深淵の代償

 僕は昨日、魔女に会った。

 そんなことは誰にも言えるわけもなく、ただ悶々と時を過ごしていた。しかしやはり、何か違和感を感じている。まるで鎖のようなものに縛られている感覚。


「兄さん、たまには休憩がてらに散歩に行ってくるよ」


「そうか。気をつけてな」


 兄さんに見送られながら、僕は隣の村へ散歩に出掛ける。気分転換に散歩とよく言うけれど、一変とはいかないまでも、確かに少し気持ちが楽になっている気がする。

 散歩をしている途中で、僕はある少女に出会った。その少女はなぜか、地面に埋まっている。


「あのー、大丈夫ですか」


「へ、ヘルプミぃ~」


 助けようとは思うものの、今の僕の実力ではどうにもならないのは事実。

 とりあえず土に水魔法で水を与え続ければ土が柔和するだろう。僕は延々と水を与え続ける。



 その頃、村ではーー


 アローは剣の素振りをしていた。とそこへ、アクアがやってきて言う。


「アロー、君の弟くんは今日は修行しないの?」


「ああ。気分転換に出掛けてるよ」


「そう。じゃあ今日はアローは私の一人占めにできるわけか」


「まあな」


 と言いながら、アローは剣を何度も何度も振るっている。その様子をアクアはリズムにのっているように体を揺らしながら見ていた。

 そんな平穏をぶち壊すように、突如村の入り口の方から悲鳴が聞こえる。


「何だ?今の声は」


 アローは剣を握り、悲鳴が聞こえた方へと走る。

 そこへ着いたアローは、巨大な何かを目にした。そこにいたのは三つの黒い羽と、ひとつの白い羽を生やした鎧を纏った五メートルほどある人型の何か。

 顔も黒く染まっており、鎧は白く輝いている。その何かは剣を構え、まるで騎士のような立ち振る舞いをしている。


「アクア、住民の避難を任せた。俺はこいつを止める」


「わかった」


 アクアは村を駆け回り、住人の避難誘導をする。

 それが終わるまでの時間を稼ぐために、アローは剣を構えて何かの攻撃に備えるがーー


「ぐはっ……」


 まるで閃光の如く素早い一撃を受け、アローは家屋を吹き飛んだ。その家屋は崩れ、半壊する。

 騎士のような何かを止める者はいなくなり、村へ入り出す。まだ避難誘導も終わっていないというのに。

 何かはアクアへ目掛けて襲いかかる。アクアはつまずき、転んだ。そこへ何かは剣を振り下ろすーーが、その一撃を重傷のアローは必死に剣で受け止めていた。頭から血を流しながらも。


「アクア、早く避難誘導を」


「う、うん」


 住民の避難が終わるまで、アローは戦い続ける。

 だからアクアは必死に避難誘導をしていた。アローは剣を握り、何かと戦闘を繰り広げる。

 何かの剣のひと振りを紙一重でかわしつつ、鎧へ剣を振るうーーが、


「硬い……」


 鎧には傷が少しつくだけで、貫きはしない。


「お前、一体何なんだよ」


 そのアローの叫びに答えるように、突如何かの肩の上に現れた白ローブの女性は言う。


「私の色欲のためだけに、私はアビスという少年の命を奪う」


「アビス……俺の弟に何するつもりだ」


「私がこの村を襲わせた理由はひとつ。君たちの命を奪うため、なんかではない。あのアビスという少年は、人一倍強さにこだわり、憧れている。故に、あの少年は必ず命をとして、あの魔法を使うだろう」


