少年時代のアルバム

古井論理

奈良県の鹿とよだれ

小学校の修学旅行の旅先だった奈良で、こんなことがあった。当時私は精神科の院内学級にいた。その院内学級は近くにあった小学校の分校として設置されていたため、近くにあった小学校の生徒達と一緒に修学旅行に行っていた。そんな混成修学旅行の一団の中で、私はうまくやっていくことに成功していた。

「鹿せんべい、買いませんか」

 私が言って百円玉を出すと、院内学級の竹中さんも財布を開けて百円玉を探した。鹿せんべいを受け取り、鹿が多いところを目指して向かう。そして鹿せんべいを一枚ずつ小出しにして鹿にやっていたとき、事件は起きた。鹿の一頭が私の手元の鹿せんべいを取ろうとして、シャツの裾を引っ張ったのだ。すると他の鹿も次々に実力行使をはじめた。

「わわっ、待て待て、ばかやめろ」

 そう言っている私を無視して、鹿たちはさらに実力を行使する。お尻を押してくるもの、裾を集団で引っ張るもの、もうめちゃくちゃである。鹿せんべいを五枚ほど前方に投げたが収まりそうになかった。

「大丈夫?」

 竹中さんが割って入る。

「大丈夫なわけないですよ!」

 鹿たちは鹿せんべいをそっと差し出す私の手から鹿せんべいを奪い取ると、指先をなめ始めた。鹿たちが去ったのちに残っていたのは、鹿のよだれでデロデロになった鹿せんべいの包みだけであった。

「鹿せんべい……強奪されました」

 バスに戻ってから隣の席にいたに何があったか問われたのでぐしょぐしょのシャツをパタパタと動かして乾かしながら言うと、彼らは大爆笑した。鹿のヨダレは2時間後ホテルに着いたときにも、まだ取れていなかった。

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