第2話 「神視」



「 貴方、きっと今何か問題を抱えていますよね、様子を見ていたんです。そんなお困りの貴方に、私たちは必ずお力になれると思いますよ… 」


怪しすぎる!!!さすがに!!!!


と、正常な判断ならそう思い、話を逸らすなりするが、しかし、この時の俺は残念ながら正常な判断などできはしなかった。

「本当ですか!」と食いついた姿勢を見せると、彼らはそれはそれは嬉しそうに、まずは我々の集会所に案内しますよ、と手をもむ。


きな臭さをほんのり感じつつも、消耗した心は、その強引な勧誘に手を引かれてしまう。

宗教の教祖の教えがいかに素晴らしいか、あのお方なら君の悩みも解決へと導いてくださる。と彼らの説明は、如何にもカルト的信仰であった。

美しい近代建築の宗教施設、白亜のような壁の、作り物めいた美しさ。鮮やかな造花、飾られた当たり障りのない風景画。


俺の必死さが、途端にアウェイに感じる程に


「最初は私も宗教なんぞ信じていなかったんだけどねぇ、教祖様のお力は本物だ」

「まさに救世主!教祖様は優しく正しく僕らを導いてくださる、僕より年下のはずなのに、本当に素晴らしい御方だ!」

「この宗教に入ってから勝ちまくりモテまくり、抜ける事なんて考えられません!」

「教祖様の肖像画を家に飾ってるんです、お姿にすら後利益がありそうで…」


だの、眉唾物の言葉が右往左往飛び交う事。

ここまで来て俺は、正直、ここには幸也探しとこの施設に関係はないだろうと、薄々感じ始めていた。

しかし入口には体格の良くいかつい黒服の男たちが門番とばかりに、出るな、と圧をかけている。


紹介された宗教団体は新興宗教しんこうしゅうきょうの《清浄会せいじょうかい

世界を清らかにするのが目的の団体…と、世間に公表しているが、

正直良い噂は聞かない、勧誘がしつこく荒っぽい、とか、国家転覆を企み危険思想を抱いているとか…そんな、所詮カルト宗教の類だという。

それらを今更思い出させてくれるなと心から叫びたいほど、こういった話に危機感の無い自分が情けない…


「教祖様が御姿をお見せになったぞ!!」


湧き上がる歓声、施設内の視線は一気に、教壇に立つ彼に向けられた。

その彼は、かつて、あの教室で見た、自殺したはずの人の良い優等生の姿をしていた。

そう、こいつは_____


朽葉くちはカルト…」


教祖と呼ばれた彼は、俺のその言葉に眉をピクリと動かした。


「すみません教祖様、彼はこれから入会する予定の新規の方で…」


おろおろと焦ったように説明をする、俺をここに連れてきた二人組。

スラっとした身の丈、シャープな切れ長の瞳、そしてあの時と少し印象の違う張り付いたような笑顔。

彼は、間違いなく例のあのクラスの同級生、朽葉カルトであった。

学業も優秀、誰にでも分け隔てなく接し、問題が起きても寄り添って解決してくれるそんな男。

しかし、今の彼は、俺をまるでゴミでも見るような軽蔑した眼差しで、


「新規入会者、ねぇ、ちょっとそこの君、ちょっとトクベツな話があるから…彼を相談室に連れて行ってくれ。そして、…そうだな、勿論、人払いも忘れずにね」


と、近くの側近に命令し、取り押さえられる俺を見ながら、目を細く、残酷に笑うのだった。






◇◇◇




「ボクも鬼じゃない、最後の言葉を選びなよ、幸いこの部屋は防音設備が行き届いている、好きなだけ喚くといい。」


連れ込まれた、窓のない無機質な部屋でぐるぐる巻きに拘束されたのち、朽葉は側近を追い出すと俺の口に貼られたガムテープをベリッと外した。


「お、おい。朽葉、な、なんで、お前も生きているんだ?お前だって、確かに死んだ筈だろう!教えてくれよ」


そう、こいつもかつて自殺した筈だ。然し、幸也と同じように生きて、動いて…

これは何かの手掛かりになると確信した俺は、解放された口で朽葉に質問を投げる。


しかし、それは、かなり、

とにかくうんざりした顔で、すげなくあしらわれた。


「はあ、話を聞かず今すぐ殺したっていいんだ、君に質問する権利があるとでも?君の事、覚えてるよ。如何にも自分は正義です~って顔で生きてるガッチガチのエゴイズムの偽善者。キミのそういうスタンス、大嫌いだったよ、真白正道くん。」


