第2話 ヒバリ
グレイ家の歴史は古く、さかのぼること千八百年、かの救世主の
細密で繊細な描写。鋭い観察力。一度見た光景を脳裏に焼き付ける記憶力。
人々から神の手と称され、歴史的真実を後の世に伝えることを使命にしてきた。
ある時は、王権を
ある時は、大敗を
「力ある者は真実を変えようとする。けれど歴史は勝者の記録であってはならない。虚飾せず。歪めず。公平に。ありのままに。ただ記録を残すために。なぜならこの力は神からの授かりものなのだから」
グレイ家の者たちの誇りとその
そんな彼らの終止符を打ったのは、不都合な真実を隠そうとする時の権力者ではなく、時代の流れ――写真の登場だった。
十九世紀前半、ある発明家により、銀メッキされた銅板にヨウ化銀を塗布し
各地に写真館が次々と開業し、新聞や歴史書の版画は写真に取って代わられた。
ひとにぎりの者たちの占有物であった画像記録を多くの人々が持てるようになり、誰もが熱狂して肖像画、風景、災害などの記録を残していった。
一方で、〝神からの贈り物〟とグレイ家の者たちが信じてきた力は〝まるで写真のように描く能力〟と言われるようになった。
「どうして私の代に」
父の信念はぽっきり折れ、毎日うわ言のように同じ言葉をつぶやき、徐々にやつれていった。最後には気が狂い、先祖たちの描いてきた絵画とともに自ら火を放ち、炭となった。母も後を追った。誇りを失った一族の結束はもろく、ちりぢりになり消息はようと知れない。
写真の登場から十年。
歴史の立会人と言われたグレイ家にかつての
「ほんと、ざまあねぇな」
彼らの残してきた絵画はほぼすべて燃え尽きたが、肖像画だけは無事であった。
過去にとりつかれ未来への展望を失った父が何を考えて残したのか、今となっては分からない。
どの道、グレイ家に先がないことに変わりはなく、一族の記録は塵となり、財産はちゃらんぽらんな男に食い潰されて終わるのだ。
家が燃え、手元にある財産を一銭残らず使おうと決め、早数年。
どこぞの国で新たな皇帝が誕生しても、かつての祖先たちのように歴史の目撃者になる気にはなれない。あまり代わり映えのしない日々を送ってこのまま歳をとっていくのだろうと今日も朝から飲んだくれ、酒瓶が空になり、もう一本開けるか悩んでいたところで、玄関からコツコツコツコツと音が聞こえた。
来訪者の予定はない。
財産目当ての詐欺師の相手はこりごりだと返事しないまま放置し、しばらくしてもう誰もいないだろうと確認するためにそっと扉を開けると、ひらりと紙が落ちた。
手にとってペラリとめくり思わず息が止まった。
足まで隠れるような長いワンピースを来た子供の写真であった。
十歳ぐらいだろうか。
こちらに背を向け、顔は見えない。ふんわりとウェーブがかかった髪からちらりとのぞくうなじが妙に
何より目を引いたのは、肩から先の部分。
本来腕のある場所には――大きな翼が生えていた。
『あなただけの天使を』
紙の下の方に、そう書かれていた。
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