第402話 揺れる赤髪、防具は何処へ?





 王宮の通路で固まったまま動かなくなってしまったシーラネル。そしてそんなシーラネルを見て満足そうに笑顔を見せるファンカレア……その間に挟まれた俺はどうしろと?

 というか、ファンカレアが姿を隠してる所為でシーラネルが固まった原因が俺になりそうな予感!!



「あの、シーラネル様……どうかなさいましたか?」

「な、何でもありませんっ。ごめんなさい、ルネ。気にしないでください」

「は、はあ……分かりました」


 驚きのあまり背後に振り向いてしまったシーラネル。そんなシーラネルの挙動に、俺達の後方を歩いていたルタットさんが心配して声を掛けた。ルタットさんと目が合った事ではっとした表情をするシーラネルだったが、直ぐに表情を変えて笑みを作り正面へと向き直る。


 うん、見事な笑みだとは思うけどあのメイドさんは誤魔化せてないんじゃないかな? さっきから俺の背中に突き刺さる疑惑の視線がぁ……!!


 メイドのルタットさんからの視線に冷や汗を流していると、落ち着きを取り戻したシーラネルが俺の傍へと寄って来て、小さな声で謝罪してきた。


「す、すみません……つい……」

「あはは、大丈夫大丈夫……(ちょっと後ろが怖いけど)。とりあえず、ファンカレアの件はお誕生日会の会場に着いてからって事でよろしくね。ファンカレアにもそう話してあるから」

「はい、分かりました」

「あ、そうだ。会場に着いてからも言うと思うけど一先ず……シーラネル」

「はい、なんでしょうか?」

「――お誕生日おめでとうっ」


 きょとんとしていたシーラネルの青い瞳を見ながら笑顔で"おめでとう"と言うと、シーラネルはその頬を桜色の髪よりも赤くさせてしまった。


「あ、ありがとうございます……ラン様に直接祝って頂ける日を、本当に待ちわびていました……私はいま、幸せですっ!」


 顔は赤いまま、その青い瞳を潤ませたシーラネルはそう言いながら本当に嬉しそうな笑みを浮かべる。上品に、でも僅かに幼さを残したその笑顔を見て、何故か俺は安心感を覚えていた。


 その謎の安心感の訳を考える。

 俺に笑顔を向けるシーラネルの顔を見ながら考える。

 そうして導き出された答えは……やっぱり初めて出会った時の事だった。


 もうあれから四年以上の歳月が流れた。

 初めて会ったシーラネルは怯えていて、監禁されていた事もあり精神的にも肉体的にもボロボロの状態だった。まだ幼かったシーラネルにとって、あの騒動はトラウマを抱えてしまってもおかしくは無いくらいの出来事だっただろう。


 しかし、シーラネルは今こうして笑っている。

 あの辛かった出来事を乗り越えて、立派に成長し王女として俺の前に立っている。


 そんなシーラネルの成長した姿を見て、嬉しくないはずがない。そして何よりも、笑っているシーラネルを見て元気そうで良かったと、心から安心できたんだ。


 胸の奥から湧き上がって来る安心感の理由に気づいて、自然と笑みがこぼれてしまう。そうして俺はゆっくりと左手を動かして、シーラネルの頭に乗せてその桜色の髪の上から撫でた。

 急に撫でた所為でシーラネルが一瞬だけびくっと体を跳ねさせたが、それも直ぐに治まって「あっ……うっ……」と小さく声を漏らしている。もしかして嫌だったかなと不安になったが……顔を真っ赤に染め上げながらも、口元には笑みが浮かんでいたので問題なしと判断した。


「良かった」

「へっ? な、な、何がですか!?」


 俺の言葉に必死に返してくれてはいるが、撫でられているのが気になるのか上擦った様な裏返った様な声になっていて、なんだかその反応が可笑しくて自然と笑い声が漏れる。


「あはは、シーラネルが元気そうで良かったって事。実はさ、ちょっとだけ心配だったんだ。シーラネルを死祀ネクロから救う事は出来たけど、その後は俺も森から出る事は出来なくて、シーラネルの心のケアまではしてあげられなかったから」

