第401話 剥ぎ取りたい、その羽衣。





――闇の月25日 午後3時頃。



 全力疾走したお陰で俺とグラファルト、そしてファンカレアの三人は何とか大きな遅刻をせずに到着できた。

 とは言っても城門前に辿り着いただけだから、お誕生日会の会場には着いてないけど……お叱りを受けそうなミラ達には必死に謝れば許して貰えると信じてる。


 最悪の場合はグラファルトを生贄にすればいいしな。大量に人様の家の屋根を破壊して行ったグラファルトへ矛先を向ける作戦に移ろう。


「おい、今何か良からぬ事を考えただろう?」

「……別に?」

「嘘を吐くな!」


 俺の思考を読む様に訝し気な眼差しを向けて来るグラファルトがそう言って来た。

 自分の危険に関わる事柄になると妙に勘が鋭くなるのは何なんですかね?

 そんな目で見て来ても駄目です。生贄はお前だ!!


「くっ……お前は我を愛しているのではないのか?」

「グラファルトは俺と同じで頑丈だから大丈夫かなって思って」

「確信犯じゃないか馬鹿者が!!」


 はっはっは、愛するグラファルトだとしても俺はお説教から逃れる為ならば迷うことなく差し出す! 

 絶対後でグラファルトに殺されるとは思うけど、精神的に延々と長時間正座で怒られるよりも、猪突猛進……いや、竜突猛進なグラファルトと殴り合っていた方がまだマシだ。


「ぐぬぬ……道連れにしてやるからな!!」

「はいはい」


 そうしてグラファルトの恨みがましい声を右から左へと流して、俺は正面へと視線を戻す。そこには先程からニコニコとした笑みを浮かべるシーラネルの姿があり、シーラネルは俺達の会話を嬉しそうにして聞いていた。


「御二方は仲良しなんですね。昔のお兄様とお姉様みたいです」

「……え?」


 シーラネルに微笑みを浮かべながらそう言われたが、その言葉に対して果たして俺はなんて返すのが正解なんだ? シーラネルの言葉を鵜呑みにするとエルヴィス大国のロイヤルファミリーは中々に殺伐とした日常を送っていた事に……まさかな?


「ふふっ、冗談です」


 で、ですよね? 良かった。


「お兄様たちの場合はお互いに剣を交えていましたから」

「俺とグラファルトより物騒だよね、それ?」


 さらっと話された内容に思わずそうツッコんでしまう。

 もしかして、エルヴィス王家の仲はあんまり良くないのだろうか? そしてそんな物騒な話をさも日常といった風に語るシーラネルはそんな兄と姉を見てどう思っていたのだろうか?


「……」


 チラッとグラファルトへ視線を向けると何とも言えない複雑そうな顔をしていた。うん、気持ちはわかるぞ。


「そんなお顔をなさらないでください。お兄様とお姉様は勿論の事、私達エルヴィス王家の仲は良好ですから」


 かくいう俺も似た様な表情をしていたのだろう。シーラネルは俺とグラファルトの表情を見て苦笑を浮かべながらそう話してくれた。


 どうやら俺の推測は間違いだったらしい。もう少し詳細に聞いてみると、エルヴィス大国第一王子であるウェイドさんと、エルヴィス大国第二王女であるレイネルさんは何かと意見がぶつかる事が多かった様だ。

 まあ、主に長男であるウェイドさんに破天荒気味な次女のレイネルさんが何かと噛みついていただけらしいが……。その解決策として頻繁に模擬戦をして、勝った者の言い分を採用していた様だ。

 とはいえ、流石に政や国の行く末などと言った重要案件でそう言った事態になる事は無く、やれ『今日の夕食で出るデザートを賭けて』とか、『今日はどうやって遊ぶか』とか、『お忍びで行く場所は何処にするか』だとか、そう言った個人的な内容が大半だそうで、特に両親である国王夫妻は口出ししていなかったらしい。レイネルさんも他国へと嫁いだ様で、もう数年も前の事だそうだ。ちなみに、仲裁役は第一王女であるメルロさんが務め、シーラネルはそんな三人の様子を国王夫妻と共に眺めて居ただけとの事。仲の良い家族で何よりです。


 とりあえず、特に怒られる様な事にはなりそうにないな。ミラ達が転移してくる様子もないし、来て早々お説教コースは免れたと見て良いだろう。イイヨネ?





