「ジャックと憂鬱な話」
ハロウィンはいつからポピュラーなイベントになったのだろうか。
街中におばけかぼちゃが点在し、メディアも大々的に取り上げている。
しかし、オーサカ市内ではスカルのお面をつけた者たちによる窃盗が相次いで発生していた。
トリックアンドトリートということか。
パーティーは嫌いな性分ではない。
が、便乗した事件を起こされてしまっては気が滅入ってしまう。
ハッピーなイベントは全人類がハッピーでなくては。
「さあて、作戦通りやろうな」
築山支部長がぱちんと手を叩いた。
作戦はこうだ。
まず、天平先輩の能力【転送】にて予告された現場に一番近い扉とオーサカ支部の扉をつなげる。
次に、ぼくが【疾走】でスピーディーに現場へ突入し、天平先輩と導とキャサリンとで手分けして犯人らを拘束する。
最後に再度【転送】を使用し、オーサカ支部に帰還したならばジャストでタイムアップという寸法だ。
「あいよー」
「オーケー、このぼくに全て任せたまえ」
犯人たちは今回、正々堂々と警察に予告状を突きつけてきた。
が、警察ではなくぼくたちが出動するスペシャルなケースである。
彼らのなかに能力者がいる可能性が高いらしい。
ファンタスティックな現象にはファンタスティックな現象をぶつけて解決しようというわけだ。
「いっちにっ! さんしっ!」
「ごーろく! しっちはっち!」
導とキャサリンが準備体操している間、しばし回想を入れさせていただこう。
他でもない、ぼくの【疾走】に関する話だ。
発端は天平先輩の入院中、導はスクールタイム、キャサリンは自席でうたた寝中。
「幸雄くんは【疾走】の発動中に全裸で動き回っているわけではないよな」
「もちろんです」
支部長はノートとボールペンを取り出すと、白いページに真っ直ぐに縦線を引き、そこにクロスする横線を引いた。
算数の授業を思い出す。
「A地点からB地点に幸雄くんが移動する時、幸雄くんだけでなく幸雄くんの服や腕時計も同じ速度で移動していることになるよな」
「そうでないとぼくは全裸だし、A地点にぼくの服や腕時計は固定されたままになりますしね」
「芦花ちゃんを運べたということは、あの時の芦花ちゃんも同じ速度で移動していたことになるよな」
ハッとした。
これまでぼくは【疾走】の発動中にはぼく1人しか動けないものだと錯覚していた。
思い起こせば、あの火事の中から天平先輩を連れ帰った際、天平先輩は【疾走】の発動中であったにも関わらずぼくと会話できている。
「ひょっとしたら【疾走】は対象を選択できるんじゃないかな、と思うんよ。わての【粒状】ができるようにな」
ぼくは無意識に能力をコントロールしていた……?
考えたことがなかった。
何者かに指摘されたこともない。
だが、ぼく自身の能力の全容を把握しておくことは、ぼくのピンチを救うことにもつながる。
パーフェクトなぼくに一歩近づくというものだ。
「これを意識的にコントロールできるようになれば、ぼくはより強くなれる!」
ぼくの答えを聞いて、支部長はノートを閉じると「その通り。では、幸雄くんの今後のために検証を始めようかな」と言って席を立った。
なんて素晴らしい上司なんだ。
「ダーリン、よろしくねぇ!」
キャサリンのキスで現在に戻された。
築山支部長の能力【粒状】が導とキャサリンの両名を包んでいく。
やがてBB弾サイズに縮んだ2つの粒を、支部長はぼくの上着のポケットにしまい込む。
「幸雄くんに限ってそんなことはないだろうが、一応言っておこうかな」
「なんでしょう?」
「途中で落とさないようにな」
このやりとりに天平先輩が「それは困りますわぁ」と乗っかってきた。
パーフェクトなぼくがそんなヘマをするわけなかろう。
縁起でもないことをおっしゃる。
「ほな行こか」
天平先輩の右手がぼくの左手首を掴んだ。
こういうときに、天平先輩はぼくの手を握ったことはない。
「なんやさっちゃん。嫌そうな顔しよるのぅ」
嫌そう、か。
本当にそんな顔をしていたのか、天平先輩がぼくをからかっていたのか。
しかし、掴まれている位置のそばにはぼくの大事な腕時計がある。
能力を発動する条件としてタイマーを操作する必要があるわけだが、天平先輩に左手首を掴まれている状態では難しい。
「操作しづらいので」
「ああ、すまんすまん」
天平先輩が手を離すと、ぼくは右手で腕時計を操作して、タイマーをセットした。
虎柄のパーカーを羽織った天平先輩は、見た目だけならば高校生ぐらいに見える。
