雷鳴の一裂き

 気が付くと、俺たちは周囲を野次馬に囲まれていた。


「いいぞザンピーロ! やっちまえー」


 ザンピーロというのはこのチンピラの名前だろう。


「負けるなよ少年!勇者になるんだろ?」


 俺を応援する声もちらほら聞こえる。


 奴の名がそれなりに知れ渡っているあたり、かなりの頻度で問題を起こしていることは想像に難くない。

 有名なならず者といったところだろうか。


 ザンピーロが鉄剣を構える。


「おうあんちゃん、それ構えないと死んじまうぜ?」


俺の腰の鞘に収まった剣を指差して言う。


「これはお前には荷が重いぞ」


「いつまでそんな戯言言ってられるかなァ!」


 イラついた顔で奴が迫ってくる。

 対する俺は何も持たず無防備な状態。


 切っ先が俺に迫り。

 そして振り下ろされた。


 しかし、奴の手に剣はなかった。

 今まで無秩序に騒ぎ立てていた野次馬が一斉にどよめき、そして静寂が訪れた。


「無刀取りというのだが」


 そう言いながら、取り上げた剣を奴の首元に突き立てる。

 奴は茫然としたまま立ち尽くしていた。


「本来は刀相手にするものだ。存外剣でもいけるのだな」


 そう言って軽く刃を圧し当てると、奴の首から一筋の血が流れ出す。

 奴ははっとした顔で後ろへ下がり、怯えた顔をした。


「ななななな、な、なんだてめェ!!! 俺の剣を取りやがって!! 卑怯だぞ!!」


 何も構えていない敵に斬りかかっておいて卑怯はないと思うのだが……。


「すげぇぞあいつ!」


「今の技見えたか!?」


 群衆が一斉に騒ぎ出す。


「おい田舎モンの兄ちゃん! まだ油断するなよ! 奴にはまだ奥の手がある!」


 先ほどから俺の応援をしていた野次馬が何やら心配そうな顔をしていた。

 ふむ、武器を取り上げられてなお反撃の手段があるのか。少し泳がせてみるか。


 俺と十分に距離を取ったザンピーロが言う。


「いいか? 卑怯者には天罰が下るんだぜ!!!」


 同時に、奴の右手が翠色に輝き始めた。


 なるほど、魔法か。それも雷系統のものだろう。

 雷系統の魔法は金属製の装備を持つ相手に対して基本的に大打撃と成り得る。

 ただのチンピラが自由にできるほどここは治安が悪いのかと思っていたが、どうやらそういう訳ではないようだ。


 そもそも魔法を使える人間自体かなり希少だろう。奴の魔力はその辺の一般人と比較して飛びぬけている。

 雷系統の魔法を扱えるチンピラは一般兵の手に負えぬだろうな。

 一般兵の手には。


雷鳴の一裂きトニ・トルス!!」


 奴の手から俺が奪った剣の切っ先目掛けて雷光が閃く。

 空を駆るその雷光は夜の街を明るく照らす。


 誰もが皆、その眩しさに目を背けた。


なん……だと……」


 しかし、次の瞬間黒煙を上げて倒れたのは俺ではなく、ザンピーロの方だった。


「うおおおお! 何が起きたかわからんがすげぇぞあの兄ちゃん!!」


「ザンピーロが倒されちまったぁ!!」


 俺の知らぬ間に賭けでも始まっていたのか、周囲の野次馬がより一層盛り上がる。


 当の俺はというと、幼き日の苦い記憶を思い出していた。


 エネルギーは高いところから低いところへと遷移する、これが自然界の掟、この世の摂理というものである。

 熱いお湯に冷たい水を混ぜれば熱いお湯は冷めるし、高いところで物を手放せばそれは低いところへと落ちてゆく。


 魔法とは俺たちの魂の中に存在する魔力、言い換えれば魔法エネルギー、これを何か他のエネルギーに変換する技術のことを指す。

 「雷鳴の一裂きトニ・トルス」の場合はそれが電気エネルギー、つまり電位なのである。

 自らの電位を高めることで周囲に雷を放つ「雷鳴の一裂きトニ・トルス」もまたこの世の摂理に従い電位の低い場所へと向かう。

 よって、通常は自分が魔法を向けた方向にある導体などに引き寄せられてゆくわけだ。


 しかしそれは、相手の電位が自分よりも低いという前提の下で成り立つ話だ。


 相手もまた魔力から電位を得られる場合はどうなるのか。

 当然、雷は電位が高いほうから低いほうへと動くのである。

 俺は奴が雷を放つ瞬間、一気に体内の電位を上げた。

