おい、あれ見ろ! 地下まで降りてきた階段が封鎖されてく……っ」


 上から防火シャッターのような壁が降りてくる。あの壁が全部降りた時、隠し部屋への道しか進むことが出来ず、私たちは閉じ込められるだろう。


 しかし、あまり危機感を覚えなかった。きっとこれは……。


「ふむ。もう一度ボタンを押すと戻るんじゃないかしら」


 ボタンをえいっと押すと、壁は動きを止め、上へと戻ってゆく。そして、倉庫の棚も、元の位置へ動き始めた。


「やっぱり戻った……!」

「よく気がついたな。この先へ誰かが行く時に、外部の人間が誤って入り込まないようにしているみたいだ」

「ますます何があるか気になるわ」


 もう一度、金庫の中のボタンを押す。再び、倉庫の棚が動き、自然と顔を見合わせると、薄暗い空間へと進んだ。

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