第4話 兄との再会


 は?


 なぜ俺がこんなに驚いているのか。

 本来ならありえない人物がそこに立っていたからだ。何故ここに兄さんがいるんだ?兄さんは1年前に病気で死んだはずだ。生きて動いている兄がここにいるはずがない。


「おい、そんな某異世界主人公みたいな絶望顔するなよ。どうした?体調でも悪いのか?」

「あ、いや…え?」

「こりゃ寝ぼけてるな。起きろ〜」


 情報量が多すぎて色々ツッコミたいところはあるが、まず、なぜ兄さんが某異世界生活アニメを知ってるんだ。俺の知ってる兄さんは、アニメには全く興味がなくてバカにすることはなかったが、どこか別の文化のように扱ってたはずだ。その兄さんがミーハーが見るアニメではなく、多少なりアニメをかじらないと見ないアニメの話をしているではないか。今はそんなこと考えてる暇なんてない。とにかく郷に入れば郷に従えだ。川に流されて小さくなっていく岩のように、スクールカースト上位の一軍に必死に同調してしがみついている、金魚のフンのようになろう。


「起きてる、起きてるから。」

「なんだ起きてるのか。じゃあなんであんな変な顔してたんだ?」

「はいはい、俺は兄さんみたいにイケメンじゃないですよ。」

「おいおいお世辞はよせよ。お前のがモテるだろ?」


 これでいい。完璧だ。悟られることなく完璧に弟を演じている。1年前までの日々が甦ってくる。虫唾が走る。そんなことより、今すべきことは俺が置かれているこの状況の把握だ。とにかく情報収集をしなければ。


「なぁ、、、兄さん。今日って何年の何月何日だ?」

「急になんだよ。やっぱりまだ寝ぼけてるのか?」


 情報収集の基本、時間の確認。ドラマや映画、アニメでも知らない場所だと、まず時間を確認することが多い。傍から見たらなぜ知らないのかと不思議がられるが、仕方がない。今はそれより大事なことがある。兄さんが生きているということは、俺がいたあの''世界''とは違う時間の可能性が高い。


「いいから。教えてくれ。」

「え?…あぁ…2020年の4月7日だけど。」


 2020年の…4月…7日……?

 1年前だ。つまりあれは夢じゃなかったのか?タイムスリップか?それとも別の世界か?タイムスリップなら、そもそも兄さんが生きているわけがない。恐らく俺が生きていた世界とは別の世界線だろう。まさかこんなことが起こるなんて、某マッ缶大好きラブコメ主人公もびっくりだろう。


「そっか。そうだったなぁ。」

「お前…いや。お前高一でもうボケ始めたのか?」


 兄さんは何かを言いかけたが、何も無かったように無邪気に笑う。これが日下部光輝だ。兄さんがモテる理由はここにあるのだろう。誰にでも分け隔てなく接して、スクールカーストなんてないかのように陰キャの俺にも積極的に接してくれる。そんな人だから憧れたのだ。嫉妬したのだ。俺を何年もの間縛り付け、苦しめたのだ。


「とにかく起きろー学校だぞー」

「…ってもう7:30じゃねぇか!!!」


 俺は時計を見た瞬間、全身に針を刺されたかのような衝撃を受けた。大遅刻だ。それも入学式だ。第一印象が遅刻魔になってしまう。


「入学式早々遅刻とは、、、勇気あるね。新入生くん。」


 ニヤニヤしながら俺を見つめる兄。なんでこんなに余裕なんだ。おかしい。なにか裏がある気がする。


「そんなこと言ってる暇ないだろ!早く…」

「プッ…」

「ん?」

「アハハハハハハハハハハ!ふぅ。」


 あっ。俺は何かを察した。俺の高校の入学式の開始時間は確か…


「あのさ。入学式って、何時からだっけ。」

「……バレちゃったかぁ。1時からだよ。」


 そう。俺が通う緑ヶ丘高校は入学式を午後から行うのだ。すっかり忘れていた。


「焦って損した…寝る。」

「おいおいまた寝るのか。」

「午後から入学式ならそれまで寝られるだろ。どうせなんもやることないし、寝るしかない。」

「ならちょっと俺に付き合ってくんね?」


 兄が俺を誘うとは珍しい。それも入学式の日に。なんの用なのだろう。買い物の荷物持ちとかの雑用でも押し付けてくるのだろうか。


「別にいいけど、どこ行くんだ?」

「それは…着いてからのお楽しみだ。」

「そうですかい。まぁ着替えるわ。」

「おう。外で待ってる。」


 この際なんでもいいか。生前に兄に聞けなかったことを沢山聞いてやるか。俺はベッドからムクリと起き上がり、手早く着替えをする。その間にスマホのニュースアプリで情報収集し、玄関に向かう。すると母がこんなことを言ってきた。


