第129話 …………ああ、もう、本当にこの人は

「つ、つまり、君は何も知らずに、私と結婚しちゃった……と」


「そ、そうですね」


 まさか、こんなことになるとは思いもしませんでした。突然、僕と死神さんが、結婚するなんて……。


 その時、気が付きます。死神さんが、これまで見たことのないほど暗い顔をしていることに。まるで、「ズーン」という重い音が聞こえてくるようです。


「…………」


「……し、死神さん?」


「ごめん」


 死神さんは、僕に向かってゆっくりと頭を下げました。


「……え?」


「マ……お母さんから、君の書いた契約書を受け取った時、私、すごく嬉しかったんだ。君は、私と結婚してもいいと思ってくれてるんだって。でも、あれは、君が何も知らずに書いたものだったんだよね」


 低くて重い、死神さんの声。それが、部屋の中に、とても静かに響きます。


「もし、私と結婚するのが……これからも一緒にいるのが……迷惑だったら……」


 死神さんは、肩をブルブルと震わせながら押し黙ってしまいました。僕からどんな言葉が返されるのか。それを恐れているように見えました。


 …………ああ、もう、本当にこの人は。


 僕は、ゆっくりと立ち上がります。そのまま、テーブルの向かい側に座っていた死神さんの横へ。


「死神さん」


 腰を下ろして、その名前を呼びます。それに応じるように、死神さんは、僕の方に顔を向けました。


 交差する視線。僕を見つめる死神さんの赤い瞳。それはまるで、宝石のよう。僕を魅了して離さない。綺麗で、温かくて……。


「…………」


 死神さんは、何も言いません。無言で、僕を見つめ続けます。


 …………さて……と。


「死神さん、先に謝っておきますね。急にこんなことしてすみません」


「……え? 君、何言って…………んむ!?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る