第4章 いなくなった死神さん

第99話 そんなに褒めないでよー

「負けました」


 将棋部の部室。その言葉を口にしたのは、先輩。そして、その対面に座るのは……。


「ありがとうございました!」


 なんと、死神さんです。


「フフフ。ついに、先輩ちゃんに勝てたよ」


「そうね。完敗だわ」


「おめでとうございます」


 僕は、得意顔の死神さんに向かって、パチパチと拍手をしました。


「フフフフフ」


 僕の拍手に応えるように、死神さんの笑い声が部室の中に響きます。


「しかし、お姉さんも強くなったわよね」


 先輩は、盤上をじっと見つめながらそう言いました。その顔には、ほんの少しの悔しさが滲んでいます。


 先輩につられるように、僕も盤上に目を向けました。僕の目に映るのは、死神さんが先輩に勝利を決めた局面。そして、盤の外にポツンと置かれた飛車と角。


「……まあ、『二枚落ち』ですけどね」


「に、『二枚落ち』でも勝ちは勝ちだよ!」


 『二枚落ち』とは、将棋のハンデ戦のことです。棋力が上の者が、攻めの要である飛車と角を除いた状態から対局を開始します。棋力差のある者同士の練習将棋では、よく行われる手法なのです。


「でも、本当に、お姉さんは強くなったと思うわよ」


「ニヒヒ。先輩ちゃん、そんなに褒めないでよー」


 先輩の言葉に、頬に手を当てながら、クネクネと体を揺らす死神さん。


 キーンコーンカーンコーン。


 その時、部活動の終了時刻を知らせるチャイムが鳴り響きました。


「あらら。今日はもう終わりみたいね。お姉さん、明日、リベンジするから」


「のぞむところだよ、先輩ちゃん!」


 この時の僕はまだ知りませんでした。突然、あんなことが起こるなんて……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る