「お前、アビスに何しやがった」


 アローは何かの肩に立つ女性へと斬りかかる。だが何かの腕のひと振りで弾き飛ばされ、地面を何度も転がった。


「無駄無駄。これは私の作り上げた最高級の模擬人形スピリット、ただの辺境の魔法使いでは到底倒すことはできない」


 アローは血反吐を吐きながらも、立ち上がった。


「それでも、俺はあいつの兄貴だから……。お前を倒せば、アビスは救われるんだろ。だったらてめえを倒してやるよ」


 アローは地を駆け抜けた。模擬人形の右足を鎧越しで斬り飛ばした。


「足を……。そう簡単にはいかないか。だが、」


 模擬人形の斬られた右足は再生し、鎧も元通りに戻った。


「私の模擬人形を倒すことは貴様にできるか?」


「炎属性魔法付与、雷属性魔法付与、毒属性魔法付与……」


「おや?まだ諦めぬか。勝てぬと分かっていても」


「兄として、兄貴として、俺は己の全身全霊をかけてお前を倒す。全属性魔法付与」


 アローは虹色に輝き出した。


「この一撃に全てをのせる。この一撃で全てを打ち沈める」


 女性はアローに危機感を抱き、模擬人形の肩から飛び降りた。

 模擬人形を盾とし、アローから距離を取る。だがアローは彼女を逃がしはしない。


全属性剣突撃アルティメットソード


 虹色のアローは閃光よりも速く、模擬人形へと突撃を仕掛けた。剣の一撃を受けただけで。分厚い鎧を纏っていた模擬人形は粉々に砕け、全属性に朽ちて消失する。

 だがそれだけでは勢いは止まらない。アローは逃げる女性へ剣を振り下ろす。


「アビスは、絶対に俺が護る」


 しかしアローが追いかけていた女性の顔が見えた時、アローは騒然とする。その顔はアクアであったから。

 アローは剣を止め、足を止めた。その瞬間、アクアの顔をした女性はアローの腹を剣で貫いた。


「どうして……アクア……」


「私はアクアじゃないよ。残念、アクアに変身した魔女でした」


 アローは絶望する。

 剣が抜かれると、アローは膝から崩れ、その場に突っ伏した。


「さあ終わりだ」


 笑みを浮かべる魔女、しかし水流の如く現れた女性は水の刃で魔女の右腕を斬り飛ばした。


「魔女、アローは絶対殺させない」


 アクアは怒りに狂った表情を浮かべ、魔女を蹴り飛ばしてアローから離す。


「アクア、君の命も美しい。けれどまずは深淵の命を欲しい。だから、ひざまづけ」


 まるで重量に潰されているように、アクアは地面に倒れた。


「ようやく来たか。救世主ヒーロー


「何やってんだよ。魔女さんよ」


 深淵を纏い、怒り狂っているアビスは魔女の前に姿を現した。アビスの登場に、魔女は笑みを浮かべる。

 アクアはアビスを止めようと何度も言葉を投げ掛けるも、その全てが聞こえていないかのようであり、アビスは魔女へ明らかな殺意を向けていた。


「魔女、お前は何がしたい」


「さあ。君が死んでくれると嬉しいよ。例えば、君に与えたその能力を使うとかさ」


「アビス、魔女はお前の命を狙っている。だから逃げろ」


 アクアは必死にアビスへ叫ぶ。

 しかし、アビスは魔女に背中は向けない。


「失いたくないから、けど僕は弱いから何も護れない。それでもやっぱ護りたいんだよ。そのためにきっと、お前は俺にあの魔法ちからをくれたんだろ。僕は死ぬけど、大切な人を護れるのならそれで良い」


「やめろ、アビス」


「深淵魔法、解放」


 アビスの右手には膨大な量の闇が放れる。

 その瞬間、アビスの瞳は漆黒色に染まった。


「魔女、俺はお前を道連れにする」


「できるかな?君の命が絶える前に」


「やってみないと分からない。だから僕はやるんだよ。勝てなくても、僕は戦う。皆のために」


 深淵を纏うアビスは魔女へ襲いかかる。しかし魔女へ触れる前に、見えない壁が出現してアビスの行く手を阻む。


「無駄だ」


「だとしても、僕は強くありたい。たった刹那に全てを込めて、」


 アビスは膨大な量の深淵を纏う。


超深淵突撃ウルティメットバースト


 アビスの突撃が壁を破壊し、魔女へ直撃した。魔女は吹き飛び、遥か彼方へと吹き飛んだ。

 しかしまた、アビスの命も消えていく。


「アクアさん、アロー兄さん、僕、強くなったよ……」


 そしてアビスは消失した。

 戦いは終わった。魔女を倒し、村には平和が訪れた。



 それから数日後、森の小屋の中で、魔女は目覚めた。


「深淵の命を手にいれた。少しずつ、少しずつ、私は命を取り戻す。だから私は、命を奪い続ける」

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鎖与の魔女 総督琉 @soutokuryu

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