 ♢





――――所変わらず城門前。


 俺達は王宮内へと駆けて行った騎士数人を待っている状態である。

 どうやら俺達が到着した事を知らせに行ってくれた様で、勝手に動いてもし伝言とかがあった場合、その騎士達がわざわざ俺達を探す羽目になったら申し訳ないのでその帰りを待つことにしたのだ。その間は周囲を囲む様に陣取る騎士達の中でシーラネルとお話し中である。


 それにしても、まさかシーラネルが城門前で待っているとは思っていなかった。笑顔で出迎えてくれたシーラネルにそれを言うと『王都の方で大きな魔力の反応があり、心配で待っていた』と言われた。……その原因に心当たりしかなかった俺は何も返す事が出来ず唯々苦笑を浮かべてしまう。すみません。その魔力を解放したのはうちの嫁ですね。


 そうしてシーラネルと数分くらい談笑をしていたのだが、途中で王宮内に向かっていた騎士達が戻りシーラネルに何かを話すと直ぐに離れ元の位置に戻って行った。ただ、戻る時に一瞬だけ俺の方を見て明らかな敵意を向けて来たのにはちょっと驚いた。そしてグラファルトが不機嫌そうな顔をし始めたので頭を撫でて落ち着かせた。頼むから騒ぎを起こさないように……。


 シーラネルは俺の行動に首を傾げていたが、気にしない様にと告げてから何かあったのかを聞いてみる。

 話を聞くと、どうやらディルク王が俺達が来た事を知りこっちへ向かっているとの事だった。流石に大国の王様がわざわざ俺達の所へと言うのは申し訳ないので、シーラネルに言って俺達も移動する事に。


 そうしてシーラネルからの要望で俺とグラファルト(まあ、こっそりとファンカレアも俺の背後に居るんだけど)はシーラネルの隣に並び、その後ろにルタットさんと一番偉いであろう騎士の男性、そのまた後ろに護衛の騎士達と言う並びで王宮へと続く橋を渡り始めた。


 騎士達には俺達の名前を伝えていない。

 シーラネルから”私の大切なお客様です”と言う紹介があっただけだ。

 俺の場合は家名さえ言わなければ特に問題ないと思ったが、折角シーラネルが気を利かせてくれた事だし、そのまま乗っからせてもらう事にした。


「……あんな敵意剥き出しの奴らに名乗る必要はないだろう」

「……そうですね。私もグラファルトの意見に賛同します」


 嗚呼……ミラとかフィオラとか、この二人を止めてくれる人が来てくれないかなぁ……。


 不穏な二人を他所にシーラネルとの会話は尽きない。と言うか、シーラネルが凄い勢いで話し続けている。主に俺についての質問ばかりで、一を返すと十で返ってくる勢いだ……凄いコミュ力。俺の右腕の事はファンカレアから聞いていた様なので右腕を軽く動かしながら大丈夫であると伝えると、嬉しそうに笑ってくれた。うん、可愛い女の子の笑顔って癒される。


 ……なんで後ろの殺気が強くなるんだよ!?


 ちなみにさっきからイライラしっぱなしのグラファルトに関しては一言も話していない。ただ、それはグラファルトとシーラネルの仲が良くない……と言う事ではなく、単純にグラファルトの名前を口に出来ないからだ。


 魔竜王――グラファルト・ヴァヴィラ・ドラグニル。

 その名前はこの世界では有名で、魔竜王の物語は歴史としても語られているし、吟遊詩人の代表的な詩としても広く知られている。勿論……邪神と成った事についても。

 ただ、その後にミラ達が『邪神と成った魔竜王は神の使徒である”六色の魔女”の手によって邪悪なる神格を取り除かれ、再び魔竜王として復活した』と世界に向けて発信してくれたお陰で、新たに”魔竜王の復活”と言う歴史と吟遊詩人の詩が出来たのはここ数年で有名な話らしい。まあ、事実とは異なる作り話だけど、真実の方が作り話に聞こえる内容なのだから仕方がない。

