第404話 『思い出(ないとめあ)』 Side:アリン・モルダーク






 全力で廊下を駆け抜けた私は、急いで自分が休んでいた休憩室へと戻って来た。

 そして、仮眠の為に横になっていたソファーの傍にあるテーブルの上に脱いでいた防具の存在を確認して――その場に蹲る。


「うぅ……み、みっともない姿を見られてしまった……」


 部下たちの愚かな行動を見て頭に血が上り、怒鳴り散らした事もそうだが、こんな裸同然の姿を見せてしまう事になるなんて……引かれたに決まっている!!


「……シーラネル様の大切なお客様の前でこんな恥を晒す事になろうとは……面目の次第もない」


 これがきっかけで、もしもお客様が帰ってしまうような事態になったら……っ。

 急ぎ着替えを済ませ、謝罪をしに行かなくては!!


 そう決断した私は素早く防具を身に纏い、今度は自分の身体を良く観察して異常がない事を確認してから廊下へと出た。

 恐らく今頃はシーラネル様をお祝いする為に用意されたプライベート用の会場に移動している頃だろう。ならば、訓練場を経由して向かった方が早い。


 私は近道をする為に王宮の訓練場へと向かい走り出した。


「それにしても――本当に強い御方なんだな」


 会場に向かいながらも思い浮かぶのは、シーラネル様のお客様である一人――ラン様の事だった。


 あの時、部下の行動を目撃した私は怒りのあまり普段は抑えている力を解放してしまった。私が本気の身体能力で部下たちと訓練をすると、部下たちでは私を捉える事も出来なくなってしう。それ程に私と部下たちとではステータスに差があり、己惚れている訳ではなく騎士団の副隊長になれるくらいには強いと自負していた。


 そんな私の動きを――あの御方は当たり前の様に目で追っていたのだ。

 恐らく最初から……私を視界に捉える前から気づいていたのだろう。

 私がラン様を視界に捉えた時には既に見られていた。


 つまり、私と部下たちの様にそれ程までにラン様と私の間には………。






――――あははっ。






「っ……」


 背後から聞こえて来た笑い声に、思わず私は足を止めて振り返る。

 しかし、そこには誰も居ない。


 はぁ……はぁ……。


 誰も居ないと言う事実を理解した瞬間に私の心臓の鼓動は早まり、昼でも灯りが付いている筈の廊下が暗くなっていく……。


『――――つよいねぇ? こわいねぇ? またいたいことされちゃうかもしれないね?』


 また後ろから、それも先程よりも近い距離で聞こえて来た声。

 振り返ってもやっぱり姿は見えない。

 しかしながら、その声には聞き覚えがあった。


 否定しないと……。

 あの御方は……ラン様は、シーラネル様を助けてくれた恩人なのだから……。


「はっ……はっ……ち、ちが、うっ……あの御方は、そんなこと『――――どうしてそういいきれるのぉ? ありんちゃんはあいつのこと……なぁ~んにもしらないのに』……っ」


