白良浜の追憶

 かつて父が某携帯電話キャリア大手の社員で私がまだ小学生だった頃の話である。その年のゴールデンウィークのさなか、かねてから予定されていたシステム移行か何かの作業で出勤せざるを得なかった父が、仕事帰りに会社の保養所の予約書類を持って帰ってきた。伊勢志摩と和歌山の二種類があったが、父のお勧めは和歌山とのことだったので和歌山を選んだ。そんなことも忘れていた夏休みの始まる日、家に帰ると電話があった。受話器を取ってみると父からだった。

「もしもし、母さんか?」

「いや、寛太かんただよ」

「ああ、寛太か。いいか、今から加奈かなと一緒に旅行の準備をするんだ。明日までに急いでやってくれ」

「いいの?やった」

 断る理由もなかったし、何よりうれしかった。二つ下の妹の加奈を手伝いながら急いで準備をする。準備をしているのを見つけた母がねちねちと「いい御身分ですな」とか「お母さんは許したつもりすらないよ」といった小言やら嫌味やらを言うのを、いつの間にか帰っていた父が制した。父は私たちに向けて微笑みかけると、嬉しそうに告げた。

「母さん、楽しみを減らすような真似はしないでくれ。明日、寛太と加奈にゴールデンウィークの埋め合わせをしようと思う」

 

 翌日、父が運転する車に乗って私たち一家は一路和歌山へと向かった。紀伊半島の沿岸部を走る国道を通り、九時間ほどの長い長いドライブ。その終端付近で、白良浜海水浴場は夕陽を反射して輝いていた。

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少年時代のアルバム 古井論理 @Robot10ShoHei

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