 グラファルト自身は変に注目される事を嫌っている為、それをミラ達から聞いた時には渋い顔をしていた。俺としては自分の奥さんが邪神として嫌われる事がなくなって良かったなと思う。嬉しい限りだ。


 そんな理由もあって、迂闊にグラファルトの事を紹介する事は出来ない。シーラネルはグラファルトの正体に気づいていて、一度だけ会釈をしていた。グラファルトもシーラネルの事は忘れる事無く覚えていたので微笑みながらその会釈に答えている。

 まあ、要するに二人の仲は良好で、人の目があるから話をしないだけなのだ。

 誕生日会の会場に着けば身内だけだし、その時にでも話すだろう。


 そうしてシーラネルと話しながら橋を渡り切り、シーラネルに案内されるままに庭園や訓練場などを横目に眺めつつ王宮へと足を踏み入れた。

 入るのは二度目だけど、あの時は夜だったからなぁ……改めて見るとやっぱり王族が暮らす場所なだけあって敷地が広い。そして建物もでかい。階層自体は三階建てだけど、各階層とも迷子になりそうなくらいに広いし何より手入れがちゃんとされていて豪華な造りをしている。


 プリズデータ大国の王城もそうだったけど、王族って凄いなぁ…………あ、そう言えば俺もしばらくしたら王様になるのか。うーん、俺はこんな豪華な建物での生活は気を遣うし、出来れば今住んでいる森で暮らしたい。ミラ達はダメと言うだろうけど。


「そう言えば、あの、お聞きしたいことがあるのですが……」

「ん?」


 シーラネルの声に返事をすると、シーラネルは右手を口元近くの頬へとつけて俺の傍に近づいて来る。何か内緒の話かなと思い、俺もシーラネルが立つ左側へと近寄って耳を傾けると、シーラネルは至近距離でも小さく感じる程の声量で話し始めた。


「……その、がいらっしゃると言うのは本当なのでしょうか? ラン様は何か聞いていませんか?」

「あの御方……?」

「えっと……ファンカレア様の件です」

「あー、それか……」


 もう、俺の背後に居るんですよね……ファンカレア。

 これ、なんて説明すればいいんだ? と言うか、話しても良い内容なのだろうか?


 ”女神の羽衣”を纏っている俺とグラファルトには背後に立つファンカレアの姿が見えている。例えファンカレアが”女神の羽衣”の機能を全て使っていたとしても、同じく”女神の羽衣”を身に着けていればお互いにその存在を視認する事が出来るのだ。

 最初にプリズデータ大国で渡された時は俺とファンカレアしか持ってなくて、渡されたそもそも目的が”ミラ達に気づかれない様に二人でデートする為”だったからなぁ。まあ、今となってはミラ達含め家族全員分の”女神の羽衣”が用意されてるから、もうこっそりデートとか出来ないけど。


 そんな訳で、シーラネルに説明していいのか悩んだ結果、俺は背後に立つファンカレアの方へと視線を送ってみた。

 すると、俺の視線に気づいたファンカレアは小さく微笑むと一度だけ頷く。とりあえず、話しても問題無いって事かな。


 そう判断した俺は、シーラネルに傍へ来るように手招きをした。先程自分がしていた事もあって、直ぐに俺の意図を汲み取ってくれたシーラネルは距離を詰めて俺の方へと右耳を傾ける。


「えっと、驚かないで欲しいんだけど……」

「は、はい」

「実は、姿は隠して貰ってるけど、いま俺の後ろにファンカレアが付いてきてるんだ」

「……………………ッ!?!?」


 俺の言葉が理解出来なかったのか、シーラネルは数秒間ずっと黙って耳を傾けたままになってしまった。

 しかし、数秒の間に俺の言葉の意味を理解したシーラネルは目を見開いて俺の背後へと顔を向ける。


 当然ながらシーラネルは"女神の羽衣"を纏っていないのでファンカレアの姿を確認することは出来ない。そしてそれは俺達の背後を歩いていた護衛の人達も同じであり、当然シーラネルが振り返った事で背後に居たルタットさんと騎士の男が首を傾げていた。


 ちなみにファンカレアはその様子を笑いを堪えながら眺めており、シーラネルの顔を見ながら手を振ったりなんかしている。とても楽しそうだ。


 "女神の羽衣"ひっぺがしてやろうかな?





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