「…お前の事、そんな奴だと思わなかった…」


俺が知っている、朽葉カルトは、常に冷静に穏やかに皆をまとめ、言葉を荒げたり、問題を起こすことのない優等生。

ここにある話や今起きている状況、全てがなにもかも嘘のようで、信じられなかった。


「さて、お喋りはもういいかな?」


「ま、まて、そうだ!」


「そうだ?」


死への恐怖に脳を必死に回し俺の口から出たのはこのシチュエーションには頓珍漢なものだった。


「お前の過去の事、黙ってるし、名前も言わない!だから、お前がどうやって生き返ったのか、教えてくれ!」


ピタ、と朽葉の動きが止まった。


「…ふ、ふふふ」


それは、笑い声


「あははは、君って馬鹿だよ本当、あーあ、面白すぎるでしょ、この状況で、そんな僕が受けるメリットのない意味不明の取引持ち掛けてくるなんて」


心底面白くてたまらないと俺を嘲る。困惑し、口をパクパクさせるだけになった俺を見て笑いながら朽葉は続ける。


「でもまぁいいよ、クラスメイトのよしみだ生かしてあげよう。ただし、条件がある、になる事、簡単かつ壊滅的な方法だけど、今ここで死ぬよりマシなんじゃない?」


「ぐっ………それは…」


こんな奴が神として称えられるわけわからない宗教に正直入りたくはない。

しかし俺を見る奴の目は、まるでしつこく獲物を嬲る蛇のように恐ろしかった。


「君の口約束を信じて開放するより、君を壊す方がはるかに楽で、ボクは正直、どっちでもいいんだ。君が生きようが死のうが、さて、選んでよ」


自身の命との引き換えの、生か、死か。しかない残酷な取引だった。だから俺は、叫んだ。


「わかった、お前の信徒になる!なればいいんだろう!!」


「はい、言葉遣いがなっていないね、信徒らしく称える様に改宗宣言しろよ、やりなおし」


「…ッ!」


しかし、奴はそんな俺の葛藤をあざ笑うように一蹴し、ニヤけながら俺の顎を掴んで俺の反応を楽しんでいた。


「信徒にならせてください、お願いします…」


俺のか細い懇願を聞いて、朽葉はどこからか取り出したナイフでスッと俺を拘束していたロープを切りほどいた。


「まあいいだろう、ようこそ新規入会者くん。今日から君はボクの手足となる下僕だ、そのかわりに、ボクも、ただの教祖として君を導いてあげるからさ。」


後悔先に立たず。

もしかして、とはいわずとも明らかに、俺はとんでもない奴に見つかってしまったのではないか…?





◇◇◇



あの後、あれやこれや、入会手続きが行われ、晴れて俺は怪しいカルト宗教の信徒となってしまった。

もう根回しして君の住所も通ってる学校も全てわかってるから、つまり…どうすればいいかわかるよね?と恐ろしい念押しと共に分厚い教会戒律書を買わされ、

不安と恐怖と心労でへとへとになりながら帰り道を歩いている。


すると、何かの因果か、立ち止まった赤信号の先の道で静島の兄である静島幸助さんを見つけた。

兄の彼なら、静島の事を知ってるかもしれない、と思いこのチャンスを逃すわけにはいかない、俺は信号が青になった途端、彼の方へ全力で走り、声をかけた


「静島先輩!」


息も絶え絶えで、叫んだ俺に


「君は確か…幸也の友達の…真白くん…で合ってるかな?すまないが記憶力には自信が無くてね。」


と優しく俺の息が整うまで、彼は、大丈夫かい?と心配し俺の背をさすってくれる。

何か込み合った話があるようだから、と俺たちは近くの喫茶店で話すことになった。


カランコロンと扉に付けられたベルが鳴り、テーブルランプがぼんやりと光る奥の席に座る。

とりあえずと頼んだブラックアイスコーヒーが二つ置かれ、俺は前の席に座る彼に聞いた。


「弟さんの___幸也の事、なにか知りませんか。先輩」


「それは…どういう意味かな?」


眉を下げ、困った顔をする先輩、当然だ。俺がこれからするのは、まるで妄想や空想の事のような突拍子のない話なのだから。


「幸也が、何故か、生き返っているんです。俺、確かに参加した筈なんです、あいつの葬式に、おかしな話なんですけれど…本当なんです!」


「…すまない、君の言ってる話は正直いってかなり…信じがたい。でも、もし妄言じゃなく、真実なら…話を続けてくれ、けして他人事ではないからね。」


静島先輩は俺のまとまりのない話に、興味深そうに事細かに質問したり、時々その内容に難しそうな顔をしたり……

それでも理解を示すようにコーヒーを啜りながら俺の言葉を聞いていた。


「死者が蘇る、君の話が本当だと仮定すると、今頃国内は阿鼻叫喚のパニックになっている気もするが…何か、証拠になる物はないのかい?俺の弟が生きていた。という」


「それが…すみません、幸也に関してはすぐ逃げられたので…もう一人の事も…口止めされていて…でも、本当なんです…信じては…頂けないかもしれませんが…」


「わかった、何か詳しい事がわかったら、また連絡してくれ、これは俺のアドレスだから…」


と、店の紙ナプキンにさらさらと電話番号を書き、俺に手渡す。

俺はそれを受け取り、ポケットに入れた。


「そういえば、それ、飲まないのかい?」


語るばかりで、すっかり忘れられていた冷めたブラックコーヒーは、苦く、飲めたものではなかったが、

先輩がそんな俺にクスっと笑って、無理しなくていい、と店に備え付けのミルクとガムシロップを勧めてくれたおかげで…

少し気恥ずかしいながらも、なんとかそれを飲み干せた。


ここは年上の俺が奢るよ、とスマートに会計を済ませる先輩。

ああ、そりゃ女子にモテるであろうな、とただの一般男性の俺が思う程、完璧な人だと思う。

帰り道が逆方向だったので、先輩とは店の前で別れた。



歩くこと数歩、ポッケに入れていたスマホがブルッと振動し、メッセージアプリを開く。

それは真優子からだった。意訳すると

《 最近全然恋人らしい事してないじゃん、別にいーけど、偶には彼女のこと構いなさいよ 》という内容で、最近路地裏付近を徘徊するという、不審者まがいのような行動しかしていなかった俺には耳が痛いものだった。


偶には息抜きも必要だよな……と反省し、夏だし海にでも連れて行ってやるか、と約束をした。

今日は散々な事ばかりだったが、彼女の可愛いわがままに、単純な俺は少し元気を取り戻した。




《 世壊視 第二話 神視 終 》

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世壊視 鷲津守 @washizukami

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