「ラン様……そこまで考えて下さっていたんですか?」


 先程までとは違い、はっきりとした口調でそう言うシーラネル。その顔は驚愕に染まっていて、俺の言葉に驚きを隠せないでいる様だった。


「そりゃあ考えてたよ。初めて出会った時のシーラネルはまだ幼くて、小さくて、軽くて……それなのに、俺たち転生者の馬鹿な行動に巻き込んでしまった。本当に申し訳なかった。心に大きな傷を負ってしまっているんじゃないかと心配だった。でも、ミラやフィオラから”大丈夫”って聞いてたから、結局俺からは何も出来ないし、ミラ達の言葉を信じて今日まで過ごしてたんだ」

「そ、そうだったんですか……」

「うん。だから……シーラネルが元気そうで、本当に良かった」


 そうして、今度は少しだけ力を込めてわしわしとシーラネルの頭を撫でる。シーラネルの髪はキラキラと艶やかに輝きを放っていて、俺が撫でる度に桜色の髪が揺れて煌めいていた。


 やっぱり王族にもなると、身だしなみも整ってるし清潔感があって綺麗なんだなぁ。


 ぽかーんと呆けた様な顔をしているシーラネルを見ながらそんな事を考えていると……突然、シーラネルがポロポロと涙を流し始める。


「ちょっ、シーラネル!?」

「あ、あれ……私、なんで……」


 自分でも涙を流している理由が分からないのか、シーラネルはぽつりとそんな言葉を溢した。

 普通ならシーラネルが泣き止むまで待てばいい話なのだが……今はそうはいかない。忘れてはいけないのが、現在俺達の背後にはシーラネルの従者であるルタットさんと、シーラネルの護衛である騎士達が居るのだ。


 当然ながら、歩いていた足を止めてその場で涙を拭い始めたシーラネルに気づかない訳がなく……。


「シーラネル様!? どうされたのですか!?」

「おい、貴様!! シーラネル様に一体何をしたんだ!?」

「許さん!! 幾らシーラネル様の客人と言えど、容赦はしないぞ!!」


 まあ、そうなりますよね……。


「ちが、違うんです……!! 私が……」

「シーラネル様、此処は危険です。とりあえずは騎士達の背後へ」

「ルネ!! 違うんです!! 私はただ――」


 ここでシーラネルから誤解を解いて貰うのが一番手っ取り早いのだが、残念なことにシーラネルの身を案じたルタットさんによってシーラネルは連れて行かれてしまった。くっ……気配を断つのが上手い! 絶対ただのメイドじゃないだろう!?


 そうして残ったのは険しい表情を俺に対して向けて、腰に携帯していた剣を抜刀し立ちはだかる騎士達。その態度を見るに俺が何を言っても聞いてくれそうにはない。


 とりあえずオロオロとその場に立ち尽くしているファンカレアをさりげなく引き寄せて背後へと移動させ、俺とグラファルトはファンカレアと入れ替わる様に一歩前へと踏み出した。


 そんな俺達の行動を見て、騎士達は更に警戒を強めている。騎士達の後方ではシーラネルとルタットさんが何かを話している声が微かに聞こえるが、今すぐにでも襲い掛かって来そうな騎士達の方が気になって何を話しているのかは分からなかった。


「――何だか面白い事になりそうだな」

「この状況でそんな事を言えるお前の神経を疑うよ……」


 ふと聞こえて来た声に反応して左隣りを見れば、ニヤニヤとした笑みを浮かべてたグラファルトが軽く右腕を回してほぐしている所だった。


 ……いや、楽しそうにしてる所申し訳ないんだけど、戦わないからな?


「では、実際問題この状況をどう打破するつもりなのだ? どう見てもあ奴らは我らの話を聞くつもりは無い様に見えるが?」

「うーんまあ、そうなんだけどさ。なるべく争う様な事はしたくないんだよなぁ……まあ、駄目元で話してみるよ」


 グラファルトの頭を軽く撫でてから、俺は両手を肩位の高さまで上げて一歩前に進む。

 まあ、近づこうとした事で騎士達が剣を構えてしまったけど、とりあえず敵意がない事を示しながら俺は説得を始めるのだった。


 俺が原因ではあるのだが、シーラネルが泣き出してしまった事によってシーラネルの護衛の騎士達が携帯していた剣を俺に向けてくる。


「……あのー、とりあえずその剣を下ろしませんか?」


 俺にしては珍しく敬語を使ってみたのだが、結果は失敗。


 カチャ。と言う音を立てて騎士達は剣をいつでも振れる体勢に。

 更にフルヘルムを着けている騎士の一人がわなわなと体を震わせたかと思うと、いきなり俺の方へと向かって飛びかかろうとして来たのだ。


 あー、やっぱりそうなるかぁ……と、ちょっと面倒に思いながらも飛びかかろうとする騎士を見やるが、その騎士が俺に斬りかかる事は無かった。フルヘルムを着けていない騎士達の中で一番強そうな男が、飛びかかろうとする騎士の前に剣を振り制止したのだ。


