Ⅳ 盗賊の悪業にも相応しい末路を
「――うおっ…! お、おい! もうちょっと揺れはなんとかならねえのか!?」
「そりゃあ無理ってもんですぜ、旦那! あんまし喋ると舌噛みますぜ?」
ガラガラと悪路に車輪を弾ます馬車に激しく体を揺すぶられ、もんどり打ちながら文句をつける俺にとなりの
翌朝、なけなしの金で辻馬車を雇うと、俺はサント・ミゲルから続く山間部の道を疾走していた。
前日に続き昨夜も失せ物を探す魔術の儀式を執り行った俺は、盥の水の上に盗賊マヨ・ノチェの馬車が逃走する様を垣間見たのだ。
その馬車は街を抜けてこの山道に入り、さらに山奥へと進んでいった。
神出鬼没なマヨ・ノチェは、山間部に潜んでいるんじゃないかというウワサは以前からあった。おそらくその先にヤツのアジトがあるんだろう。
だが、素人の俺の力量不足なのか? どういうわけか盥の映像はその途中で途絶えてしまい、アジトの位置までは特定することができなかった。
それでも、今はこの道を辿って探すしかねえ……約束の期限は明日。今日中に捜しださねえともう間に合わねえ。
てなわけで時間がねえし、金がかかるが馬車で追跡だ。ちなみに自慢じゃねえが、俺は馬に乗れねえ。町場の下層民にゃあ、そんな機会ねえからな。
「し、舌噛む前に…うごっ! …これじゃあ車酔いしちまわああっ…」
林業や鉱山経営のための道らしいが、それにしてもひでえ悪路だ。なおも座席の上で大きく飛び跳ねながら、俺がまた無駄口を叩いていたその時。
「……っ! ど、どおおうぅっ!」
「うおおっ!」
不意に御者が馬を急停止させ、その制動の衝撃で俺は馬車から放り出されそうになった。
「あ、危ねえな……急に何しやがる!?」
必死で座席にしがみつき、なんとか転落を免れた俺は、血の気の失せた顔で御者を怒鳴りつける。
「何もこうも見てくだせえ。崖崩れだ。そっから道がなくなってる。あっしが止めなかったら、二人して仲良く谷底へ真っ逆さまでしたぜ?」
だが、御者はケロリとした顔で、そう言って前方を顎で指し示した。
「崖崩れ? ……おお! ほんとに道がねえじゃねえか!?」
その言葉に落ち着いて見れば、確かに前方の道は途中からごっそりと地面が剥ぎ取られ、脇の谷へ向けて大きな陥没ができている。
「チッ…! なんてこった! これじゃマヨ・ノチェの後を追えねえじゃねえかよ。おい、なんとかここを渡るこたあできねえのか?」
「いやあ、こいつは無理そうですねえ。馬車だと迂回路を探すしかねえでしょう……」
予期せぬ問題発生に、俺達は馬車を降りると崩れた崖の端まで行って下を覗き込んでみる。
「ああっ! だ、旦那! あれ……」
「馬車だ! 崖崩れに巻き込まれたんだ!」
俺達が声をあげたのは同時だった。
覗いた崖の下には半分ほど土に埋まるような形で馬車が転がり、牽いていた馬達も力なくぐにゃりと地面に横たわっている。
「……ん? あの馬車、ひょっとして……おいおいマジかよ? そんなことってありえるのか……?」
しかも、俺はその黒い幌のかかった馬車に見憶えがあった……それは昨夜、盥の水の中に見た盗賊マヨ・ノチェの駆るあの馬車だ。
それに、この場所の景色にも……そうだ! ここは急に映像が途切れる直前、最後に水面に映った風景の場所だ!
てことは、今、あの馬車の中には……。
「歩いてならいけそうだな。ちょっと降りてみるぜ……」
「滑るんで気をつけてくだせえよ〜!」
まったく以って予想外の展開だが、俺の見立てが正しければ、
俺は御者をその場に残すと、ぬかるんだ急斜面を馬車の埋まる谷底へとゆっくり降りていった。
そして、なんとか無事に地の底へ降り立つと、幸い半分は地上に出ている、ひしゃげた馬車の黒い幌の中を覗き込んでみる……すると、そこには黒いマントを纏った、長い銀髪の痩せこけた男が白眼を剥いて絶命していた。
「こいつがかの有名なマヨ・ノチェさんか。なるほど。そんで映像がここで途切れたわけか……」
考えるに、俺が悪魔に頼んだのは「ダイヤの在処とその盗んだ犯人の居場所」だ。
だから、航海士の時は殺されて宝石商のものとなるまでが映ったが、今度の盗賊の場合は死んでも持ち主が変わったわけじゃねえ……そんで、所有者変更とは関係ねえ崖崩れの場面は映らず、ダイヤの現在地であるこの場所で映像が終わったっていう理屈なんだろう。
「……て、んなことよりも肝心のダイヤだ。チっ…他にもいろいろあって目移りするな……」
幌に包まれた馬車の荷台には、他の盗まれた金銀宝石類も散乱している……いくら品行方正な俺様でも一つや二つくすねたい欲望に駆られなくもないが、おそらく全部盗品なんで現金化するのに足が付きそうだし、ここはグッと堪えてやめておこう。
それに、このマヨ・ノチェでもう四人目だ……この不幸の連鎖、最早、偶然とは思えねえ。
本来の持ち主である原住民の王さまの祟りなのかなんなのか知らねえが、こんな恐ろしいダイヤの呪いを目の当たりにしては、さすがに死人の持ち物をこっそり懐に入れる気分にはなれなかった。
「おおっ! こいつか! 確かにこりゃあ、自分のものにしたくなるのもわからなくはねえな……」
しばらく散らかったお宝の山を漁っていると、豪勢な飾りの施された木箱に収められる、その紺碧に輝く巨大なダイヤを俺はついに見つけた。
頭上の太陽にかざせばキラキラと青い光を乱反射させる、片手には余るほどの大きなディアマンテ……その美しさにハードボイルドな俺も思わずうっとりとしちまう。
「おっと! 危ねえ危ねえ。俺もうっかり呪いにかかるところだったぜ……こいつをこれから持ち帰るのにほんと大丈夫だろうな? エスペランサ・ダイヤちゃん、俺は持ち主じゃなくて運んでるだけですからね〜けっして誤解しねえでくださいよ〜」
俺はフルフルと首を振って妙な気分を追い払うと、ダイヤに言い聞かせるようにしてそう語りかけた。
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