「幸せを噛み砕く」


 本日は天平先輩が退院してくる。

 復帰記念パーティーということで、ぼくはオーサカ支部のデコレーションをしている最中だ。


「幸雄くん、これをあっちに付けてくれないかな」


 導が天平先輩の迎えに行き、キャサリンはまだ自宅で寝ている。

 ということで、いまオーサカ支部にはぼくと築山支部長の2人きり。

 この2人だけでこれほどまでにエレガントなパーティー会場を作り上げようとしているのだから褒めてほしい。


「支部長。先ほどから気になっていたのですが」


 支部長の右手には万国旗。

 左手には茶色の小瓶がある。

 万国旗の端っこを天井に括り付けてほしいらしいのだが。


「飾りはどこから出していらっしゃるのですか」


 ぼくの疑問に、支部長はしたり顔で「気になるかな」と言った。

 茶色の小瓶を傾けて、中身を一粒取り出す。

 支部長の手のひらの上にはBB弾サイズの粒。


「見ていてもらえるかな?」


 支部長が粒を人差し指でつつくと粒はパチっと音を立てて、バラの花束に変化する。

 一瞬のことだった。


「これがわての能力【粒状】……いろんなものをちっこく保存しておけるから便利やな。幸雄くんから芦花ちゃんに渡しな」


 花束はぼくに押し付けられた。

 ぼくから天平先輩へ?

 こんなクリムゾンレッドの花束を?


「ぼくではなく導のほうがいいのでは」


 抗議する。

 キャサリンになら渡してもいい。

 しかし、キャサリンに渡すにしてもぼくは自分で用意するだろう。


「さあ、どうかな?」


 いたずらっぽく笑いながら言ってのける。

 でもぼくの意見は受け入れてくれるようで、真紅の花束は元通りの粒に戻された。

 どんなトリックだかわからないがそれがこの世界の“能力”というものだ。


「あと、ここまでの活動の中で気になっていたことが1点」

「何かな?」

「オーサカ支部はどうして作られたのですか?」


 疑問を投げかける。

 これまでのぼくの活動は人助けの域を出ないものだった。


「あー……オーケー。それはあとで話そうかな」


 ピロリン、と支部長のスマートフォンが鳴って、画面を確認しながら答えた。

 導からの連絡が来たようだ。

 そろそろ今日の主役のお出ましということか。

 飾り付けを終わらせなければならないのに、無駄話は弾む。


「きっと、作倉にしか見えていないものがあるんやろうな」

「作倉? 本部の?」

「せやで。作倉の考えていることはわからんからなー」


 作倉部長。

 ぼくをオーサカ支部に飛ばした張本人。

 支部長は彼のことを呼び捨てにする。


「幸雄くんが来るって聞いたのは前日だったからな」

「前日!?」 


 8月31日か。

 ぼくが作倉部長からオーサカ支部への異動を言い渡されたのは1週間前のことだったのに、迎え入れる側に通達するのが前日とはギリギリ過ぎやないか?