「ちゃんとお別れしてきなさいよ。お葬式も行かなかったんだから。」


 母は何を言っているのだろう。お別れ?兄は死んでいないし、1年前だと美月も死んでいないはずだ。一体どこの誰との別れを惜しむのだ。


「行ってきます。」


 それだけ伝え、玄関を出る。だが、俺はこの時、ゾッとするほど嫌な予感がしていた。


「…待ったか?」

「いやいや、弟のことなんて、待たずに置いていくのが兄だよ。いつも俺の後を追ってくる太陽くん。」

「お前ほんと性格悪いな。」


 俺は兄を睨む。すると兄は急に、切なげで悲しそうな顔をしてこんなことを言ってきた。

「ハハッ。それはどうもありがとう。誰も言ってくれないからさ…そういうこと。」


 いつもより暗く、低い、今にも消えてしまいそうな兄の声が鼓膜を通過する。その声は深く、深く、俺の耳に刻みつけられた。あんな声聞いたことがない。そんな弱音みたいなこと言わなかったはずだ。少なくとも俺が知る、誰にでも優しくにこやかに接していたあの兄は。


「…じゃあ行こうか。」


 そしていつもの兄のトーンに戻る。切り替えが早い。さっきのあんな顔をしていた兄がなかったかのように満面の笑みで。


「ところで兄さんってさ。」

「ん〜?」


 俺は話を切り出す、何年もの間、俺人生をめちゃくちゃに掻き乱したんだ。答えてもらう。無理やりにでも聞き出してやる。


「………お、俺のことどう思ってる?」


 俺は喉から絞り出すように、質問をした。普通の人ならなんの気なく聞けるかもしれないが、俺にはハードルが高すぎる。なんなら告白の方が楽なくらいだ。


「なんだ。そんなことか。めっちゃ深刻そうな顔してるからめっちゃ身構えたわ。」


 兄さんは優しく笑った。俺の中では重い重い一言だったのに、こんなに軽く流されるほど、兄には小さなことだったらしい。そうだよな。こんな陰キャな弟なんてなんとも思って…


「俺はさ、太陽。お前のことが好きだ。別に恋愛感情じゃないぞ?家族として、一人の男として、友達としても。大好きだ。誰にでも分け隔てなく接して、困ってる人がいたら率先して助けて、みんなが嫌がる仕事を全部引受ける。当たり前のことと言ったらそうだけど、できる人なんて、ほんのひと握りだ。勉強は俺にだってできる。でも、そういうことは本当に優しい奴にしかできない。だから俺はそんな太陽が弟で嬉しいよ。誇らしくもある。………だから、美月もお前のことが好きになったんだろうな、、、俺、美月ちゃんのこと好きだったから羨ましかったんだぜ?」


 兄は思い出話を語るように淡々と語った。

 は?何を…こんなどうしようもない弟を好き?誇らしい?そんな訳ない。俺はどうしようもない。グズで、ノロマで、泣き虫で、甘ったれで、自分で苦労も、努力もしてないのに、俺が欲しい全てを持っている兄に嫉妬していたクソ野郎だ。でも、そんなことは今はいい。それよりも気になることを兄は言った。


「……美月が、俺のことを好き?」

「あ、、、美月ちゃんに口止めされてたのにポロッと出ちゃったわ。これは後で謝りに行かないとな。」

「そんな訳ない。美月は光輝のことが好きで……」

「そっか…美月ちゃん俺の事好き''だった''のかぁ。それはびっくりだな。でもな、太陽。俺、美月ちゃんに告白したんだ。でもフラれちまったんだ。『私、先輩とはお付き合いできません』ってさ。で、おm」

「ちょ、ちょっと待って。フラれた?あの兄さんが?」

「あぁ、清々しいまでにキッパリとな。」


 嘘だろ。あの日下部光輝だぞ。美月はなんで兄さんをフッたんだ。中学の時、好きだと言っていたじゃないか。俺が美月への恋を諦めたあの日に。


「まぁ。でも妥当だよな。美月は見抜いてたんだよ。俺の裏を。」


 兄さんの裏?あの完璧超人の兄さんに裏なんてあるのか?俺が後を追うことしか出来なかったあの兄に。


「その点、お前は裏表がなくて馬鹿正直だから、美月はお前を好きになったんだろう。」

「なんで美月がこんな俺を…」

「でも残念だな。伝えられないままなんて。」

「え?」


 兄さんは胸に引っかかる言葉を発した。俺は兄さんに問いかけようとするが、俺が聞く前に兄さんが口を開いた。


「なぁ…兄さん…」

「ほら。着いたぞ。」

「え?ここは……」


 桜がひらひらと舞い散る霊園だった。その中にポツンと大きな墓石を見つける。一際目立つその墓石には花が手向けられている。そして墓石に刻まれる名前に目を向けると、



 …そこには、星野美月の名前が刻まれていた。

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