Ⅲ 悪徳商人には因果応報を

 翌日、俺は珍しく朝早くから起き出すと、閉じかける眠気まなこを一杯のコーヒーで強引に見開き、昨夜、魔術で明らかとなった悪徳宝飾店へさっそく足を向けた。


 ちなみにそんな嗜好品を買う余裕なんてないんで、そのコーヒーも一階の爺さんとこでご馳走になったものだ。


 そん時、ついでに爺さんにも訊いてみたところ、おそらくダニエロ・エンリアーサという、裏社会ではそこそこ名の知られた盗品ブローカーじぁあないかという話だった。


 ようやくコーヒーが効いて頭が冴えてきた俺は、真っ直ぐにその悪徳宝飾店目指して大通りを進んでゆく……。


 まかりなりにも探偵なんてもんをやってる商売柄、この街の地理はすべて頭に入っている。すでにどの通りかわかってるんで、すぐにその店はそれと知れた。


 ま、問い詰めたところでどうせシラを切るんだろうが、魔導書の魔術が見せた結果は嘘を吐かねえ。店主が持っているのは動かぬ真実だ。


 あとは航海士の殺しも含めて黙っててやる代わりに、ダイヤを返せとかなんとか脅しゃあなんとかなるだろう。


 しのごのぬかせば総督府の権威を借りて、軍勢差し向けるぞコラ! とかなんとかハッタリかましてやる……。


「ああ。そういや、盗んだ航海士もけっきょく非業の死を遂げちまったな。こいつぁ、ますます呪いの話も真実味が湧いてくるぜ……」


 店へ向かう道すがら、ふと、そんな呪いのダイヤのゴシップを思い出す俺だったが、そうして大通りの角を90°に曲がり、いよいよ裏通りに面したその宝飾店へ近づいた時のことだった。


「……あん? なんだ?」


 古びた〝エンリアーサ宝飾店〟と書かれた看板のかかるその店の前にはなぜか人だかりができており、胸甲とキャバセット(※帽子型の当世風兜)で武装した衛兵も幾人かうろちょろしている。


「まさか、衛兵に先を越されたのか……?」


 一瞬そう考える俺だったが、まずそれはありえねえことだ。


 クルロス総督も依頼主のエヴェリコさんも、この件をおいそれと衛兵に話すはずがねえ。そもそも衛兵を動かせねえから俺に依頼してきたんだ。


「ちょいとすみません。何かあったんですか?」


 俺は野次馬の中に混じると衛兵の一人を捕まえ、何気ないフリをしてそう尋ねてみた。


「ああ、今朝の未明、この店に強盗が入ったのだ。寝ていた店主は惨殺。店の品は残らず奪い去られた」


「なっ……!?」


 親切にも答えてくれた衛兵のその言葉に、俺は思わず表情を固めた。


「……あ、あのう、超でっかいダイヤが残ってたりなんてことは……」


「ダイヤ? だから店のもの全部と言っておるだろう? 小さな宝石の欠片すら残ってはいない」


 念のため、気を取り直して訊いてみるが、当然、お目当てのダイヤも一緒に持って行かれた様子である。


 おいおいおい……これで三人目だぜ?


 ブツの行方もさることながら、俺はその事実に少なからず衝撃を受ける。


 運んで来た特使が航海士に殺されてダイヤを奪われ、その航海士もこの店の店主に殺害されたかと思えば、今度はその宝石商も強盗にダイヤと命を奪われて……こうも立て続けだと、呪いの話もあながち嘘じゃねえのかもしれねえ……。


「手口や目撃情報からして、どうやらあの悪名高き盗賊〝マヨ・ノチェ〟の仕業のようだな。なんとも物騒な世の中になったもんだ」


 愕然とその場で佇んじまう俺を他所よそに、その衛兵は世知辛いご時世を嘆きつつ、さらにそんな捜査情報も教えてくれる。


 マヨ・ノチェ……昨今、巷で話題になっている謎の盗賊だ。


 なんでも馬車で颯爽と乗り付けて根こそぎ金品を強奪していくという、高い強襲性と輸送能力を兼ね備えたなかなかに厄介な輩である。


「今度はあのマヨ・ノチェに奪われるとはな……しかし、今朝未明となると、俺が魔術でここを探し当てたすぐ後か。ったく、なんともタイミングが悪いこった」


 犯行がもう少し早かったら、新たなダイヤの持ち主となった盗賊の姿があの盥の水に映し出されていたことだろう……これで、捜査はまた振り出しに戻っちまった。


「仕方ねえ。また一からやり直しだ……」


 俺は失せ物探しの儀式を改めて行うことにすると、いまだ野次馬で賑わうその場所に背を向けて立ち去った。

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