「わては少数精鋭でいきたいんだけどな」


 そういえば作倉部長は【予見】の能力者と聞いたことがある。

 予め見る。

 能力名は読んで字の如くであることが多いので俗に言う“未来予知”のような能力だろうか。

 支部長が『作倉にしか見えていないものがある』という発言から推測するに、おおよそ当たっているのではないか。


「作倉部長は、オーサカ支部がバーニングするのを予見していたのでは?」


 この疑問に対して支部長は「どうだろうな」と怪訝な顔をする。

 わかっていたならこちらに伝えてくれればいいのに。

 そうすれば天平先輩が入院したり、導の大事なぬいぐるみが危険な目に遭うこともなかった。


「そこまで万能ではないのかもな」


 呼び捨てにしているところから親しいのかと思っていたが、親しさから来る呼び捨てではなくどちらかといえば嫌悪感から来る呼び捨てなのかもしれない。

 ぼくも上司として尊敬はしていても好きではなかった。

 好きではないという感情が何を起因としているのかはわからない。

 初対面の頃から他の新人と比べてぼくへの当たりがきつかったような。

 感情はオーサカ支部への異動が決まった時にエクスプロージョンしたが、今となってはむしろこちらに来てよかったのではとも思える。

 不思議なものだ。


「たーだいまー!」


 勢いよく扉が開け放たれ、導が帰ってきた。

 後ろからひょっこりと「ただいま?」と天平先輩が顔を見せる。


「おかえり」


 かつてのオーサカ支部より半分の広さになってしまったが、住んで暮らすわけではないから5人にはちょうどいいぐらいかもしれない。

 そう思うことにしよう。

 門構えが立派なことが優秀な証ではないからな。


「天平先輩の復帰祝いと、新生オーサカ支部立ち上げパーティーのスタートだ!」

「こんな大げさにせえへんでも」


 新生オーサカ支部。

 これからは今まで以上に忙しくなればいい。

 ぼくのすばらしさをより多くの人たちに知らしめるためにも、だ。


「にしても、ほんとうに火の不始末だったんじゃろか」


 ぽつりと導がつぶやいた。

 このつぶやきに、支部長は「いやあ、警察の言うとおりじゃないかな」と答える。


「この前見に行ったんじゃ」


 部屋の片付けを終わらせたサタデーのアフタヌーンに、ぼくとキャサリンと導の3人でオーサカ支部跡地を見に行った。

 1階の串カツ屋には立ち入り禁止のテープが張られていたが。


「わしらは関係者じゃ!」


 導はずかずかと階段を上って行った。

 ぼくとキャサリンも導と同意見だ。

 どのような惨状が広がっているのだろう、と好奇心半分に扉を開ける。


「ダーリン、これはいったい?」

「さっぱりわからない」

「全部燃えたんじゃ?」

「ここまで綺麗さっぱりすべて燃え尽きるのはありえない」


 中には何も残されていなかった。

 煤けた壁はある。

 あったはずの事務机やチェアーはどこにも見当たらない。

 ぼくが天平先輩を捜すのにどれだけ苦労したと思っているのだ。


「証拠隠滅か」


 わざわざオーサカに支部を作ったのには事情があるに違いない。

 しかもこの極めて優秀なぼくを異動させたのだから。


「キャサリンはオーサカ支部の立ち上げのときからいるけどぉ、ダーリン」


 綺麗な細い指で壁をなぞる。

 大きなハートマークを描いた。


「おっきな事件なんて起こったことないよぉ、グランマとふたりきりのころから!」


 そうか。

 キャサリンが言うのなら信じよう。

 導もうなずく。


「ずっとオーサカに住んどるんじゃが能力者がらみの事件っていうと」

「導ちゃんをげっちゅしたあれぐらいかなぁ、ねー?」


 キャサリンの「ねー?」に対して、導は「反省しとる!」と返した。

 大きな事件もなく、細々とした依頼をこなすだけのオーサカ支部。

 が、突然焼け落ちた、と。


「オーケー、面白くなってきたではないか」


 ターゲットはオーサカ支部。

 インビジブルな敵。

 パーフェクトに解決してみせよう。


「幸雄くんが来てから、オーサカ支部の絆はさらに強固なものとなってきたな」


 グラスを片手に、築山支部長は立ち上がった。

 慌ててグラスを手にする導。

 左手にオレンジジュースを注ぐ天平先輩。

 そして、ぼく。

 順番に顔を見て、高らかに宣言する。

 キャサリンはまだ来ていない。


「そういや作倉から『これ読み上げろ』って送られてきとったわ……えーと、オーサカ支部は関西圏の能力者を統率するために設置され、云々」


 関西圏の能力者。

 トウキョーだけに能力者が集中している確証はない。

 だからオーサカ支部のみならず様々な地方に点在するべきなのだ。

 まず手始めにオーサカということなのか、やはりオーサカに何かあるからこそ、か。


「先代首相風車宗治が……字が細かい……ま、ここまで読んだからええな」

「読まんでええやろ!」


 ぼくは最後まで聞きたかったが、今回の主役である天平先輩に急かされては何も言えない。

 どのぐらいの長さの文章かはぼくは読んでいないのでわからない。

 あとで読ませていただこう。


「とにかく! これからもみんなで仲良くやっていこうな。乾杯」


 支部長のかけ声のあと、グラス同士を打ち鳴らす。

 この音を合図にして、粒に押し込まれていた料理がテーブルの上に現れた。

 


【Att älska, glömma och förlåta är livets tre prövninger.】

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