「なっ!?!? ウェールズ副隊長補佐!! 何故止めるのですか!?」

「……何故だと? 部下が職務よりも感情を優先しているのに、それを上司である私が止めないとでも思っているのか? 命令だウォルター、下がれ」

「……ッ」


 フルヘルムの騎士の一人……ウォルターと呼ばれている男が副隊長補佐らしい男……ウェールズへ顔を向けてそう叫ぶ。しかし、そんなフルヘルムの騎士の発言をファルド・ウェールズは一蹴し、下がる様にと命令した。

 ……ルタットさんみたいに俺の正体やシーラネルとの関連性が確立していない段階での警戒や敵対、それに準ずる態度だったとしたら敬意を表する事をやぶさかではないが、この騎士達には申し訳ないが無理だな。そういう訳で今後は敬称も敬語も不要だろう。


 ウォルターはウェールズに命令されると、逆らう事は出来ないのかゆっくりと後ろへと下がっていく。但し、俺に向けられる殺気は未だに強いままだ。うん、お前は完全に敵対者だな。グラファルトを解放しちゃおうかな?

 流石にシーラネルが泣いてしまったと言うだけでそこまで恨まれるのは納得がいかないのだが……俺が何をしたと言うのだろうか?


 騎士達の人数は八人。

 副隊長補佐であるウェールズ、その後ろにやたらと強い殺気を向けて来るウォルター、そして後は殺気ではなくそこまで強くない敵意を向けて来る同じくフルヘルムの六人だ。


 別に負けることはないだろうけど……やっぱり戦わないといけないのかねぇ?


 俺が今後の展開を想像して鬱々としていたその時――――その声が聞こえてきたのだった。


(――ちょっと。もう王宮に居るのよね? 一体何をしているのかしら?)


 そう、俺がいま最も恐れていた声……ちょっとだけ怒っている様なミラの声だ。


(あ、いや、その……ですね……)

(……分かったわ。いえ、詳細は分からないけれど、何かをやらかしていると言う事は分かったわ。良いから早く全てを話しなさい)

(あ、はぃ……)


 俺が言いづらそうにしているのに気づいた途端、ミラは淡々と俺に対してそう念話を送って来た。直ぐ側にミラが居る訳でもないのに、まるで後ろから睨み付けられている様な感覚に陥り身体中に悪寒が走ったのを感じた。


 そこから俺は未だにウェールズに対して「行かせてください!!」、「私があの男に負けるとでも思っているのですか!?」などと詰め寄るウォルトの声を聞きつつ、ミラに状況を説明。

 説明を終えるとミラは溜息を吐き、直ぐに行くわと言って念話を終えた。



 ――俺とグラファルトのお説教が決まった瞬間である。


「どうしたのだ? 言っとくが、我にも半分は譲ってもらうからな!」


 嬉しそうに笑みを浮かべているグラファルトを見て、なんだか悲しくなってきた。

 ただ、告げないわけにもいかないので笑みを浮かべているグラファルトに「……ミラ、ネンワ。スグ、クル」と告げると、グラファルトは顔を直ぐに青ざめて大きくその肩を震わせ始めた。そして小さな声で「屋根……屋根なのか……?」と呟く。

 ……正確には屋根を破壊した件ではないのだが、敢えて何も言わずにグラファルトの右肩に手を置いた。



 安心しろ。

 死ぬ時は一緒だ。



 こうして俺はグラファルトと共にミラからお説教される事が決定した訳だが。お説教が決定した事によって、なんか目の前で騒ぐ騎士達との関係性とか、今後の事を思ってこちらは穏便にとか、一生懸命に打開策を考えるのが面倒に思えて来た。


「……なんか、もうどうでも良くなって来たな。あのウォルトとかいう騎士は未だに俺に殺気を向けて来るし」

「……我もいい加減チクチクと鬱陶しい視線にはうんざりしていた所だ」

「――あ、あの、二人とも? 強硬手段に出るのは駄目ですよ?」


 俺とグラファルトの呟きに対して小さな声でそう告げるファンカレアは、俺とグラファルトの間に立って俺の左腕とグラファルトの右腕をギュッと抱える様にして掴んでいた。多分、俺とグラファルトが騎士達へ殴り込みに行かない様にする為なのだろう。