「準備完了」
屋内なので控えめにチロリアンハットを投げる。
そしてタイマーをスタート。
「よっしゃ、行くで!」
オーサカ市内に数年前、大型商業施設が完成した。
できたばかりの頃は繁盛していたと聞くが、そのフィーバーはもう落ち着いてしまったようだ。
トウキョーにある似たような施設とさほどラインナップは変わらない。
オーサカ支部の扉は天平先輩の能力によって、そのショッピングモールの自動ドアと直結した。
「いた」
一階。
周囲の住民向けに廉価な品物が並べられているスーパー。
菓子売り場に間抜けなポーズで固まっているスカルの仮面をつけた集団がいた。
集団といっても7人か。
武器は見たところ持っていない。
「そんなに菓子がほしいんか」
天平先輩のあきれ顔。
サンタクロースのような白い布袋にはチョコレートやビスケットなどのお菓子が詰め込まれている。
レジから紙幣を奪い取るわけでもなく、高額の商品を根こそぎ持って行くわけでもない。
「手筈通りにいこう」
ぼくはポケットから粒を取り出して床に投げる。
床に落ちた瞬間、衝撃で粒は弾けた。
「うわあ!」
「きゃあっ!」
中からキャサリンと導が現れる。
先日の支部長との検証ののち、ぼくは鍛錬を重ねて、3人までなら【疾走】で引き伸ばした時間の範疇に収めることができるようになった。
ぼくの天才ぶりには自分でも驚いてしまう。
「ほら、はよ捕まえんと」
天平先輩がロープを渡してきた。
うまくいったのだから少しぐらい自己陶酔に浸らせてほしい。
「ダーリン! 時間切れになっちゃうよぉ」
とはいえキャサリンのいう通りだ。
時間内にオーサカ支部まで戻らなければならないからな。
「全くさっちゃんはもう……」
スカルの集団はトータルで7人か?
予告状には人数までは書いていなかったが。
縛り上げてひとまとめにしておけば、あとは警察がどうにかしてくれるだろう。
「一個ぐらいもらってもいいんじゃ?」
「何を言っているんだ導」
「じょーだんじょーだん!」
ポケットからはみ出たお菓子を取り上げる。
これぐらいならいくらでも買えるだろうに、どうして盗もうとするのだ。
「帰るでさっちゃん」
天平先輩の一言と共に「ばちん!」と音を立てて店内の照明が消えた。
このタイミングで?
「な、なんじゃ?」
「どこー! ダーリンどこー?」
ぼくたち以外の時間は止まっているようなもの。
戸惑う導の声。
ぼくを捜すキャサリンの声。
タイマーが0になるその時まで、現実の時間は動かないはずだ。
そのはずなのに、「きぃーよぉしー、こぉーのよーるー」という調子外れの歌が聞こえてくる。
「誰や!」
天平先輩がスタンガンを構える。
今日は10月31日。
ハロウィン当日。
「ほぉーしはぁー、ひぃーかーりー」
声はどんどん大きくなっていく。
暗い店内で、こちらに近づいてきている。
動けるはずのない何者かが、動いている。
「すぅーくいぃの、みーいこぉーはぁー」
かぼちゃのランタンを提げて。
仮面ではなく、白いがいこつのかぶり物を頭に被って。
縦ストライプのスーツ姿でぼくとおなじぐらいの背丈の。
「まぁーぶねーえのなーあかにぃー」
そいつはやってきた。
そいつの持っているランタンのおかげで、姿がはっきりと見える。
そいつはぼくの目の前で立ち止まり、「やあ、初めまして」とご丁寧に挨拶してくる。
「きみは彼らの仲間か」
窃盗団の仲間かと問いかけると、そいつは肩をすくめた。
こいつが予告状を出してきた能力者か?
「いいや、違う!」
そいつは袖口からナイフを取り出し、ぼくに斬りかかってきた。
ぼくはとっさにバックステップで回避。
「お前に会いに来た」
「ぼくに?」
「さっちゃん! そんな奴ほっといてええ! はよ戻るで!」
天平先輩に言われなくともわかっている。
こんな通り魔と戦っている場合ではない。
メインミッションはクリアしたのだ。
「名を名乗らないと失礼か。オレのことは……そうだな。ジャックと呼べ」
かぶり物の奥にある瞳が紅く光った。
暗闇の中ではランタンの弱い光よりも、紅い光のほうが目立つ。
ぼくの目がその光に射られて、じわじわと全身の力が抜けていった。
下半身から沼に沈んでいくような感覚。
「ダーリン! ダーリン!」
キャサリンの野太い声が、遥か遠くに聞こえる。
【Uma andorinha só não faz verão.】
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