天使のたまごづまり

ももも

第1話 カササギ

 群衆をかきわけ荷車が進む。

 荷台には両手を後ろ手に縛られた女性が乗せられていた。

 二頭の馬にゆっくりひかれながら、彼女はコンコルド広場の断頭台に向かっていた。

 隣の父は一枚の紙と鉛筆を手に彼女をスケッチしている。

 何の飾りもない服。

 首をあらわにするためにザンギリに切られた髪。

 ピンと伸ばした背筋。

 彼女の家系に代々受け継がれてきたおちょぼ口。

 その姿を精密に写しとっていた。


 父と初めての旅路は、海を超えた隣国であった。

 ここに来る前に父は、処刑される元王妃を描きとめにいくと言い、それ以外のことは教えてくれなかった。

 自分の目で見聞きしなさいということなのだろうと、教わっただけで使ったことのない外国語で、たどたどしく周りの人にその元王妃のことを尋ねれば、誰もが悪口をまくしたてた。

 ――憎い隣国の敵

 ――国庫を破綻させた赤字夫人

 ――誰とでも寝る女

 それはもう、嵐のようであった。なので僕は本人を見るまで彼女のことを凶悪無比な極悪人だと思っていた。

 けれど、違った。

 目の前を通り過ぎていった、死を前に怯えるでなく覚悟を決めたその毅然きぜんな姿は、美しくさえあった。

 だから、父を真似て描いていた絵の空に天使をかき加えた。

 たとえ首がはねられても彼女の魂は救われますように、と。

 そこで初めて父は僕の絵を見て、とがめるような口調で言った。

「お前にはそのように見えるのか」

 首をふった。でも思ったことを素直に伝えると、父は静かにため息をつくように言った。

「我らの目は真実を見通す目だ。虚飾きょしょくをしてはならぬ。見たものをありのままに伝えるのだ。それがグレイ家に生まれた者の使命なのだ」

「……はい」

 天使を塗りつぶせば、父は満足そうな笑みを浮かべた。

 執行の時間はもうすぐそこまで迫っていた。

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