 そんなファンカレアを余所にグラファルトと俺はと言うと、遠くない未来に起こるお説教から現実逃避するかの様に乾いた笑みを溢し続けていた。



――多分、その乾いた笑みが良くなかったんだと思う。



「ッ……貴様ぁ!! 私を愚弄する気かぁぁぁ!!」

「やめろ、ウォルト!!」


 俺の顔を見たウォルトが激昂し、ウェールズの制止を振り切って飛びかかって来た。

 後ろから追いかけるウェールズよりも早く俺の直ぐ側まで近づいて来たウォルトが、両手で握りしめていたショートソードを頭上へと掲げて俺にめがけて振り下ろす。

 そんな光景を前にしても俺は特に慌てる事無く、周囲を見渡すくらいの余裕があった。


 慌てた様子でこちらへ駆けるウェールズ。

 何が起きているのか分かっていない様子で立ち尽くす騎士達。

 そんな騎士達をどかす様にして現れたシーラネルとルタットさんは、ウォルトが俺に斬りかかる姿を見て真っ青になっている。


 グラファルトに関しては「これで暴れられるなぁ」と呟きながらファンカレアに拘束されていない左手で拳を作っていた。……お前は本当にぶれないな。


 ファンカレアはファンカレアで、俺とグラファルトの腕を放そうとはしないものの「藍くんに対して明確な殺意を向けるだけではなく、剣を振り下ろすなんて……」と黒いオーラが見えそうなくらい怒った声音で呟いていた。いや、ファンカレアさん……握っている左腕がですね、物凄く痛い!! 折れちゃうから!! ウォルトくんの攻撃よりも痛いことになりそうだから!!


 あ、一応言っておくと俺の中に居るウルギアや黒椿、トワなんかも凄く怒ってたりしている。ウルギアなんかは”私が処分します”と恐ろしい発言を繰り返しているので”絶対に出で来ないでください”と敬語でお願いしておいた。守りたい、この異世界を。


 でも、こうなってしまってはもう駄目だよな。

 剣を向けられて警戒されていただけならまだしも、こうも明確な敵対行動をされてしまっては大人しくしている訳にはいかない。

 ミラが来る前に行動を起こしても良いものなのかちょっと……いや、かなり迷ったけど、ショートソードを粉々に砕くくらいなら文句を言われないだろう。イイですよね!?


 そう判断して、俺はいままさに自分の頭に振り下ろされそうになっているショートソードに手を伸ばそうとしたのだが――その手がショートソードへ届くことはなかった。

 俺が手を伸ばした直後に前方……正確に言えばシーラネルよりも後方から、一瞬にしてウェールズを追い越してウォルトの背後にまで接近して来る人の気配に気づき、伸ばそうとした手を引っ込めたのだ。


 俺が手を引っ込めたとほぼ同時くらいのタイミングで、ウォルトのショートソードがウォルトの真横から上に向けて振り上げられた斬撃によって真上に吹っ飛ぶ。


「なっ……ぐぁっ!?」


 一瞬の出来事に何が起こったのか理解できていない様子をウォルトだったが、思考が追い付く間もなく左の脇腹を真横に居た人物によって蹴り飛ばされ、くの字になって通路の壁へと吹っ飛んでいった。

 ちなみに、俺に振り下ろされていたショートソードが吹っ飛ばされてから、ウォルトが通路の壁に蹴り飛ばされるまでに掛かった時間はほんの数秒にも満たないくらいである。

 ウォルトを蹴り飛ばした人物は結構強いみたいだ。……ファンカレアを挟んで左側に居るグラファルトが大喜びである。


 普通の人間からしたら、何が起こっているのかを理解するのは難しいだろう。この中で今の出来事について理解できているのは俺、グラファルト、ファンカレア、そして――ウォルトを蹴り飛ばした張本人くらいだと思う。


 炎の様に毛先に行くにつれて明るくなっている赤い髪を結ぶことなく靡かせる女性。

 その右手には柄から刀身に至る全てが血の様に赤い剣を握り、女性――アリンさんは、そのオレンジ色の瞳孔で痛みに顔を歪ませるウォルトを睨み付けていた。




 ――半袖の肌着に太もも丈のスパッツという上下黒一色の服装で。


 いや、あの……防具はどうしたんですか?




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