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HUDi

プロローグ

 とはいえ砂漠に住む魔王の娘・ウラーカには名前が無かった。


 彼女は、砂漠ーーしかし、地面が全て5cm水中に沈んでいるので厳密には湖だろうかーーを彷徨うだけの存在だった。


 そんな場所だから、ひとたび尻をつけようものなら彼女のホットパンツはびしょびしょになる。立ち続けることなんて人間には不可能だ。おまけに水は塩水で、それも良く蒸発するので、飲もうものならたちまち体の水分を奪われてしまう。


 砂漠は地平線まで続いている。空との境界を失う地平はあまりにも美しい。そんな死の湖で彼女が死ななかったのは、やはりーーーー彼女が、魔王の娘だったからだろう。


 彼女が初めて名前を得たのはとある冒険者の男・クァンツァに出逢ってからのことだった。



 クァンツァはあっさりと「魔王の娘だ」という彼女に驚いた。何故なら、この世界では彼女の父親の首を狙っている冒険者ばかりなのが当たり前。しかし、それどころか彼女は、「お父さん見なかった?」と、魔王の所在を聞いてくるではないか。


 その時クァンツァは何故かーーまあ、こんな急展開に平静になれるわけが無いのだがーー世界の広さを知ったような気がした。目から鱗が落ちた。この人が魔王の娘で、彼女はお父さんを探している。首を狙おうと思っているわけでは無いだろう。彼女はきっと、ここに来る者全てに父親の所在を聞いているに違いない。彼女にそれを問い質してみても、「んー、まあ、聞いたかな」という返事だったけれど。



「牛乳見た?」



 彼女はクァンツァを睨むことも無い。殺そうとすることも無い。ただ人より明らかに高い身長で、「お父さん見なかった?」と聞いてきた。しかも、砂漠の抜け方を案内してくれるという。



「見てにゃい」

「ぼけ」



 魔王の娘であることを信じて貰おうとすら思っていない。まあ、ぱっと見身長が2mはあるが。

 クァンツァだって、簡単に信じるわけじゃない。ただーー魔王討伐という、生まれながらにして自分に与えられた使命に、少しだけ自信が持てたような気がしたのだ。魔王をどうするかは、別として。



「兄ちゃぁん!!早く牛乳買ってきてよぉ!!」

「やだぁぁ!!鬼滅の一番くじの時に一緒に買って来たら良かったじゃん!!」



 モニターの、向こう。



 彼らの熱烈なファンが買ってくれた、30インチ越えのクソデカモニター。その中には、ウユニ塩湖のような美しい景色が映し出されている。

 その中で暴れまわる、2体のcgモデルたち。




「こら、アズマに、ケイ。そうやって暴れまわるんじゃない」


 クァンツァは、銀色の髪をした2匹の妖精を、たしなめた。


「あの、ギュウニューって何?」


 ウラーカは邪魔にならないかともじもじしながら、単語の意味について聞いた。




 画面の中のコメント欄には、「本名wwwwww」「坂口東・京」「かわいいw」「抜ける」「自宅特定されないようにお気をつけてください…!」「普通に考えて東京だと思うんだがw」「クァンツァくんドジかわいい」「牛乳は生乳だよ」「そっちの世界は暑そうね」「牛乳は牛乳だよウラーカ」という極めて自由な言葉の奔流があった。

 

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