勇者選定

 意外なことに、王都へはすんなりと進入することができた。

 都へ入るにはまた関所なり検問なりをまた越えねばならないと思っていたから、とても拍子抜けした。

 と言うのも、普段は閉じられているであろう王都正面の門扉は大きく開け放たれ、行交う人々で賑わっていたのだ。


 関所の兵士は厳戒態勢がどうのと言っていたが、一度中に入ってしまえばどうということはないらしい。

 むしろ中が祭りでごちゃごちゃ故に、外の関所が厳しくなっているということなのかもしれぬ。


 道中、山間を抜けて森が開けた際に上から王都を見下ろす機会があったのだが、この都は想像以上に小さいということが分かった。


 単に都と言っても様々な形態が存在する。

 例えば道路などの交通を中心にして発展した都市、城を中心に据えた大規模な城下町、はたまた王を護る鉄壁の要塞それ自体に人々が住んでいるものまで。

 そもそも王都とは王がいる都のことを指すのだから、街の発展の形態は多岐に渡ってしかるべきである。


 と、幼きころ育ての親に教え込まれた記憶がある。


 当時は雑学等を含む教養全般になど微塵も興味が湧かなかったが、いざこうして知識の体現を目の前にすると、なるほど意外と大切なのだなと改めて感じる。


 そして、これら知識を総じて感じるのは、この国が比較的貧相であるということだった。


 この王都は王城を放射状に市街地が取り囲むという構造からして、城下町が発展して都市を形成したものだと考えられるのだが、これはデンハイト魔王国と同じ形態なのである。


 人口や中央への集権度合いなど、純粋に都市の面積や規模感を横に並べて比較できぬ要素もあるにはあるのだが、全体的な装飾や個々の設備などを見るに、やはり比較的貧相であるという印象を抱く。


 関所の兵士の話から推察するに二十年ほど前に魔王国との戦争があったと思われるのだが、この国が侵攻を受けてなお存続することができたのは奇跡なのではないだろうか。

 先代勇者シャリテとやらは相当に苦労したことだろう。


 そもそも此度の侵攻、そして前回の侵攻と、父上の意図が一向にわからぬ。

 平和がどうのと俺に説きながら二十年前にも戦争を行っていたとは、本当に幻滅だ。

 とまぁ何を考えているのか分からぬ父上の話は置いておくとして、ひとまずは街の様子を見てみることにした。



 当初は「灰桜祭」とやらの開催場所を探すだけでも一苦労かと思っていたのだが、その心配は不要だった。

 想像以上に王都が小さかったというのもあるが、それ以前に町全体がお祭りムード一色なのである。

 街灯は小綺麗に飾り付けられ、行き交う人人は皆笑顔を浮かべている。

 至る所で花火が打ち上がっては笑い声が聞こえ、祭りに関するパンフレットなどがばら撒かれていた。

 自由に出入りできるよう開け放たれた正面の門に続く街道には多くの出店が立ち並び、小走りで駆け抜けゆく子供たちの手には、一様に桜の花を模したであろう風車が握られていた。


