cuig

 幻想的な蝶が、目の前を優雅に飛び回る。繊細な羽がパタパタと動き、光の粉を落としていく。

 フードを外したオシーンは、きれいな瞳でそれの動きを見守った。キャラメル色の髪から生える、牡鹿を彷彿とさせるような、二本の角の根元。ここまで来てしまえば、もう隠す必要はなかった。

「ただいま」

 彼は今、緑の美しい丘の上にいた。ダブリンから遠くとおく離れた、マンスターの地。風の流れとともに、小さく咲いた野花も首をかしげる。

「久しぶりだね。会えて嬉しいよ」

 ……彼の言葉の先には、一人の騎士がいた。まばゆい金髪に、美しい緑眼。銀色の鎧に身を包んだ彼は、赤いマントをなびかせながらそこに立っていた。

「今日はね、ちょっとしたお土産があるんだ。夢の世界で手に入れた、美味しいケーキだよ」

 オシーンが彼に近づくと、左右から二匹の犬がやって来た。嬉しそうに尻尾を振りながら、ばっとオシーンに飛びついてくる。

「あははは……。そんなにくっつかれたら、動けないよ」

 この二匹の犬は、騎士の愛犬だ。存在するはずもない、架空の犬。しかしこの世界では、彼らは永遠に死に、そして永遠に生きることができた。彼らにとっては、これが現実だ。

「後で遊んであげるから、ちょっと待っててね」

 そう言って犬たちを傍へ離すと、オシーンは改めて騎士の方を向いた。無言のままこちらを見つめる彼に、そっと白い箱を手渡す。

「はい、これ。アップルパイって言うんだよ」

 白い箱の中には、ダブリンで買ったアップルパイが入っている。薄い生地と、たっぷりのりんご。甘酸っぱくて、切ない味。

「ゆっくり味わって食べるといい。……フィン・マックール」

 ……オシーンが名前を呼ぶと、彼はクスッと笑みを零す。偉大な騎士にして、オシーンの父。それが、彼だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

アイルランド詩人の食す夢 中田もな @Nakata-Mona

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