 そのため結果として、奴から俺に向かうはずだった雷は跳ね返り、奴自身が雷に焼かれてしまったのである。


 全ては自然に起きた現象であり、この理を書き換えることなど神にしかできぬだろう。


 もっとも、多くの者がそうであるように、俺は神の存在など信じてはいないが。


 雷系統は格上には御法度。

 父上から耳にタコができるほど教わったものだ。


 以前父上に一千万Vの雷鳴の一裂きトニ・トルスを放った際、十億Vになって帰ってきたことがあった。

 俺が人間相手に純粋な魔力勝負で負けるはずがないのである。

 相手が悪かったと諦めてもらうしかあるまい。



 気が付けば、俺は波打つ群衆の中で人気者になっていた。


「兄ちゃん! 名前、なんて言うんだ!?」


「デュリックと言う」


「あんたやるねぇ! 勇者選定にエントリーしてるんだって?」


「あぁ、俺が人類を救おう」


「応援してるぜ!」


 多くの者が俺に激励の言葉を投げかける中、俺は一つの気がかりを解決するために口を開く。


「すまぬ、少し空けてくれないか」


 そう言って俺は地に伏し黒焦げになったザンピーロの下へと向かった。


 このままでは死んでしまうだろう。

 魔法で無理矢理傷自体を治すことはできるが、こいつは治ればまた別の場所で同じようなことをしでかすに違いない。

 かと言って、無駄な殺生は好みではない。


 俺は奪った鉄剣を捨ててうつ伏せになった奴の背に足を置くと、そのまま両腕を持ち上げる。


「むんっ」


 ブチっと嫌な音がして奴の両腕がもげ、そこから血が溢れ出した。


「うぁ、うわぁ、ああああぁぁぁーー!!」


 ショックで意識が戻ったのか、情けない声を上げてのたうちまわろうとする。

 だが、俺の足に踏まれて身動き一つとれないようだった。


「なに、騒ぐな。今戻してやる」


 俺はそう言って右腕側に左腕を、左腕側に右腕を放り投げると、こう唱えた。


「――四次元回帰パ・サード


 言うや否や、奴の身体は超自然的な光に包み込まれた。

 しばらくして光が消えた後、そこに残ったのは傷一つないザンピーロだった。

 ……腕の方向が逆であるというただ一点を除いて。


「うぎゃぁーー!! て、てめェ!! な、何しやがったァ!!」


「そう喚くな」


 俺が奴の頭を軽く蹴飛ばすとそのまま吹っ飛んでいき、遠くのテントにぐしゃっと当たって意識を失った。


俺は群衆の方へと向き直る。


「すまぬが、誰かあいつを衛兵にでも突き出しておいてくれ」


「ひ、ひでぇ……」


「な、なんてことするんだ……」


「まるで魔王だ……」


 しかし、その反応は先ほどと打って変わって芳しいものではなかった。


 なぜだろうか。

 死にかけのザンピーロを治療した上、治安維持にも協力したというのに。

 やはり種族が異なるだけあって、魔族と人間との間では一般論というか感性というか、そういう部分に違いがあるようだ。


 などと考えていると、俺を半ば引き気味に囲う野次馬の中から一人の好男子がやってきて顔を出した。

 男子とは言うが、年齢は俺より一回り以上上といったところだろうか。

 慈愛に満ちたその目つきが彼の人当たりの良さを物語っていた。


「はじめまして、僕はライツ・ブリランテ。王国騎士団の団長をしている男だよ。ザンピーロを懲らしめてくれてありがとう」


 彼が名を口にした瞬間、周囲のざわつきがより一層激しくなる。


 王国騎士団長と名乗ったその男は、明らかに年下の俺に対し深々と礼をした。

 普通の男であれば慇懃無礼ともとられかねないその行いは、その実全く嫌味がない。

 そして、俺はこの男に見覚えがあった。

 先ほど中央広場で話し込んでいた兵士達の中の一人だ。


 そう、かの出来レースの勝ち馬なのであった。


「デュリックだ」


 握手を求められたので、俺もそれに応じて右手を出す。

 彼の顔は微笑みを崩さなかったが、握った手は少し震えていた。

 手のひらは思いの外硬かった。


 それにしても、騎士団長などという身分の高い者が俺に何の用なのだろうか。

 「田舎者の新米剣士」である俺にわざわざ声を掛ける理由がチンピラ退治のお礼だけとは考え難い。

 俺が魔族であるということがバレたのだろうか?

