第5話 Re ───
「なんで美月がこの俺を…」
俺は次々と流れる知らない情報に困惑した。みんなの人気者の美月が俺を好きになるなんて、ブロンズコレクターの名を馳せた某競走馬が有馬で3着を取らないくらいありえない事だ。
「でも残念だな。伝えられないままなんて。」
「え?」
光輝が放ったその一言で、俺は背筋が凍った。思えば、さっきから妙な胸騒ぎがしていた。その胸騒ぎは気のせいだと思っていたのに。そんな俺を嘲笑うかのように、現実を突きつけられた。俺は、そんなことありえないと思い、一応兄さんに確認を取ろうとした。だが、それより先に口を開いたのは兄さんだった。
「なぁ…兄さん…」
「ほら。着いたぞ。」
「ここは……」
目を背けたくなる''現実''がそこに佇んでいた。ここへ来るまでの道で何故気が付かなかったのだろう。
そこは春を感じさせる、
桜がひらひらと舞い散る美しい霊園だった。
そこには一際目立つ墓石があり、そこ刻まれるている文字を見て俺は自分の無力感をより一層強く感じた。
''星野美月ここに眠る''
魂が抜けるような感覚。もしやと疑ってはいたものの、心のどこかで、二度と感じたくもない喪失感に満ちた世界をやり直せると期待をしていた。しかしそれは、俺を嘲笑うかのように打ち砕いた。この世界でも、俺は誰よりも身近で、誰よりも大切に感じていた人すら、助けられないのだ。
「……美月の墓だ。」
…少しの静寂の後、光輝がそう言った。そう。
………
……
…
「…………」
言葉が出てこない。思ったり考えたりすることは出来るのに、その言葉は喉の奥でで弾けて消えてしまう。これが絶望というのだろうか。俺は、掴みかけたひとつの希望も手放してしまった。正確には、掴む''資格''すら与えられなかった。しばらくは何も語らなかった兄さんが、俺の心に追い打ちをかけるように話した。
「美月ちゃん、ずっと話してたんだ。太陽は底抜けに優しいってさ。ウザいくらいw」
兄は笑っていた。昔俺に向けた、どこか寂しそうな笑顔で。光輝は心の底から笑っているのだろうか。それとも作り笑顔なのだろうか。どちらとも取れるその表情は、俺の心を揺さぶった。
───────
「さーて、そろそろ帰りますかぁ。」
話も墓参りも一段落し、帰路に着く。
午後からは入学式だ。めんどくさい。
「なぁ、太陽。お前って美月のこと、どう思っt」
「いやぁ、今日はいい日だなぁ!!天気はいいし、空気は美味しいし!?ところで兄さん。入学式っていつからだっけ?」
喋るな。黙れ。聞きたくない。美月がいないのなら、その話をする意味がない。俺にはなんの価値もない話だ。そうして俺はテンプレのような文章を大袈裟に読み上げた。
「太陽……」
「なぁ兄さん。死んだやつのこと話しても仕方ないし、前向いて話そうぜ。俺、しみったれた話嫌いなんだよ。」
美月が死んだあの''世界''、この''世界''。どっちも嫌いだ。何も残せてない。何も残ってない。クズの俺が何か出来る'世界'に行きたい。逃げたい。逃げ出したい。全てを捨てて走って逃げ出せば、この嫌な''世界''から逃げられるだろうか。
「ありがとよ、神様。こんなクソみたいな''世界''見せてくれてよ。…そろそろ目覚めさせてくれよ。頼むからさ。」
皮肉っぽくというか、まんま皮肉なのだが、俺は信じてもいない神を呪った。舌を噛んで悔しさを誤魔化し、上を向いて涙を零さぬようにしたが、俺の心は崩壊寸前だった。本当に脆い心だ。嫌になる。
「太陽。ごめんね。また苦しめちゃったね。」
聞こえるはずもない懐かしい声が、どこからか聞こえた。辺りを見回して確認するが、誰もいない。ふと光輝に顔を向けた。その途端、目の前の景色が崩れ落ち、''世界''が崩壊した。
「じゃあな。太陽。話せて嬉しかった。」
崩れ去る世界の中で、光輝はそんなことを言った気がした。そして、''世界''は崩壊した。気がついたら俺の意識はあの''世界''のベッドに戻っていた。
「…最後に美月の声がするとか、どんなホラーだよ。」
夢にしちゃ趣味が悪い。死んだ女の声を女々しく覚えてるんだからな。とまぁ、そんなことは後回しだ。
まずは日付の確認をしよう。
時計には、2021年5月28日PM18:47と記されていた。美月が死んだのは、同年5月26日だ。2日間も眠ってたのか…両親は気を使ってくれていたのだろうか。部屋に入った形跡はない。廊下に食事だけ置いて、仕事に出かけているようだ。
「頭上がらないな…」
2日何も食べていないせいか、腹が減って仕方がない。俺は廊下に置かれた冷え固まった昼食を口にした。白米はパサパサ、卵焼きはカピカピ、味噌汁も余計なものが浮いてきていて、お世辞にも美味しいとは言えなかった。なんなら不味い。でも、今まで食べた料理の中で1番美味しかった。でも少し塩辛かった。
「うまい、、うまい、、、」
母への感謝、食物への感謝、農家の人への感謝、過去との決別の思いを込めて、体全体から湧き上がる力を込めて、
「ごちそうさま。」
…そう口にした。
今までで1番綺麗に完食したのではないだろうか。食器を持ち、台所に向かい、皿洗いを済ませた。
家にいても何もすることがないので、ふと思い立ち、身支度をし、戸締りを確認して外の世界に出る。夢の中では外に出たはずなのに、久々に外に出たような気がした。
「星が綺麗だな。」
光輝がいたあの世界は夢だったのか、それとも現実だったのか。どちらでも構わない。それでも気になったことが1つ。
「美月が俺の事を好きだった。」
あの言葉だけは、妙にリアルというか、ずっと耳に入ってきた。まるで、光輝が耳元で囁いたみたいに。
「…あの世界は一体なんの暗示なんだろうな。」
そのとき、空に光る無数の星の中に、一際光る星を見つけた。その星の名前は、
『はくちょう座δ星。デルタ・キュグニ。』
その星を見上げて感傷に浸っている俺に、死角から急に平手打ちされたかのような衝撃が走った。
……!!
「まだ出来ること…あったじゃないか…」
俺にはまだやり残したことがあった。3年前に起きた、忘れようとしたある出来事が。その後始末をしなければならない。俺にしか出来ないことだ。
「これで最後だ。全部集めて、全部拾って、みんなが笑って暮らせる、幸せな未来にしてやる。」
……
「いや。違うな。俺が幸せになるために、俺だけのために、みんなを助けて、みんなと笑って暮らせる未来にしてやる!」
そんな自分勝手で独りよがりな目標を掲げて、俺は前を向いた。もう振り返らない。後悔もしない。美月や、光輝を見つけるために。
日下部太陽の最期の物語が、始まろうとしていた──
俺たちは、美しい月にも輝く太陽にもなれなかった。 冬村 みさと @ULT_POSE
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