第403話 お兄さんとの約束だぞ!






 ウォルトが立って居た場所に、今はアリンさんが立って居る。


「……ッ!! モ、モルダーク副隊長!?」


 事態に気づいたウェールズがそう叫んだのは、ウォルトが蹴り飛ばされ数秒の沈黙が経ってからの事だった。

 そしてそんなウェールズの声に答える事なく、アリンさんは蹴り飛ばしたウォルトを睨みつけていた。


「おい、貴様。客人であるあの御方に――何をしようとした?」

「ひっ……」

「……ウェールズ!!」

「はっ!!」

「副隊長補佐である貴様が居るというのに、この有様はなんだ!? 部下の手綱すら握れないのなら、副隊長補佐などやめてしまえ!!」

「も、申し訳ございません!!」


 激情。

 音もなく忍び寄る蹴撃とは真逆の怒鳴り声。

 性別をものとも言わせぬその怒声に、騎士団の面々は直立不動のまま動けないでいる。

 それくらいにアリンさんが騎士団にとって逆らう事の許されない存在であると言う事なんだろう。副団長って呼ばれてたしな。


 それにしても……。


「程よい肉付き、筋肉はついているが女性特有の柔らかさは隠せていない。うむ、実にお前好みの女だな」

「いや、そうじゃない。寧ろそこに関しては俺がコメントをする訳にはいかないと思ってスルーしてた部分だから……」


 グラファルトが余計な茶々を入れて来た所為で避けようとしていた視線がそこへと移動してしまう。

 ……なんでアリンさんはあんな下着同然の姿で登場してきたのだろうか? 少し……いや、かなり目のやり場に困る!

 心なしか騎士団の連中も顔を赤くして――ないな、めっちゃ血の気が引いてるわ。ごめん、そういえば君たちはそれどころじゃなかったんだな……逆にそういう目でアリンさんを見てしまった俺が恥ずかしいわ!


 ああ、シーラネルでもルタットさんでもいいから、早く誰か注意してあげてほしい……。


 って、俺が気になってたのはそっちじゃなくて!


「――あの娘が持っている剣が気になるのか?」


 今度は茶化してくる事なく、ちゃんと俺が求めていた答えを言ってくれた。

 グラファルトが言うように、俺はアリンさんが右手に握っている剣が気になっていて、思わず凝視してしまっていたのだ。……断じてスパッツを見たりなんかしてない。断じて。


 全てが血の様な赤色で染まったショートソードくらいの長さの剣。でも、ただ赤色に染まっているという訳ではなく、例えるならガラスで出来た中が空洞になっている剣。その空洞部分に不均一な赤い液体を流しいれている様な……まるで剣が脈打つ様に見える不思議な剣だった。


「あれって魔法剣なのか?」

「原理としては概ねそうとも言えるが、正確に言えば違う。恐らくだがあれは……"血統魔法"と呼ばれている代物だな」

「"血統魔法"か。フィオラの授業で習った気がするけど……見るのは初めてだな」

「まあ、それは仕方がないだろう。常闇達"六色の魔女"は"血統魔法"を使えないし、そもそも"血統魔法"自体もかれこれ数百年前から失われつつある魔法系統だからな」


 グラファルトの話はフィオラからも授業の一環として少しだけ聞かされていた。


 フィエリティーゼにはいくつかの魔法系統が存在する。


 フィエリティーゼの誰しもが魔力と知識さえ持っていれば発動することができる"通常魔法"。

 神の恩恵を授かり神属性の魔力を宿す事で行使することが出来る"神聖魔法"。

 世界に存在する精霊と心を交わし、その力の借りて発動する"精霊魔法"。

 そして――宿す魔力が魔力回路を通らずに血管を通って血液と共に体内を巡る仕組みをしている者が稀に発現する"血統魔法"。


 細々としたものを省けば、大体こんな感じだ。

 ちなみに使える人の多さは”通常魔法”、”精霊魔法”、”血統魔法”、”神聖魔法”の順になっている。”神聖魔法”に関しては存在しないと言った方が良いかもしれないくらいで、条件付きでミラ達六人が使えるだけだ。【神託】を持っているシーラネルでも自分の意思で使う事は出来ない。

 俺やグラファルトも使えない事はないらしいのだが……ミラ達から全力で止められている。と言うか『もし使ったら……ね?』と脅されています。目がマジだった。


 だから、必然的に”神聖魔法”は除外されて”通常魔法”、”精霊魔法”、”血統魔法”と言う順番になり、三つの中でも”血統魔法”は”神聖魔法”とはまた違った意味で特殊だったりする。