 足が震えて、その場に立って居られなくなる。

 この声を聞くだけで私の心は恐怖に染まり、冷や汗が流れ出てその場から動けなくなっていた。

 なんで……しばらく見ていなかったのに……どうして、こんな時に……。


『――――ねぇねぇ。どうして、ありんはあいつをかばったりしたのぉ? あいつとはともだちでもかぞくでもないのに』

「そ、れは……」


 シーラネル様は……あの御方に助けられて……だからきっと、悪い人ではないと……。


『――――ふ~ん…………あはっ! わかっちゃった~!!』

「ぁ…………」


 暗くて、歪んでいて、目の前すらよく見えない廊下。

 だけど……それは、その存在だけは、はっきりと私の視界に映ってしまう。


 歪んだ視界のその先にどろりとした赤い液体が天井から垂れて来る。そしてその赤い液体を浴びる様にしながら私の方へと歩いて来るのは――――幼い頃のワタシだ。


「――――あははははっ! そっかそっか! そういうことだったんだぁ?」

「いや……やめて……」


 先程よりも鮮明に聞こえる声は、目の前のワタシから発せられてる。

 私は立ち上がる事の出来ない足に力を入れようとするが、そんな私を嘲笑うかの様にワタシは二タニタとした笑みを浮かべながら話し掛けてくる。


「――――ねぇねぇ、ありんちゃん」

「だめ……来ないで……!」


 歪んだ視界の先で、ワタシが小さな体を揺らしながら前へと進み……とうとう、私の目の前まで来てしまった。


 ああ、その服。

 あの日、あの時、私が攫われた時と同じお姫様みたいだと思っていた白いワンピースドレス。


 でも、そこにはあの綺麗だった面影は一つもない。

 噛まれて、引っ掻かれて、斬られて、ボロボロになったドレスは……真っ赤に染まっていた。


 そうして私は思い出す。

 あの惨劇を。

 あの痛みを。

 あの悲しみを。

 あの惨たらしい死体を。

 私の所為で死んでしまった――あの女性の事を。


「――――これ? わかる?」

「……ぁ……ああああああああああっ!? いやっ!! いやぁああああああ!!」

「――――あはははっ! そっかぁ~やっぱりこれのこと、おぼえてたんだねぇ? わすれられなかったんだぁ?」


 目の前に居るワタシ。

 血に塗れた顔で私を見つめるワタシ。

 そんなワタシが、右手で掴んでいるのは――――あの時、熊に引きずられていった筈の女性の亡骸。


「ごめんなさい……ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃ……」


 光を失った瞳で私を見つめるその亡骸に、私は額を地面へとぶつけて何度も何度も謝り続けた。

 しかし、そんな私を見下ろしていたワタシが……突如私の髪を掴み上げてくる。


「いっ……!?」

「――――ねぇ、ありんちゃん」

「っ……?」


 普通に考えれば、防具をつけた私を小さな腕では持ち上げる事なんて出来ない。

 だからこそ、私は理解する事が出来た。


 これは――――覚める事のない悪夢の続きなのだろうと。


 そして、私の悪夢の象徴であるワタシが下に向けていた顔をゆっくりと上げていき……そのドロドロとした光の宿る目で真っ直ぐに見つめて来た。


「――――もしかしてぇ……じぶんだけたすかろうとしてるぅ?」

「ひっ……ぐすっ……ごめん、なさぃ……」

「――――にげちゃだめだよぉ……しーらねるさまがたすかったのをみて、きたいしちゃったんだぁ?」


 怖い……逃げなきゃ……逃げなきゃ……。

 私は必死に頭を振りかぶり、ワタシから逃げる為に背を向けて地面を這う。力の入らない体を引きずりながら、それでも遠くへ……ワタシが居ない場所へ逃げたくて泣きながら這い続けた。


「――――へぇ……そういうことするんだぁ……ま、いいけどね~?」

「うっ……うぅ……!!」


 何故か私を捕まえる事はなく、ワタシの声が後方から聞こえて来る。

 そんな声に耳を傾けることなく、私は必死になって前へ前へと這い進んで行った。


「――――でも、これだけはわすれちゃだめだよ? ありんちゃんをまもれるのは……ありんだけなんだから」















「ぜぇ……ぜぇ……ひぐっ……うぅ……」


 気づけば私は、目指していた訓練場へと辿り着いていた。

 いつの間にか視界も元通りになっていて、もうワタシの声も聞こえない。

 それでも、私の心に沁みついた恐怖は消えることはなく……いまも体には力が入らない。


「……ごめん、なざいっ……ごめん、なざぃ」


 誰も居ない訓練場。

 その中心地点で体を丸めた私は――しばらくの間、子供の様に泣きじゃくる。


 私の心に沁みついた罪。

 前触れもなく現れたワタシは――守る側ではなく、守られる側なのだと突き付ける様に終わらない悪夢を見せ続けるのだった。











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混沌世界の漆黒の略奪者~略奪から始まる異世界ライフ!~ 炬燵猫(k-neko) @sorano05

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