 いや、そうであれば、関所での経験からしてこのように友好的な態度では接さぬだろう。

 心当たりがない。


「単刀直入に聞くけど、君は誰にその剣術と魔法を習ったんだい?」


 そう来たか。

 先ほど少し見せた無刀取りが気になったのだろうか。


 俺の剣術は全て母上に習ったものだ。

 ちなみに魔法は色々な者から学んだ。

 しかし、馬鹿正直に名前を答えるわけにもいかぬだろう。


「故郷の師匠に習った。デシル師匠という」


 適当な名前をでっちあげる。


「そう……、か。すごくきれいな無刀取りだったからね。もしかすると……、と思ったんだけど……」


 少し落胆した表情で男は言う。


 もしかすると、というのは何のことだろうか。


「まぁいいや。時間を取らせて悪いね。ここまでは僕個人の用事」


 ライツはそう言って少し距離を取る。

「ここからは騎士団長としての用事だ。君、勇者選定に出るんだって?」


 腰につけた剣を構える。

 よく見るとその剣は元より鞘に収まっておらず、布のようなものでくるまれているだけのようだ。


「申し訳ないけど、君の選定試験はここまでだ」


 剣をくるむ布を取り払う。


「聖剣サクラディウス!!!」


 直後、聖剣と呼ばれたそれは七色に光り輝き、夜空に道筋を描いた。

 聖剣から溢れ出るエネルギーが渦を巻き、周囲の物という物を吹き飛ばす。


「す、すげぇ……! 勇者と認めた者にのみ扱える伝説の聖剣だ……!」


「まさか本物を見ることが出来るなんて……!」


「あ、あの兄ちゃん大丈夫か……?」


 周りの人間はざわつき心配そうに俺たちを見守るが、暴風に耐え兼ねた数名がその場から逃げるように去っていった。


「悪いね。君に罪はないが、これも仕事なんだ」


 申し訳なさそうに言う。

 正体がバレたということではないらしい。出来レースの不安要素を消しておきたいということだろうか。


 一国の騎士団長が事前に潰そうとするとは、俺も高く買われたものだな。まぁ、その判断はある意味正しい。


 ライツが剣を振り上げる。


 周囲の人々が驚きと共に一斉に後ずさりする中、四人の兵士たちだけがその場に残っていた。

 いや、ライツが騎士と名乗った以上、残る四人も騎士なのだろう。

 先ほど見た彼らである。


 大剣を担いだ筋骨隆々とした大男が言う。


「あーあぁ……。これじゃあ跡形も残らねーんじゃねぇかぁ?」


 弓矢を背負った女が答える。


「よくて全治数年といったところでしょうね……。全てを魔王討伐に賭けるライツ様のお覚悟、お見事です」


 杖を持った魔術師風の老人が言う。


「ほっほっほ……。流石は勇者候補筆頭じゃわい。容赦がないのう。エヌス殿、お主も闘ってきたらどうかの?」


「フン。弱者を甚振る趣味はない。全ては憎き魔王を殺すため。ただ前だけを見て進むのみだ」


 エヌスと呼ばれた、長大な槍を携えた男が頑とした態度で答える。


 聖剣の輝きがまた一段と増す。

 それはもはや輝きと呼べるものではなく、まさしく光そのものといった様相を呈している。


「……行くよ……!」


 言うが早いか、聖剣から溢れ出た光の先端が目にもとまらぬ速さで迫ってくる。


 ふむ、流石にこれは抜かぬと厳しいか。


 そう思い、俺は自らの腰につけた剣の柄に手をかけた。

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最強魔王の息子ですが、父が人類を侵略するそうなので家出して勇者になり無双して討ち取ります 小虚 羅穏 @komunaraon

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