「確か”血統魔法”って、本来生まれながらにして魔力回路を通り体内を巡回する筈の魔力が、血管を通って巡回しちゃっている状態の人しか使えない魔法なんだろ?」

「そうだ。先天的な体の特異性で、まずその構造をしている人間自体が少ない。普通なら魔力が巡回する場所が魔力回路から血管へと変わっただけであり、日常生活にはなんら影響を与えないのだが……稀に魔法に関して異変が生じる人間が居るのだ。その異変の正体こそが”血統魔法”であり、あの副団長の娘が持っている剣は間違いなく”血統魔法”だ」


 そう言いながらグラファルトが見つめるのは、怒りを隠す事なくウォルトを睨み付けているアリンさんが持つ剣だ。


「”血統魔法”は必ず触媒として自身の血液を使用するのだ。その影響はあの剣を見ればわかると思うが、見た目に大きく現れる。分かりやすく言うのであれば、あの剣は自身の血液と魔力から生み出した変幻自在の武器という訳だ」

「うーん、それって極端な話ではあるけど魔法剣に血液を混ぜただけなんじゃないか?」

「まあ知らない者から見ればそう思えるかもしれないが……その能力は桁外れだぞ? それに、あの剣は”血統魔法”のであって全てではない。あの娘の一族がどれほどの種類の”血統魔法”を扱えるのかは分からぬが、あの娘はまだまだ伸びしろがある。クククッ、中々に面白い事になって来たなぁ」


 出来れば他の”血統魔法”についても知りたかったんだが、アリンさんを見つめるグラファルトが獰猛な笑みを浮かべ始めた段階で諦めた。この戦闘狂め。

 グラファルトが獰猛な笑みを浮かべた時は間違いなく戦闘狂の血が騒いでいる時であり、こうなると殆どこっちの話を聞いてくれなくなる。寧ろ変に絡み続ければ『身体の疼きを鎮める為に戦え』と、意味不明な理由で喧嘩を吹っ掛けられるから放って置くのが一番なのだ。

 まあ、流石にアリンさんに絡み始めたら止めるつもりだけど、しばらくは様子見だな。


 グラファルトの表情を見て溜息を溢しながらも、アリンさんの方へ視線を向ける。

 どうやら俺とグラファルトが話し込んでいる間に騎士団に対する叱責は終わっていた様だ。今はシーラネルとルタットさんがアリンさんの傍へと駆け寄り話し込んでいる。


「っ!?」


 あ、今になってやっと気づいたんだなぁ……自分が防具をつけてない事に。

 その長い赤髪と同じくらい赤面したアリンさんが、キョロキョロと視線を動かして――そして、俺と目が合った。


「…………きゃあああああっ!!」


 俺と目が合った瞬間、その瞳に涙を浮かべて胸元を隠しながら悲鳴を上げて逃げ出すアリンさん。

 恥ずかしい思いをしたアリンさんには申し訳ないけど、ちょっと可愛いなって思ってしまった。


 さっきまで凛とした佇まいだった女騎士が羞恥に顔を赤くする……ありだな!


「――あらぁ、随分と鼻の下を伸ばして……楽しそうね?」


 ……嘘だろ?


「ミラスティア。こっちはグラファルトを捕獲しました」

「あら、お疲れ様。こっちも直ぐに……ね?」


 いや、ちょっと待って欲しい。確かにちょっとアリンさんに見惚れてはいたけど、それは男としてはどうしようもないことで……あ、はい。関係ないですよね――――せめて優しくお願いします!!


 壁にぶつかり意気消沈していたウォルとも、さっきまで直立不動で動く気配すらなかったウェールズや騎士団の連中もいつの間には姿を消していた。


 そうして残るはオロオロと落ち着きなくこちらを伺うシーラネルと、私は何も見ていませんと言わんばかりに目を閉じているルタット。


 ファンカレア?

 あの女神様はちゃんと居るよ…………目が笑っていない笑顔で俺とグラファルトを見下ろすミラとフィオラの後ろにな!! 裏切者ーー!!


 人様の王宮の通路で正座させられて、二人の怒りが収まるまで滾々と説教をされる俺とグラファルト。


「いや、でも我はそこまで怒られる様な――」


 あ、バカ!! そんなことを言ったら火に油を注ぐのと一緒で……。


「ふ~ん?」

「へぇ~?」

「「……大変申し訳ございませんでしたぁ!!」」



 こうして、俺とグラファルトはミラとフィオラが満足するまで正座をさせられお説教を受け続けた。


 シーラネル……お誕生日おめでとう。

 こんな怒られてばっかの人間になっちゃダメだぞ?

 いま、君の目の前で繰り広げられている光景を焼き付けて人生の教訓にするといい。こんな大人にはなっちゃいけないと。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る