「多忙なところすまぬ。勇者になるにはどこへ行けばよいのだろうか」


 飾りを配る女子おなごに間を見計らって尋ねる。

 その女子は振り返って俺を見ると、しばらくきょろきょろした後に口を開いた。


「あー……。キミ、田舎から出てきたクチかい……? だとしたら、悪いことは言わないから諦めたほうがいいよ。どうせ彼らに決まりさ」


 そう言って、奥の広場でたむろしている屈強そうな兵士数人を見やった。


 剣や槍など様々な武器を持った者たちが鉄の防具を着こみ、何やら話し込んでいるのが見えた。


「とりあえずこれは渡しておくけど、あまり無理して怪我しないようにね。受付はあそこの広場だよ」


 女子は「灰桜祭」と大きく書かれたパンフレットを渡しながら、兵士達のいる広場を指差した。


「世話になった」


 俺はそう言って離れると、パンフレットに目を移した。


「キミは勇者になる資格があるか!? 勇者選定、今宵開催! 受付は中央広場で!」


 ふむ、「選定」によって勇者が選ばれるらしい。

 実技試験かなにかだろうか。

 であれば、「どうせ彼らに決まり」というのは試験内容が公正ではないとか、そういった理由な気がする。


 そしてあそこは中央広場というのか。大きなモニュメントが見える。

 俺は人の波に飲まれながら、そのモニュメントを目指して歩き出した。


 中央広場へ近づくにつれ、謎の巨大モニュメントがよく見えるようになってきた。

 よく見るとそのモニュメントは何やら石碑のようで、文字が掘られていた。

 石の具合からして比較的新しいものだろう。

 設置後十数年といったところじゃないだろうか。


 更に近づき中央広場へ入ると、石碑に対して祈りを捧げる集団が目に入った。

 兵士、主婦、大人から子供まで、種々様々な人々が手を合わせて祈りを捧げている。


 石碑の前には多くの花が供えられていた。

 よく見ると、その石碑は墓のようだった。


『勇者シャリテ ここに眠る』


 話に聞いた先代勇者の墓なのだろう。

 彼もまた例に漏れず父上に討たれた者の一人だったということだ。

 死してなお多くの者に慕われるというのは、さぞ素晴らしい人物であったことが伺える。


 郷に入っては郷に従えと言う。

 多くの者がそうしていたように、俺もシャリテの墓前で手を合わせた。


 選定の受付は簡単に見つけることが出来た。

 大きなのぼりが上がっていたからだ。

 その足元には高さ2m程度はあろうかという大きめのテント。


 これほど大規模に参加者を募っておきながら、大々的に不正が行われているというのはどういう状況なのだろう。

 一般市民であろうあの女子ですらその実情を知っているあたり、あまり隠すつもりもなさそうだ。

 記念受験が常態化しているとか、そういうことだろうか。


 ひとまず受付の女子に話しかけてみる。


「選定に参加したいのだが」


「おっ、一人かい! いいよいいよ~! この紙に名前と出身地を書いてね!」


 目の前に紙が置かれる。


 簡単に四角の枠があり、氏名と出身を記入する欄が用意されていた。

 枠は合計五つで、どうやら四人までは付き添いの仲間として参加できるらしい。

 氏名の欄には「デュリック」出身の欄には「ラント村」と書いておいた。


 ラント村出身で本当に通し切れるのか一抹の不安を覚えたが、あのような危ない辺境にわざわざ訪れてまで身元調査をするのかという点から、一番安全な誤魔化し方であるという結論に達する。


 紙を提出したところで、今まで俺の服装をまじまじと見つめていた受付の女子が口を開いた。


「それからキミ、田舎から出てきた子だよね……? ああいうことはやめた方がいいよ」


 人目を憚っている様子だ。


「ああいうこと、とは何のことだ?」


「さっき先代の墓に手を合わせてたでしょ……? ああいうことはやめた方がいい。変な奴らに目を付けられるよ」


 変な奴ら?

 国民的英雄に手を合わせると奇人変人の類に茶々を入れられるというのはなかなに理解し難い。


「いやぁー……。言い方が難しいんだけどさ……、私は先代のこと好きだよ? 多分他のみんなもそう。ただね……、ほら、聞いたことない? 例の教団の話」


「暴力沙汰でもあったのか?」


 適当に相槌を打つ。


「いや、そこまで単純な話じゃないんだけどさ……。ただ……、目が怖いんだよ。先代を崇拝する、ある種宗教みたいなコミュニティが形成されてる。言っちゃ悪いけど、キミみたいな田舎者はいい標的だからさ。変なことには巻き込まれないようにしてね」


 なんだかよく分からぬが、俺の服装から田舎者と判断した受付の女子が何やら心配してくれたらしいということだけは理解した。


 逆に言えば、俺の身なりは人間側の常識からして田舎者然としているということだ。

 この点が確認できただけでも僥倖と言えよう。


「えっと、今は二十一時だから……、今から一時間後、二十二時にこの受付前の広場に集合すること! それまでは自由にしてもらって構わないけど、時間は必ず守ること! 失格になっちゃうからね。

 それから、キミは一人みたいだから関係ないだろうけど、複数人で参加した場合でも勇者になれるのは代表の一人だけだからね! 後で揉めないようにって決まりになってるからあらかじめ言っておくよ!」


 そうなのか。

 てっきり枠が複数あるものだから、複数人で参加すれば複数人で勇者と認められるのかと思っていたのだが。


 そうなると、複数人で参加するのは相当信頼のできる仲間がいる者だけだろう。

 そもそもどのような選定が行われるのか知らぬが、勇者の責務から考えるに少なくとも戦闘能力を試すような危険なものもあるに違いない。

 それを突破したところで自らが勇者になれないのでは、付き添いとして参加しようとする者もそういまい。

 しかし、人数は多いほうが有利なのも事実だろう。信頼のおける仲間がいるという点も含めて勇者選定ということだろうか。


 俺も形だけにしろ仲間を探した方がいいのだろうか……?


「後から仲間を追加することは可能か?」


「えぇっと……、一応できた……はず。そんなことする人あまりいないから後で一応確認しておくね。今から仲間を探すつもりかい? この辺にいる人たちはみんな参加者だろうから、仲間を探すなら少し道を外れないとダメかもしれないね。それにしたって厳しい気はするけど……」


「そうか、分かった。また後で来るとしよう」


「頑張ってね~!」


 受付の女子は俺に手を振ると、次の瞬間にはせわしなく別の者の応対に当たっていた。


 頭数合わせの為だけにまた右腕を使う事態だけは避けたいが、なんにせよ歩いてみてだな。四体のを連れた勇者とか絵面が酷すぎる。


 それにしても、宗教か。

 世が乱れると人々は救いを求めて何かに縋りつく。

 今回はそれが先代勇者の威光だったというだけだ。


 全ては父上のせいであり、その責任は俺にもある。

 魔族だろうが人間だろうが、皆まとめて幸せになる道を俺は模索しなければならぬ。


 そう改めて決意し受付を離れようとしたところで、野太い声に止められた。


「おう田舎者のあんちゃん、勇者になるんだって……? ゲヘヘ、夢見るのはやめてとっととおうちへ帰りな! ただし、荷物と金は置いてな!」


 見ると、ニヤニヤした小汚いチンピラのような大男がそこに立っていた。

 一瞬「仲間」にしてやろうかとも思ったが、これを連れて歩くのも印象が悪いな。

 適当にいなすのが正解か。


 下卑た目が妙に鼻についた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る